「緊張」と「緩和」

 「緊張」「緩和」のステージが、大好きなさだまさしさんのコンサートの真骨頂です。私が通い続けるさださんのコンサートでは、歌とトークが絶妙なバランスで成り立っています。歌が始まると聴衆は固唾を飲むように真剣に聴き入り、トークが始まるとちょっと肩の力を拔いて息を吐く。いわば「緊張」「緩和」です。時にコンサートは3時間を超えることが多いのですが、長さを感じさせないのは、この「緊張」「緩和」の組み合わせが実に巧みだからでしょう。3時間の内訳は歌がほぼ1時間半で、トークがほぼ1時間半。時間の割り振りも実に絶妙です。さださんは、この歌とトークの関係を「アイスクリームとウェハース」に例えておられました。冷えて味が分からなくなった舌の感覚を取り戻し、またアイスをおいしく食べるためにウェハースは付いています。あくまで歌がアイスであり、トークはウェハースです。ただ、脇役であるはずのトークを目当てにコンサートに足を運ぶ人も少なくありません(!!)。実に面白いからです。

 さださんが30歳になった1982年4月、そのステージトークの面白さに注目した出版社の文藝春秋が、さださんのトークを録音して活字に起こし書籍『噺歌集』として出版しました。歌手のステージ上でのおしゃべりしたものをそのまま本にするという前代未聞の大胆な企画でしたが、これが売れに売れました。活字で読んでも面白いからです。ジーンと心に染みる話もありました。トーク集はシリーズ化され、1993年まで全5巻が出版されました。その後、「ぜひ音源で聞きたい」というファンの要望に応えて(株)ユーキャンがCDを発売します。「さだまさしステージトーク大全『噺歌集CD』1982~2003」は全18巻。続いて発売された「さだまさしステージトーク大全2『続 噺歌集CD』2004~2011」は全15巻。全国各地のコンサート会場で収録された計204話が収録されています。「妖怪かっ飛びジジイ」「お父さんとポチ」「エレクトーン『ハイ』事件」「23時間57分の一人旅」など、今や「古典」と称される爆笑名作トークも含まれていました。さださんは落語家が創作落語を生み出すように、身の回りのことや思い出話をネタ(実話)に次々と新作トークを生み出しており、いずれ「大全3」の発売も検討されることでしょう。ただし、さださん本人にしてみれば、「ウェハース」であるはずのトークがコンサートの「売り」として注目されるのは、歌手として複雑な心境だといいます。「腹立つよね。『歌は帰ってからCDで聞きますから、もっとしゃべってください』というお客さんがいるからね。もちろん、もっと歌ってほしいというお客さんもいるけど、どうも世間では『さだまさしコンサート=トーク』とみられている。これは何とかしたいと思う」〔笑〕。

 2011年秋、翌年に予定していた歌手生活40周年記念ツアーの企画会議で、さださんは前代未聞のコンサートをスタッフに提案しました。「歌を取るのか、トークを取るのか。お客さんにまともに突きつけてみるのはどうだろうか?」一つの会場で2回続けてコンサートをやり、初日はとにかくしゃべり続け、2回目はひたすら歌うという企画です。どちらを取るか、選ぶのはお客さん。まさに「さだまさし」にしか出来ない構成・演出でしたが、そんな常識破りの企画を60歳にしてやろうとするところがまた、さださんの凄さでもありました。「一度やってみたかったし、やるならまだ体力がある今しかないと思ったね。70歳では多分無理だろうからね」 肉体的にもタフであるがゆえに成り立つ2夜連続コンサートツアー「さだまつり」は、2012年6月16日、郷里・長崎からスタートしました。全国26会場で「さだまつり」 事前告知の通り、「前夜祭」と銘打った初日は「しゃべるDAY」長崎ブリックホールでの初演のステージに、さださんは一人で立ちました。長崎で生まれ、長崎で歌い始めた思い出を語り、トークを補完するように長崎ゆかりの楽曲をギター一本で紡ぎました。「紫陽花の詩」「精霊流し」「島原の子守歌」「邪馬臺」「神の恵み」「かすていら」。アンコールは「Birthday」。さすがにしゃべり続けるだけのコンサートではありませんでしたが、本来「ウェハース」であるべきトークが、一本立ちして堂々の「主役」でした。「お客さんに一切れのかすてぃらをお出しして、差し向かいでじっくりゆっくりしゃべり尽くす。いわば『かすていらナイト』だね」。かたや「後夜祭」と銘打った2日目は「うたうDAY」。一流ミュージシャンと一緒に、ヒット曲メドレーあり、新曲あり、「きだまきしとテキトー・ジャパン」のパロディーソングありのステージを繰り広げました。ほとんどしゃべらず、アンコールを含めて28曲を歌い続けました。「豪華メンバーと一緒に新鮮でたくさんの具材がてんこ盛りのチャンポンを囲んで、みんなでパーティーのように賑やかに騷ぐ。こちらは『チャンポンナイト』だね」二日間で完結する「さだまつり」は、アンコール公演を含め翌2013年1月までに全国26会場で52公演が行われました。「後夜祭」は、全公演を通して構成はほぼ同じで、「主役」は歌と演奏。「前夜祭」のトークの内容は会場によって異なり、楽曲も一部変わりましたが、あくまで歌はトークを補完する「脇役」であることに変わりはありませんでした。私が気になったのは、「前夜祭」「後夜祭」はどっちが人気だったのでしょうか?スタッフによると、全52公演のうち2公演で若干の空席があり、いずれも「前夜祭」だったといいます。この結果だけを見れば、「トーク」よりも「歌」を求めたお客さんの方が少しだけ多かったということになります。しかし、「前夜祭」は金曜日で「後夜祭」は土曜日開催という日程も含まれていたことを考慮すれば、ほぼ互角だったと言えるのかもしれませんね。

 コンサートツアーも終盤に差し掛かった2012年11月23日、福岡サンパレスの楽屋でインタビューしました。テーマは、ちよっと早いが「さだまつりツアーを振り返って」さださんは率直な思いを語りました。「もう二度とやらない企画だね。しゃべるだけがこんなにつらく、歌うだけがこんなにつらいとは思わなかった」 歌とトークを切り離すことで最も明確になったことは、さださん自身の「緊張」「緩和」のバランスが崩れるということです。アイスで冷えた舌の感覚を取り戻し、またおいしく食べるためのウェハースは聴衆よりむしろ、さださん自身の必需品だったということでしょう。「ただ、お客さんも明確な答えを見つけたと思う。普段の何でもないコンサートがいかに優れていたかってね」 さださんは60歳を機に「さだまさし的なもの」を意図的に壊し、さまざまな挑戦を始めました。あえて歌とトークを切り離し、緊張と緩和のづフンスを崩した「さだまつり」もその一つでしたが、さださんの活動の根幹はやはり40年かけて積み上げた「さだまさし的なもの」であることが証明された試みだったとも言えるでしょう。さださんとさださんのファンはこの時、閧違いなく同じ思いを共有していたはずです。「さだまさしコンサートは、歌とトークの絶妙なバランスで成り立っている」と。

 私も2012年9月28日~29日、そんなさだまさし40周年記念コンサート」(旧・広島厚生年金会館)に行ってきました。第一夜は「前夜祭」と銘打って、しゃべる(!)だけのコンサート。それでも「線香花火」「親父の一番長い日」「長崎小夜曲」「かすてぃら」「驛舎」「BIRTHDAY」と、通の喜びそうな6曲を、そしてアンコールに「虹雪村いずみさんに書いた曲)を歌ってくれました。最後の舞台を飾る大きな風船がとても綺麗でしたね。さてこの日のトークも絶好調で、しゃべりにしゃべりました。大ネタは「十津川村のヘビ女」「妖怪かっとびジジイ」「23時間57分の二人旅」の三つで会場は大爆笑でした。最後の親切な大学生の話は、私も昔感動して、島根県の高校入試の英語長文問題に書き下ろしたのもいい思い出です。18時10分に始まって、終わったのは21時30分と、いつもながらにずいぶんサービスしてもらいました。タクシーを拾って宿へ。

 再び第二夜は「後夜祭」と称して(「本祭り」がない?)トーク無しの歌だけのコンサート。17時1分に始まり何と19時30分にはもう終わっていました。やればできるんですね。いつもは長~いコンサートなんですが、いかにトークが時間を占めていたかを実感しました。三部構成で、一部「もう来る頃」「春爛漫」「サクラサク」「転校生」「まんまる」「決心~ヴェガへ」「かすてぃら」「TOKYO HARBOR LIGHTS」「東京」「夢ばかり見ていた」の10曲を熱唱。全てバック・コーラスをつけてのいつもとは違って素敵なハーモニーでした。二部「きだまきしとテキトージャパン」のアルバムから5曲を。ここは軽く受け流して(笑、だって理解できない!)、第三部へなだれ込みます。さださんのコンサートを初めて見る人たちは、ここまで聞いたことのない曲ばかりでうろたえられたのではなかったでしょうか?それはそれ、さださんのこと。三部で大サービスのヒット曲オンパレードでした。定番の「精霊流し」「無縁坂」「雨やどり」「秋桜」「案山子」「道化師のソネット」「北の国から」「関白宣言」の最後のラララ 「風に立つライオン」「糸遊」「女優」「あなたへ」岩崎宏美さんに書いた曲です)、そしてアンコールに「スマイル・アゲイン」「主人公」の二曲を熱唱しました。アンコールの際にステージに落ちてきた大量の色とりどりの風船はとても可愛らしかったです。ただしこれだけの重たい曲(ファンには堪らない!)ばかりを歌い続けたさださんは相当疲れたハズです。この時のコンサートは「しゃべるだけ」「歌うだけ」のこうした初めての企画物でしたが、もう二度とこんなバカなことはしない、と述べておられました。例年のコンサートがいかにバランスのとれたもの(!)〔笑〕であったかを痛感した二日間でした。私はここでバーバリーの名刺入れをなくしたので(日本撤退したのでもう手に入らない)、よ~く覚えています。♥♥♥

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