今井書店がおかしい

 この連休に本の買い出しに田和山「今井書店グループセンター店」に出かけたところ、閉まっていました。改装するとは聞いていたのですが、もうすでに休業していてガックリでした。「2025年1月下旬まで休業」と表示が出ています。それまでの間、学園通り店しかないのかと思うと、ゾッとします。なにせ狭くて在庫量が全然違うし、新刊書がなかなか入ってこないのですから。バイトだらけですから、本のことを聞いても答えが返ってこないのは当然でしょう。

▲今井書店の学園通り店

 近年の今井書店には不満だらけです。腹の立つことが実に多い。お客さんへのサービスに目が向いていません。今日は仕方なしに学園通り店に行ったんですが、書店の入り口の通路に、入荷した本を積んだカートが2つ置かれていて中に入ることができません。お客さんが通れなくなっているんです。こんなことを平然とやる神経が理解できません。すり抜けられなくて困っていることを店員の誰も見ていません。最近はこういう腹の立つことが多いんです。

 かつて今井書店の在庫を自宅で検索できるサービスがあって、これは便利でよく利用していました。家で確認してどこの今井書店に目当ての本があるのかを知ることができました。ところが、このシステムがお金がかかり過ぎるという理由で廃止となりました。それに代わって登場したのがお店の「検索機」です。私はよく学園通り店に行くのですが、10時の開店時にこの検索機の電源が入っていないことがよくあります。10時を過ぎても入っていないことも。店員の人に何度もお願いして電源を入れてもらったことがあります。電話による在庫の問い合わせ・取り置きが廃止されてしまったのも不便になりました。支店に在庫があれば手続きをすれば回してもらえた(例:グループセンター店→学園店)サービスも取りやめになりました。手間のかかる面倒くさいことは全部やめようという魂胆でしょう。

 グループセンター店の受付で新刊の在庫を問い合わせることがよくあるのですが、これが目茶苦茶時間がかかる。とにかく全部機械で調べて店内へ探しに行くのですが、一向に帰ってこない。ある時は10分ぐらい探し回って、「ありません」と。検索機で在庫ありと出ているのだから、あるはずでしょと言うと、また探しに行ってベテランとおぼしき人に相談をしている。それでようやく該当の本を持ってくる。待たせたことへのお詫びの言葉も一切無い。かつての今井書店には、本のことがよく分かったベテランの店員さんが結構おられ、本の話ができました。顔見知りの店員さんとお話しすることもできる雰囲気でした。私が松江北高の図書部長をしている際は、定期的に図書委員の生徒を連れて「本の見はからい」に出かけたものですが、店長さんには本当によくしていただきました。今はこういう本に詳しい店員さんが見当たりません。こうしたベテランの方たちがどんどん辞めていかれているという噂も聞きました。私が松江北高に帰ってきた頃には、外商部の担当者(本当に本の好きな方でよくしていただきました)が毎日学校に顔を見せられ、本の注文や新刊情報などを相談していたものです。私が大好きなジャンル・作家の新刊が出ると、頼まなくてもちゃんと机の上に置いてある。私が知らなかった新刊が机の上に「もし必要でしたらお買い上げ下さい。不要ならお返し下さい」とメモを添えて置いてある。お客さんの好みをつぶさに把握して、サービスをしてくださっていました。好きな本の話もでき、いろいろな本の情報を届けて下さいました。担当が代わり、私が北高を辞める前の二年間はほとんど学校に姿を見せられることがなくなりました。実に不評です。月の支払いを机の上に置いて電話で取りに来ていただくようにお願いしても、数日間はほったらかしです。電話で注文していた卒業生の出ている季刊誌がいつまで待ってもなかなか届かないので、電話で確認すると「入手できない本でした。連絡するのを忘れていた」とのこと。このように一事が万事、サービスが悪くなりました。最近では本のスペースにラーメンや全国の食品がズラーッと並べられています。本が売れない時代ですから分からないでもありませんが、本業を手抜きしないでもらいたい。地元で唯一の大型書店なんですから、お客さんの方を向いてサービスに徹底する姿勢で経営してもらいたい、というのが切なる願いです。最近の今井書店は、お金にならないことは全部斬り捨てるという印象を持っています。全く誤った経営と思われます。

 私が尊敬する経営コンサルタント・小宮一慶(こみやかずよし)さんの人生のお師匠さんである故・藤本幸邦老師(曹洞宗・円福寺)の言葉に「お金を追うな、仕事を追え」があります。お金を追いかけているうちは一流にはなれません。「良い仕事をして、その結果、お金を稼ぐ」という気持ちを持つことが大切です。この順番が大切なんです。良い仕事を通じて周りの人に喜んでもらい、さらにそれをもっと工夫して、多くの人に喜んでいただく。そうすれば、仕事は間違いなく楽しくなってきます。良い仕事を一生懸命追いかけていれば、お金や地位や名声などは後からついてくるものです。私もその思いで、今までずっと誠心誠意仕事をしてきました。お金に執着することは一切ありません。私は人にご馳走することも多いのですが、本当に不思議なことに、おごった後は、思いもかけないところからお金が転がり込んだりします。とにかくいい仕事を追いかける。これに尽きます。お金に執着しないことです。私が大好きなクロネコヤマトの創業者・小倉昌男(おぐらまさお)さんは「サービスが先、利益は後」と喝破しておられました。

 何か仕事をする際に、いくらになるか?お金の計算ばかりしている人がいます。ちょっとそれは割に合わないと思えば、手を抜いたり、断ったりする。そういう人には、大きな仕事を任せようという気にはなりませんね。私が尊敬するパナソニックの創業主の松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんは、「仕事の喜びをお金に代えられると思っているうちは、本当の仕事の喜びを知らない」とおっしゃっています。そして、とても逆説的ですが、お金に代えがたいほどの仕事の喜びを知った人のほうが、お金を稼げるようになっているのです。お金云々ではなく、仕事をすることが好き。そして実際に良い仕事をしている。そういう人物のところに仕事は集まってくる、そしてお金も稼ぐことができる。お金を稼ぐ人はお金を追わない。良い仕事に集中する。そうすれば、楽でない仕事も楽しくなる。お金はあくまでも結果です。画期的な「痛くない注射針」を開発した世界一の職人の岡野雅行(おかのまさゆき)さんがこんないいことを言っておられました。

 仕事を追えばお金は自然とあとからついてくるのに、みんなお金を追いかけるから、お金が逃げてしまう。みんながみんな、お金、お金、利益、利益と念仏を唱えてやっている。俺の場合は、どこまでいっても仕事、仕事なんだ。みんな目先の10円を拾うばっかりで、もっと先にある大きなお金がみえないんだよな。(『俺が、つくる!』(中経出版))

 今まで多くの外国の英語学者さんとご一緒に仕事をしてきましたが、文化の違いからか、お金のことにうるさい人が多かった印象です。事細かくお金の条件について「これをしたらいくらくれるか?」「支払いがないので、回答できない」「仕事の報酬はいくらだ?」と、辟易することも度々でした。プロだからお金にこだわるのは当然と言えば当然なんですが、あまりにもお金、お金と言われると嫌になりますね。ここでただ一人だけ、例外がおられました。アメリカ言語学会の会長もなさった言語学者、故・ボリンジャー博士(Dwight Bolinger)です。若い頃からよくしていただき、幾たびと質問をするとすぐにお返事が返って来ます。忌まわしい宝島事件を受けて、『ライトハウス英和辞典』(研究社)の編集顧問として、同辞典の記述を細かく見ていただきましたが、お金のことを言われたことはただの一度もありませんでした。本当に言葉の世界を愛しておられる、それを極めようとしておられる先生で、尊敬できる先生でした。私も見習って、どんな仕事でもお金の話をしたことは一度もありません。最近の今井書店を見ていて、 「お金を追うな、仕事を追え!」ということを痛感することでした。長年お世話になった、かつてはとても素敵な書店だっただけに残念な気がしています。対照的に、博多・丸善で対応してくださった店員さんのサービスの良さには(⇒コチラです)感動してまた行きたいと思いました。♥♥♥

カテゴリー: 日々の日記 パーマリンク

コメントを残す