神社参道論

 今はJR九州の相談役を務めておられる唐池恒二(からいけこうじ)さんが昔から提唱しておられる持論が「神社参道論」です。「神社の参道は長ければ長いほどありがたみが増し、参拝時の感動が大きくなる」というものです。ある程度の歩く距離というのは気分の高揚につながるというものです。私の経験でも、伊勢神宮出雲大社に参拝したことを思い起こすと、このことは当てはまることですね。長い参道を歩いて参拝する度に気持ちが高揚し、ありがたみを強く感じることです。

 もう一つ、私の大好きな学問・文化芸術の神様として崇敬を集める太宰府天満宮(現在御本殿を大改修中)の例を挙げてみましょう(私は北高で三年生の担任をしていた時には、ここでご祈祷をしてもらって「お札」を各教室に掲げ、3月に好結果が出るとお礼参りに行っていたものです)。西鉄・太宰府駅を降り立って右に曲がると、参道が400メートルも長く続き、沿道の風景を楽しみながら歩くことができます。お土産物屋さんや甘味処(「梅ヶ枝餅」が大好き!参道・境内周辺に約30軒)など80軒を超える店が軒を連ねており、ショッピングや食べ歩きという御利益にも恵まれます。ようやく天満宮の「大鳥居」をくぐるとまず迎えてくれるのが、御神牛「撫で牛」です。体に悪いところがある人が、牛の同じ部分を撫でるとよくなると言われています。そこから「心字池」に架かる朱色の「太鼓橋」を渡って、立派な「楼門」をくぐると「本殿」に到着します。この時点で気持ちが相当昂ぶっています。手を合わせた時には、絶頂に達するのです(写真下参照)。 「参道の長さが感動の大きさに比例する」のですね。名付けて「神社参道論」。 

▲400m続く参道

 そして、洋の東西を問わず、御殿のような邸宅のアプローチにも共通するものがあります。アプローチとは、道路あるいは門から家の玄関までの通路のことをいいます。建築関係の書籍には、「アプローチの長さが住んでいる人の個性とセンスを引き出す」「アプローチを長くとることによって訪れる大を楽しませるような感動的な演出ができる」「アプローチが長いと、お出かけするとき、わくわく感が増す」などアプローチの長さを重視する言葉が目につきます。神社と同じく豪邸にも長い参道、いやアプローチが求められているのです。豪邸は、門から建物の入り口までのアプローチが長ければ長いほどステータスを感じますものね。

 その昔、16両編成の東海道新幹線にも食堂車が10号車にありました。1号車や2号車から歩いて行っても全然苦にならなかったものです。かえって、今から食事にありつけるという嬉しさやワクワク感で、それはそれは楽しい道のりでした。あの豪華寝台列車「ななつ星」にもこの持論が導入されています。食事用のダイニングカー(1・2号車)と最上級の客室(DXスイート、7号車)を両端の車両にそれぞれ配置。「最上級のお客さまが最も長い距離を歩くけれど、主役は最後に優雅に登場するものだ」との狙いと言います。「歩く楽しさ」を設定しているのですね。

 「神社参道論」は、お店にも当てはまります。老舗の料亭の店構えを注意深く観察すると、たいてい、門と建物の玄関の間によく手入れをされた前栽に囲まれた通路が設けられています(例えば、松江一番の料亭「みな美」がそうです)。料亭の主たちも、通路、つまりアプローチの大切さを心得ているのです。東京のホテルでは、「ホテルニューオータニ」のアプローチが秀逸です。都心のど真ん中に、あれほどゆったりとしたアプローチを備えたホテルはそうはありません。お宿では、私の大好きな由布院温泉「王の湯」を一番に思い出します。入り口でお宿の人に出迎えられて、雑木林に囲まれた小径をたどると、こぢんまりとしたフロントに着きます。この小径は「王の湯」を定宿とした『考えるヒント』の著者・小林秀雄さんのアイデアを基に造られ、「小林秀雄の径」とも呼ばれています(⇒詳しくはコチラをお読み下さい)。 

 このことは室町時代に能を大成させた世阿弥(ぜあみ)の言う 「序・破・急」にもつながります。テンポがゆっくりの導入部、破け変化に富んだ展開部、急は一気にテンポを速めてクライマックスを迎える終章、をそれぞれ表します。もともとは日本の伝統芸能である雅楽の楽曲の3部構成に由来します。この様式を能楽に導入し完成させたのが世阿弥です。能の構成、足の運び方、楽曲の組み立てまで、この理念が支配しています。世阿弥が著した能楽の秘伝書『風姿花伝』の中でこう語られています。「一切の事に序破急あれば申楽(さるがく)もこれ同じ」 申楽とは能楽のこと。世の中の一切のことに「序・破・急」のリズムが存在し、能楽においても同じだという意味です。♥♥♥

▲唐池恒二さんの新著『ななつ星への道』

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カシオ電子辞書打ち切り

 カシオ計算機は、先日、電子辞書の新モデルの開発を中止すると発表しました。時代の流れですね。スマートフォンの普及や、学校現場でICT(情報通信技術)の活用が進み、パソコンやタブレット端末の導入が進んだことで需要が減っていました。現行モデルは需要に合わせて生産と販売を続けますが、2025年度は新製品の投入は見送り、体制は大幅に縮小することになります。カシオは1981年に、同社として初の電子辞書を発売しました。1996年からは機能性に優れた「EX―word(エクスワード)」シリーズを展開し、長年にわたり学習・教育分野をリードし、人気を集めてきました。国内ではシャープキヤノン電子辞書を手がけましたが、シェアはカシオが1位を占めています(約8割)。ただ近年は、政府の「GIGAスクール構想」で、全小中学生に学習用端末が配布されたことなどにより、電子辞書の機器を使う学生が急速に減ったといいます。

▲私の愛用する電子辞書

 近年の電子辞書市場の縮小は顕著です。一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会によると、主要メーカーによる2023年の電子辞書の国内出荷台数は38万5,000台で、ピークだった2007年(280万5,000台)の7分の1以下に減少しました。この背景には、スマートフォンやタブレット端末の普及があります。特に学校現場では、文部科学省「GIGAスクール構想」により1人1台端末が導入され、タブレットを用いた辞書アプリの利用が一般的になったことが影響しています。また、少子化も需要減の大きな要因となっています。学生の数自体が減少しており、電子辞書市場の縮小に拍車をかけています。

 カシオは今後、教育アプリなどソフトウェア事業へのシフトを加速する予定です。同日、「日本経済新聞」の取材に応じた増田裕一社長「教育現場でハードの需要が減少しており、すでに展開している教育アプリなどのソフト事業に切り替えていく」と述べました。現行モデル「EX-word」シリーズは引き続き販売を続けますが、新規モデルの開発は行いません。需要動向に応じて生産体制を調整しつつ、既存ユーザーへのサポート体制は維持する方針とのこと。

 カシオ電子辞書事業を転換する一方で、教育アプリやオンライン学習支援などのデジタル分野を成長の柱に据える考えです。今後は、教育現場のニーズに即したサービス展開や、ICT教育市場での競争力強化が課題となります。40年以上続いた電子辞書事業は節目を迎えましたが、教育分野におけるカシオの挑戦はまだ続きます。

 もうずいぶん前のことになりますが、岡山県立笠岡高等学校にお招きいただいて、三年生に「特別授業」をさせていただいたことがあります。その授業に、カシオ計算機岡山支社の所長さんと営業の方が、わざわざ見学に来られました。当時の私は、高校入門期は紙の辞書で徹底的に辞書指導をして、ある程度英語力がついた時期(たとえば大学生)から電子辞書を活用すべきという持論を持っていて、入門期の生徒たちには、かたくなに電子辞書の教室への持ち込みを禁じてきました。松江に帰ってから、「授業に生かす電子辞書セミナー」を米子で開催するからぜひお出かけください、というお誘いを所長さんからいただき、会場の米子・ビッグシップに出かけてきました。神戸市外国語大学野村和宏教授のご講演を拝聴し、非常に勉強になりました。英語教育論だけでなく、実際の機器を試しながら、電子辞書が英語授業にどのように役立つのかを具体例を交えながら教えていただきました。個人的には野村先生の英語の勉強の仕方をいろいろと伺うことができ、とても参考になり、真似てみようというものがいっぱいありました。特に、故・小西友七先生の下で苦労された辞書のお話は、同じく辞書に携わる者として非常に興味深いものでした。野村先生のお話を聞き、特に現在の電子辞書はここまで進化を遂げていることを知り、私の今までの「価値観」が揺らぐ体験でした。

▲神戸市外国語大学野村和宏教授と

 そんなこんなで、カシオ計算機さんと不思議なご縁ができ、学校に来ていただいたり、電子辞書の最新情報をいただいたりしておりました。で、松江北高等学校の英語科の先生方にも、最新モデルを試していただこうということになり、「デモ説明会」を開催し、英語科だけでなく、興味のある他教科の先生方もたくさんご参加いただきました。詳しい使い方・活用法を聞いて、その魅力に魅せられ、ぜひ自分も使いたいということで、多くの先生方が電子辞書をご購入されたのもいい思い出です。下はその際にカシオのパンフレットに書かせていただいたものです。あれだけ幸盛を振るった電子辞書の開発打ち切りのニュースを聞いて、時代の流れを感じるとともに、懐かしく当時を思い起こしていました。♥♥♥

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ワッフルの店ウエダ

◎週末はグルメ情報!!今週はワッフル

 松江でワッフルと言えばもう「ウエダ」ですね。賣布神社(めふじんじゃ)の斜向かいに昭和チックな店舗を構えている創業百三十年を超える老舗店です。元々は「上田橋月堂」という和菓子屋さんだったようで、戦後になって洋菓子転向をして、ワッフルが看板商品になった経緯があります。

 材料を吟味して添加物を一切使用していません。滅茶苦茶美味しいワッフルです。生地が柔らかくてかぶりつくと、カスタードクリームのほどよい甘さが口いっぱいにジワーっと広がります。平均で1日に600個売れるそうですよ。観光シーズンになると1日1,000個が出て行きます。お店の方にお聞きすると一人で50個は結構普通で、100個以上注文される方も毎日いらっしゃるそうです。おそるべしウエダのワッフル!松江手土産の定番です。私もいろいろな知人・会社にこれを持って伺いますが、大変喜んでいただいています。

 柔らかめの生地に、甘さ控えめのクリームは、昔ながらの伝統の味です。「美味い!」と大きなインパクトがあるわけではありませんが、子供から大人まで万人受けする懐かしい味が、手土産として実に最適なんです。一つ一つ包装されていまして、ワッフルの食感は、中のクリームがカスタードみたいな卵の濃い感じのどこか懐かしい味で美味しいんです。ホームメイドな感じもグッド!冷蔵庫で冷やして食べると、ヒンヤリしてたまりませんよ。コレをお土産で貰って喜ばない人は絶対にいないと思います。最近も、勝田ケ丘志学館に差し入れして喜んでもらいました。

 今日も差し入れしようと朝一番にお邪魔すると、「予約でいっぱいで少し待ってくれ」とおかみさん。「10分ほどしたら用意できるから」と。その間、おかみさんと世間話をしながら待っておりました。サービスで今焼いたばかりの熱々のワッフル生地を食べさせていただきました。こんなことってめったにないラッキーな体験です。昨年末にあと5年でお店を閉じると宣言したから、残りの日々を精一杯頑張りたいとのお話でした。このお店がなくなるのは辛いなあ~。現在77歳。いつまでもお元気で働かれることを祈っております。いつもおまけまでいただいています。新しくできたばかりの「かわつレディースクリニック」に差し入れに持って行きました。♥♥♥

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ZARD35周年

 1991年にデビューして、16年間の活動で伝説のアーティストとなったZARD。2007年5月に、ボーカルの坂井泉水(さかいいずみ)さんはお亡くなりになりましたが、シングルとアルバムの累計売り上げ数は3,700万枚を超えています。90年代の音楽シーンを彩ったZARDのデビュー35周年イヤー(2026年)に向け、ZARDの魅力を様々な形で発信してゆくプロジェクト「ZARD35周年YEAR」が現在進行中です。企画第1弾として、WEB投票の一般公募(昨年5月27日~9月27日)で選曲された上位35曲を1位からランキング順に収録したリクエスト・ベストアルバム『ZARD Best Request ~35th Anniversary~』が2月10日に発売になりました。同作のリマスタリングは、最新の機材、技術、これまでに培われた知識を駆使して行い、音質、品質ともにこだわり抜いた作品となっています。坂井泉水さんの歌声を最大限に生かしつつ、究極まで突き詰めた音質、現代に求められる音に合わせたバランスで、また新たな輝きで“ZARD 永遠のスタンダート・ナンバー”がよみがえりました。

▲2012年8月東京追悼展にて

 何せオリコンの週間シングルランキングでトップ10獲得数が43作品もあり、惜しくも収録されなかった曲もあります。私は坂井泉水さんの歌声が大好きで、「追悼展」がある度に出かけていますが、なぜ彼女はこれほどまでに世間に受け入れられたのでしょうか?私はその魅力は、①彼女自身が手がけた歌詞の奥深さ、②それを表現する見事な歌唱力、③メロディーラインの美しさ、だと感じています。伸びやかでストレートな歌声が歌詞のピュアさを際立たせ、透明感がさわやかに響き渡ります。

アルバム『ZARD Best Request ~35th Anniversary~』初回盤

 さらに、アコースティック・スタイルでのZARDライブを、初めて有観客で開催します。アコースティック・スタイルでのライブは、過去に2021年「ZARD Premium Acoustic Live at 高台寺」、2024年「WEZARD Online Meeting 2024 “ZARD 33rd Anniversary Special!”」と無観客で2度行われてきました。

 また、多数の未公開写真を含む坂井さんのベストショットを収めた写真集が6月4日に発売されます。ブラック、セピア、ブルーなど、一色のモノクロ写真で切り取った瞬間を掲載した『ZARD -MONOCHROME-』(モノクローム)と、坂井泉水の瑞々しい美しさが溢れるフルカラー写真集『ZARD-COLORS-』(カラーズ)の2冊。写真集発売を記念した写真展の開催も予定されているようです。

 さらに、ゆかりのある人々の証言をまとめたZARDインタビュー本の第2弾『ZARD/坂井泉水 ~君に逢いたくなったら…~』を6月4日に発売することも決定しました。坂井さんとデビューの頃から親交の深かった大黒摩季ZARDに楽曲提供を行った春畑道哉(TUBE ギタリスト)、川島だりあ(FEEL SO BAD)、小澤正澄(ex.PAMELAH)、坂井さんが歌詞提供を行ったDEEN・池森秀一FIELD OF VIEW・浅岡雄也のミュージシャン陣。また、坂井さんを身近で支えてきたマネージャー、A&R、FC担当、スチールカメラマン、舞台監督をはじめとしたスタッフ陣。ZARDを世に送り出し、トップアーティストに育て上げたプロデューサー・長戸大幸氏の、初めて語られる真実をはじめ3万字を超えるロングインタビューを収録したインタビュー集となっています。2023年に大阪、東京で開催された「ZARD MUSEUM」、身近なスタッフに送った年賀状ハガキ、A&R やカメラマンの担当当時の手帳や資料、FC会報用アンケートの坂井さん直筆ファックスなど、初公開を含む貴重な資料や写真も掲載されています。

6月4日のインタビュー本『ZARD/坂井泉水 ~君に逢いたくなったら…~』

 なお、「35周年イヤー」を記念し1年間限定で、会報誌発行形式のオフィシャルファンクラブ「WEZARD 35 limitato」が2月1日より発足します。35周年YEARのZARD情報や坂井さんのインタビューなどを掲載した会報誌の発行を始め、チケット優先予約、メールマガジンなど年間を通して会員特典が用意されています。

▲再創刊されるZARD大百科

 最近テレビのCMでよく流れているんですが、アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社は、ZARDのデビュー35周年イヤーを迎えるにあたり、『ZARD プレミアム ディスク·コレクション』(創刊号特別定価499円)を、2025年2月12日(水)に創刊・全国発売されました。初版で収録できなかった多くのリクエストにお応えし再創刊される本コレクションは、2017年から2019年に刊行された『ZARD CD & DVD COLLECTION』(全67号)のディスクを高品質化し、音源、映像、記事を追加、デザインを一新して号数を全72号に増補した改訂版です。これは、1990年代以降の音楽界を席巻し、今もなお根強い人気を維持し続けるZARDのヒット曲を高品質な音楽(Blu-spec CD2)と映像(Blu-ray)とマガジンで満喫できるパートワークシリーズです。収録曲・映像の解説、秘話、写真、インタビューなどが盛り込まれており、全号を集めることで、「ZARD大百科」が完成します。私は前回の全67号は定期購読して全て持っていますが、今回はどうしましょうか?今日、今井書店をのぞいたら、これが山積みされていたので、また第1号を買ってしまいました(499円)〔笑〕。

▲今井書店に山積みされていた第1号

 ZARDは、オリコン平成ランキングのアーティスト別セールス8位という平成を代表するアーティスト。「負けないで」「揺れる想い」「マイ フレンド」「Don’t you see!」など、坂井さんが遺したZARD・永遠のスタンダードナンバーは、リアルタイムでの活動を知らない若い世代にも支持され、今なお多くの日本人の記憶に刻まれ、愛され続けています。♥♥♥

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鍵山秀三郎さんご逝去

 カー用品チェーン大手「イエローハット」の創業者、鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)さんがお亡くなりになりました。91歳でした。あれだけの業績のある人であったにも関わらず、メディアであまり大きく取り上げられることがなく、残念に思いました。昭和36年に前身のローヤルを創業し、社長に就任。業界第2位の上場企業に成長させました。平成10年に取締役相談役となり、20年に退任しました。「掃除」をすると、「①気付く人になれる ②謙虚な人になれる ③感動の心がはぐくまれる ④感謝の心が芽生える ⑤心が磨かれる」がモットーで、NPO法人「日本を美しくする会」を設立して掃除の大切さを全国や海外に広めました。

 私の尊敬する鍵山秀三郎さん(イエローハット創業者)は、創業時にたった一人でひたすら会社の「掃除」に精を出されました。周囲の人々の視線は大変冷たいもので、誰一人手伝おうとしないどころか、煙たがられたり無視されたりもしました。「掃除くらいしかできることがないのだろう」「どうせすぐにやめるさ」とまで酷評されました。批判される度に、鍵山さんは迷いましたが、「では、他に会社をよくする方法があるのか?」といくら考えても、良い方法を見つけることができませんでした。そこで誰に何を言われようとも、「掃除」だけを長年コツコツと続けてきたのです。掃除や労働で身体を動かしながら物事を考え、考えたことをまた掃除や労働を通して身体で表現していきました。それはまるで空気に釘を打ち付けているかのような空虚な取り組みでしたが、それでもはかない努力を続けていると、やがて小さな変化が現れ始めます。一人、また一人と手伝ってくれる人が現れ始め、職場がいつもきれいに保たれるようになってきたのです。美しい職場は、働く人の心も美しくします。荒んでいた社員の心が次第に穏やかになっていき、表情が徐々に明るくなっていきました。「やはり、今までやってきたことは間違ってはいなかった」鍵山さんは初めて確信します。ここまで来るのに、10年の月日が流れていました。ゴミの捨て方ひとつで、その人の人間性を想像することができます。上流階級の人が多く住む都心の街のゴミ置き場がとてもひどいことになっていました。分別がいい加減です。周りにゴミが散乱して誰も片付けようとしません。そこで鍵山さんは、乱雑に積まれたゴミ袋を一つひとつ開けて整理し直し、きれいに戻すという活動をしておられました。街から喜ばれるのかと思ったら、「他人のゴミ袋を勝手に開けるのはプライバシーの侵害だ!」と非難され、一度は警察に通報までされました。幸い駆けつけたお巡りさんが、こう言ってくださいました。「この人たちは街を美しくしようと掃除をしてくださっているんですよ。何が悪いんですか!」。このような人々は上流かもしれませんが、決して上品ではありません。道路の排水溝には、石や泥、人がポイ捨てしたタバコの吸い殻やゴミがたまって詰まっている箇所がたくさんあります。放っておくと大雨の時に水が溢れて危険です。鍵山さんは道に這いつくばって徹底的にきれいにします。自動販売機の横にある空き容器入れは、本来自販機で購入した飲み物の空き缶や空き瓶を入れる目的で設置されているものですが、行楽日和にはお弁当のカラから、お菓子の紙くずまで、あらゆるものが突っ込まれ溢れ出んばかりです。鍵山さんは、いったん中身を全部外に出して、分別をして、空き缶、空き瓶以外は持ち帰って処分されます。これは本来鍵山さんの仕事ではありません。もちろん誰の仕事でもありません。だからこそするのです。誰の仕事でもないことをする。ゴミ置き場をきれいに整理すれば、回収する人も気持ちよく仕事ができます。側溝の詰まりを取り除けば、水の流れがよくなり、よどんでいた周囲の空気さえもさわやかにしてくれます。こうした誰の目の前にもある小さなことを、積み重ねていくことから始まるというのが鍵山さんの哲学なんです。さらに掃除に励んでいると、お客さんの側からも変化に気づいてもらえるようになってきました「御社の社員は、言葉遣いや態度が他社の人とはずいぶん違いますね」「車の停め方ひとつをとってみても、きちんとされていますね」などと評価してもらえるようになりました。ここまで来るのに、20年もかかっています。30年が経つと、よそから「掃除のやり方を教えて欲しい」と依頼されるようになりました。著名な企業や団体からも多くの人が研修に来られるようになりましたし、鍵山さんが全国各地に掃除を教えに行くようにもなりました。

 ここからもまさに「10年偉大なり。20年畏るべし。30年歴史なる。」ということが実感できますね。手を動かす前から「無理だ」と決めつけてしまうのは、頭でしか考えていない証拠で、頭と胴体を一致させて、実践を通して考えていくことこそが大切なことです。人はどうしてもできない理由を探してしまいます。そのうちまとめて一気にやろうと考えます。これはやらないことの言い訳にすぎません。今できないことは、まとめてもできないのです。やろうと思ったのなら、今すぐに少しだけでもやるべきなのです。今すぐにできないことは、時間と手間をかけてやる。一人ではできないことは他の人の助けを借りてやる。この方法ではできないと思ったら別の方法を考える。鍵山さんが講演を引き受けられる時の大きなテーマの一つが、「大きな努力で小さな成果」でした。「エーッ、その逆じゃないんですか?」と言われることがよくあります。「小さな努力で、大きな成果」を得る生き方よりも、「大きな努力で、小さな成果」を得る生き方のほうがより確実な方法で、その方がより自信になり、大きな満足が得られるんです。かくいう私も今までそんな生き方をしてきました。たった1行の辞典の記述に、4~5時間も、時には1日かかることもありました。常に床に就くのは夜中の2時、3時です。そうやって身を削って『ライトハウス英和辞典』(研究社)の中身を充実させてきたのです。

 鍵山さんによれば、「小さな努力」「大きな成果」を得ると、心が不安定になります。落ち着きをなくし、険しい人相になります。近年、世相が悪化している背景には、「小さな努力」「大きな成果」を安易に得ようとする人が、あまりにも多くなっていることが大きな原因です。 一方、「大きな努力」「小さな成果」を得る生き方をしますと、心が安定し気持がおだやかになります。昔の日本人が、貧しくとも顔立ちに風格があったのは、手にする報酬よりも、はるかに多くの努力を己に課していたからです。 「労せずにして手に入れよう」とか「うまく立ち回って、ものにしよう」などという姑息な考えを否定する社会正義が定着していたからです。たとえ「大きな努力」「小さな成果」しか得られなくても、そういう生活に耐えられる安定した生き方の人が増えれば、必ず世の中はよくなります。今の世の中は、いかに楽をして大きな報酬を得ようとすることにばかり関心が行きがちです。

 鍵山さんが、月刊『致知』(致知出版)で語っておられたお話です。鍵山さん自身も、人から教わったことだと述べておられましたが、「もっと、もっと、もっと・・・」といった感じで、際限なく求め続け、欲しがっていく生き方を、『請求書の人生』と呼ぶのだそうです。「向上心」や「探究心」といったものは人の成長に欠かせない大切な条件ではありますが、「度の過ぎた欲求」は人間を卑しくし、尊厳を傷つけていくものです。いい生活は物に支配されていますから、「もっともっと」という心が働き、いわゆる請求書を出す人生になってしまいます。逆に、求めるばかりではなく、今与えられている物事に「感謝の心」を持って過ごす人生、これを『領収書の人生』と呼ぶのだそうです。寺社にお参りした時には、「ありがとうございます」と感謝する、請求書ではなしに、領収書のお参りをしなければなりません。求めるばかりではなく、今与えられているものごとに感謝の心を持つ『領収書の人生』を歩むべきです。いい人生とは心で支配されていますから、「ありがとう、ありがとう」という心が働き、いわゆる領収書を出す人生になります。日本には、『領収書の生き方』をしている人も大勢おられますが、そういう人は世間からあまり注目されることはありません。『請求書の生き方』をする人の方が派手で目立つのに比べ、『領収書の生き方』をする人は、地味で人目につかないところが共通しているからです。誰からも注目されず、光の当たらないところで、いつ報われるか分からないことにも、心を込めてひたすら取り組む姿からは、「卑しさ」などというものは微塵も感じられません。誰かに頼ったり、求めたりすることなく、人の役に立つことだけを念頭において、一途に歩み続ける姿は、人を引き付ける豊かな魅力を備えています。そんな人生って、何だか素晴らしいですよね。鍵山さんは、自らもそんな人生を心がけられ、人間性を磨かれると同時に、イエローハットを一代で一流企業(業界2位)に育て上げ、大成功を収めておられます。私も、『領収書の人生』が送れるよう、少しでも人間性を高めていきたいと願っています。昨今、もっと多く、もっと快適に、もっと偉い人になりたい、そして、「自分だけ」「お金だけ」「今だけ」という生き方の人が多くなっているように思いますが、これらは、全て集める生き方であり、『請求書の人生』です。

 鍵山さんの提唱する「三冠王」ならぬ「三感王」の話を聞いた時に、あ~そうだなあ」と思ってメモしておいたことがあります。まず物事に「感動」する素直な心を持つことが大切です。そのためには、何にでも「関心」を持たなくてはなりません。深い「関心」を持つことで、深く「感動」できるようになるんです。深い関心を持って、深く感動できる心を持つ。そして三つ目として「感謝」する心を持つことが大切です。例えば、授業であれば、その教科に深い関心を持って、先生の話を深い関心を持って聞く。すると感動する場面も出てくるでしょう。そして先生に「有り難いな」感謝することになります。この三つの「感(関)」の頭文字をとって、鍵山さんは「三感王」と呼んでおられました。このような

   関心 ⇒ 感動 ⇒ 感謝

ができるようになれば、立派な「三感王」ということになります。これだったらいつでも誰にでもすぐ真似ができますね。私は個人的には、もう何度も何度も、「三感王」を取っています〔笑〕。♥♥♥

「感(関)心」: 幾つになっても新しいものに興味を持ち続ける。
「感動」: 幾つになっても感動する心を持つ。
「感謝」: 幾つになっても感謝の心を忘れない。

 

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バスクリン「夢ごこち」

 松江は雪がしんしんと降り続いています。こんな時は、湯船にゆっったりと浸かって1日の疲れを癒やしたい季節ですね。夕方のお風呂が楽しみになります。市販の入浴剤」を使って色や香りを楽しんでいる人も多いと思います。私は、小さい頃、家が貧しかったので、親戚(叔母)の家に泊まりに行くと、お風呂に「バスクリン」が置いてあり、これを入れて浸かるのが、子どもながらにとても新鮮で羨ましく思ったものでした。オレンジ色のの粉をお風呂に入れると、サッと鮮やかな緑色に変わる、あの緑色のお風呂と、さわやかな香り、体がポッカポッカと暖まるのが楽しみだったことは今でもはっきりと覚えています。

 (株)バスクリンの主事業である入浴剤は、1897年に、津村順天堂(現・ツムラ)が発売した日本初の入浴剤「浴剤中将湯」が起源です。婦人薬の製造で余った生薬を、社員がお風呂に入れたところ、身体が温まったことがヒントになって開発されたといいます。その後、1930年に「浴剤中将湯」をベースに、温泉成分と芳香を加えた芳香浴剤「バスクリン」を発売。バスクリン」は、当初、発汗性に優れ夏季の浴用に適さなかった「浴剤中将湯」に対して、夏用入浴剤として発売されました。命名にあたっては、社内では「クリンバス」も候補に挙がりましたが、語呂の良さが決め手になったといいます。お風呂がきれいにという意味を込めつつも、英語の「CLEAN」ではお風呂用洗剤と間違えられると、CLIN」をあてたそうです。太平洋戦争末期の1945年には原料・資材・人材等の不足による生産中止に至ったものの、1950年に生産を再開、分社、独立した「ツムラサイエンス」が2010年に社名変更の際、広く浸透した商品名を社名に昇格させて、ロングセラー・ブランドとなっています。 今では同社の入浴剤は70種類以上に増えていて、私もよく愛用している日本の名湯」シリーズの他、効能にこだわった「きき湯」も人気ですよね。

 温まるのは「温泉ミネラル成分」(乾燥硫酸ナトリウム・炭酸ナトリウム)がミネラル成分として配合されていて、体を芯から温め決行を促進し、体温を高めてくれるからです。さらには体の表面に保温ベールを作るので、お風呂上がりにも温かさをキープしてくれるのです。誕生当時から香りにこだわるバスクリンには、専任の調香師がいて、時代にあった人気の香りを選び出し、家族みんなに好かれる香りへと生まれ変わらせているんです。実際の植物から抽出したエッセンシャルオイルを使った香りや、オリジナルで作り出した香りを楽しむことができます。お肌への優しさも、「天然エホバオイル」を配合して皮膚になめらかなうるおいを与えてくれます。浴槽や風呂釜を傷めないように、イオウ分は一切入れていないそうです。幼い頃、叔母さんの家で入ったお風呂を懐かしく思い出します。

 私の自宅のお風呂には、ジャグジーの機能や、温泉効果のある「美泡湯」ミストサウナヒーリングライト冷暖房設備が備わっているので、1日の疲れを吹き飛ばすべく、各種の「入浴剤」と共に快適なお風呂生活を送っています。この寒い時期には本当に至福の一時です。つい長湯してしまいますね。今私が気に入って使っている入浴剤は、「きき湯」と新しくなった「アーユルタイム」ですが(写真下 共にバスクリン社)、先日「ウェルネス」で新しい入浴剤を見つけてきました。

 (株)バスクリンは、開発者が温泉地を直接訪れ、温泉分析書をもとに湯質を徹底研究、色と香りで情緒を表現し、各温泉地にその品質を認められた『温泉地公認』入浴剤「日本の名湯」シリーズから、新感覚の微細発泡にごり湯をお楽しみいただける「日本の名湯 夢ごこち」を新発売しました。「日本の名湯 夢ごこち」では、「大分長湯」「木曽福島」「奥会津金山」の3アイテムが新登場しています。炭酸泉として名高い「大分長湯」、「木曽福島」、「奥会津金山」をイメージして開発しました。自宅のお風呂で、絹のような繊細な泡に全身が包み込まれ、うっとりするひとときを楽しむことができます。プチ贅沢入浴剤です。温泉の落ち着く香りで 細かい炭酸泡が長時間出てくれます。入浴剤の粒が多きめなので、 湯船から出るまで泡を楽しむことができます。温泉のような落ち着く、 色と香りで少し贅沢な気分になれました。年末年始や祝日などに使いたい入浴剤です。

▲新発売は三種類

 「微細発泡にごり湯」とは、新開発の球状の入浴剤がゆっくりと微細な泡を生み出します。微細な泡が浴槽を満たすことで、お湯が白くにごり、にごり湯を堪能いただけます。さらに、泡によるにごり湯がだんだんと透明なお湯に変化する様子も楽しむことができます。以下の三種類が新たに発売されていますが、「きき湯」以上に微細な泡立ちです。

「日本の名湯 夢ごこち 大分長湯」新登場!
・体をぽかぽかにして手足の温もりが続く
・爽やかな青空を連想させる甘酸っぱいラムネの香り
・久住連山の青空のような透きとおった空色のお湯(透明タイプ)
・九州アルプス商工会/長湯温泉観光協会公認
・40g/医薬部外品   ★私はこれが一番のお気に入りで、市内の「ウェルネス」で大量にまとめ買いしています。

「日本の名湯 夢ごこち 木曽福島」新登場!
・肌をしっとりつるつるに整える
・御嶽山をはじめとした雄大な木曽の山々をイメージした香り
・木曽五木の温もりを感じさせる木肌をイメージした赤橙色のお湯(透明タイプ)
・木曽おんたけ観光局公認
・40g/医薬部外品

「日本の名湯 夢ごこち 奥会津金山」新登場!
・やわらかい湯が、体をしっかり温める
・緑あふれる只見川に漂う川霧を表現した幻想的な森林調の香り
・只見川流域のさわやかな森林をイメージした緑色のお湯(透明タイプ)
・福島県金山町公認
・40g/医薬部外品

▲私の一番のお気に入り

 どんな風にシュワシュワと泡立つのか、その様子が映像で公開されています。♥♥♥

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「水道哲学」

 私の大好きな故・松下幸之助(まつしたこうのすけ)さんに(八幡家の電化製品は大型テレビを除き全てパナソニック製です)、有名な「水道哲学」と言われるものがあります。「水道哲学」とは、あらゆる物資は水道の水のように豊富に供給されるべきであり、それを実現するのが産業人の使命である、という松下さんの基本的な考え方の一つです。この「水道哲学」を社員たちに説いたことが、松下電器産業を成功に導いていったのですが、彼がこのような考えに至るには、実は、実話に基づく一つの面白いエピソードがありました。今日はそれをご紹介してみましょう。
 ある時、松下さんは街なかの公園を歩いていました。公園にはルンペン――今でいえばホームレス――がいっぱいいて、その中の何人かが水道の水を飲んでいます。その何でもない光景を見て、松下さんは考え込んでしまうのです。ルンペンが水を飲んでいる。水道代も支払わずに飲んでいるのに、誰も咎めないのは、いったいなぜなのだろう?と。
 ルンペンが腹をすかせて、“水もいっとき腹”と考えて水を飲んだところで、そんなことは別にどうってことではありません。とやかく言うほうがおかしいでしょう。だから、普通の人なら素通りしてしまうところです。けれども松下さんは、道々、どうしてだろう?と考え続けました。そして、思いつくのです。水道の水というのは、蛇口さえひねれば、どこでもふんだんに出てくる。しかも、どんなに使っても気にならないほど料金が安い。だから、ルンペンがただで飲んでいても、誰も気にも留めないし、咎めもしないのだ、と。ということは、この水道の水のように、豊富に、しかも安く生活必需品を提供すれば、そのことが社会の繁栄に直結し、貧乏をも克服することができるはずだ。これこそが、松下さんの「水道哲学」の原点でした。

 水というものは、人間にとってなくてはならない貴重なものです。それを通りすがりの人が思う存分に飲んでいます。しかしそれを誰一人として泥棒だと責め立てたりはしません。それは水が豊富にあり価格も安いからです「これだ!―いい物をたくさん!!これを実現することにより、物質的な豊かさを生み出し、人々の幸福を実現していくお手伝いをすることこそ、自らの使命だ!」と、松下さんは強く思いました。「水道哲学」の原点がまさにここにありました。そしてこれを実践することにより、堰き止めたダムの水によって干ばつがしのげるように、会社経営にも資金や設備あるいは在庫といったさまざまな面に、「ダム」があれば余裕のある経営ができる、という松下幸之助さんの有名な「ダム経営理論」へと発展していきました。

 どうして松下さんだけが、誰もが見ているはずのごく普通の風景から成功哲学を導き出したのでしょうか?ルンペンの水飲みと成功哲学との間には一見何の関係もないし、ルンペンの水飲みという光景の中に、「成功」を連想させるものは何一つとしてありません。そこから成功哲学を発想させるためには、やはり、松下さんの頭の中に何らかの成功へのイメージがあって、それが濃厚に凝縮されていたからこそ、無関係と思える二つのものを結びつけることができたのでしょう。彼は自分のアンテナにひっかかることを、全て立ち止まって考えたのです。ひっかかることが多いから、立ち止まって考える場面も当然多くなります。その一つがルンペンであったのです。そもそも生産者の使命は、貧をなくすために貴重なる生活物資を水道の水のごとく無尽蔵ならしめることです。どれほど貴重なものでも、量を多くして無代に等しい価格をもって提供することにあるのです。「いわば水道の水のように、いい物を安くたくさんつくるということは、いつの時代でも大切なことやで」(松下) 

 よくよく考えてみると、「いい物」というコンセプトと、「安く」というコンセプトと、「たくさん」というコンセプトは相矛盾する考え方です。「いい物」をつくろうとすれば手間もかかりコストも高くなる。それを「たくさん」つくるというのは、不可能に近い至難の業です。その不可能を可能にすべく、科学者、技術者、産業人が必死の努力を重ねたからこそ、今日の発展・繁栄をみることができたのです。「いい物を安くたくさん」作っていくということこそが、人間の使命であると、無意識のうちに人間は感じ取ってきたからこそ、技術革新が次々と起こってきたのです。松下さんは、むしろ素直にその真理を、「水道哲学」という言葉に置きかえたのでした。

 なおこれには後日談があります。高度成長が行き詰まった後のことですが、この「水道哲学」のことについて聞かれて、「最近は水道の水のように、あふれんばかりにモノを作るようになったから公害が出る、といわれて具合が悪くなった」と笑って答えたといいます。しかし、時代の差こそあれ、この「水道哲学」は今でも生きていると私は感じています。公害やゴミ問題が出るのは、「水道哲学」のせいではなく、その利用の仕方に問題があるからでしょう。♥♥♥

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草間彌生の赤かぼちゃと南瓜

 現代アートの聖地として、世界中から注目を集める瀬戸内海の小さな島・直島(なおしま)。フェリーで直島宮浦港に着くと、まず目に飛び込んでくる草間彌生(くさまやよい)さんの「赤いかぼちゃ」(1994年)の鑑賞からアート巡りのスタートです。港で来島者を出迎えるアートな島のシンボル的存在ですね。「Open Air “94 “Out of Bounds” —海景の中の現代美術展—」は1992年に開館した「ベネッセハウス」が、常設展で館内が充実し始めた頃に、新しい企画として打ち出したものです。館外の「自然」を生かすことを意識した、当時国内では珍しかった野外展で、この展覧会のために作られた作品を、美術館の中に置くのではなく、周囲の自然と調和させる形で設置することに挑戦した企画展でした。その中でのコンセプトが、「どこにでもある瀬戸内の風景を、ここにしかない風景に変える」というものであったために、この場所に置かれています。

 「太陽の「赤い光」を宇宙の果てまで探してきて、それは直島の海の中で赤カボチャに変身してしまった」と、草間さん自身が語っている作品です。かぼちゃをモチーフとした作品は草間作品の中で数多く登場しますが、作品が作られ始めたのは1980年代初めの頃からです。初めての出会いは祖父の畑のかぼちゃで、それを抱きしめると遠い子ども時代にかぼちゃに救われたことを思い出すといいます。幻覚と幻聴に悩まされていた少女時代に草間さんを慰めてくれたのが、畑で育てていたかぼちゃだったのです。太っ腹で無骨で飾らぬ形、そのたくましい造形に魅せられたとのことです。以来、主要な題材としてかぼちゃの作品が多く生み出されています。この作品は太陽の力強さ、存在感が伝わってくるような作品で、恐怖や怒り、それらを乗り越えることが創作の源泉でしたが、かぼちゃをモチーフにすることで初めて愛情を表現することができました。作品の象徴でもあるかぼちゃの表面の水玉は、一部がくり抜かれていて内部に入って楽しむこともできます。昼に真っ青の空の下で見るのも美しい作品ですが、ライトアップされた夜にも鑑賞しに行きたい作品です。

 一方、「南瓜」は1994年に直島で開催された「Open Air ’94 “Out of Bounds” ―海景の中の現代美術展―」で公開されました。それまでに制作された「南瓜」直島「南瓜」が異なるのは、場所の特徴を強く意識して作られたことです。海に突き出た古い桟橋に設置された「南瓜」は、海の青や木々の緑のなか、黄色に彩色され、一際目をひきます。サイズはそれまでに制作された「南瓜」のなかでも最大級で、初めて野外での展示を意識して作られました。公開から25年以上たった今も、黒いドットをまとった黄色い「南瓜」は、独特の存在感で瀬戸内の自然と拮抗し、ここにしかない風景を見せ続けてくれています。

● 水に浮いているような唐突感を出したい

● できるだけ突端の部分に作品を置いてみたい

という狙いで、海の青や木々の緑に囲まれた風景の中で、より人々の目を引くよう黄色に彩色されているのも特徴です。この場所に設置されているということに、「在るものを活かし、無いものを創る」「無名の場所を特別な場所へ作り替えていく」という大きなメッセージが隠れているんですね。

 この黄色の「南瓜:かぼちゃ」のオブジェは、2021年8月の台風9号により破損しています。台風による高波のせいで海の中に落ち、桟橋に何度も打ち付けられて大きく破損してしまいました。ですが、2022年10月4日に旧作とほぼ同じ大きさで復元されて、現在でも人気の観光スポット、直島のかぼちゃです。海に突き出た古い桟橋に設置された「南瓜」は、海の青や樹々の緑の中、一際目を引くとともに、あらためて直島にしかない風景を見せてくれています(写真右)。「ベネッセアートサイト直島」のシンボルと言える作品となった「南瓜」です。この作品は、草間さんが感じる「無限の可能性」「自然との調和」を象徴しているとされています。♥♥♥

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直島銭湯「I ♥湯」

 アートの聖地・直島(なおしま)の玄関口・宮浦港からわずか徒歩2分、港前の通りから小さな路地を一本入った所に、アーティスト・大竹伸朗(おおたけしんろう)さんが手掛けた“入浴できる美術施設”直島銭湯「I♥湯」があります。ここはぜひ行って見たいと計画していました。タクシーの運転手さんに教えてもらわなかったら、一人ではとうていたどり着けないような狭い場所にありました。外観・内装はもちろん、浴槽、風呂絵、モザイク画、トレイの陶器までアートが散りばめられており、細部にまで大竹さんのこだわりが感じられる施設でした。地元の人々や旅行者、子どもや大人、日本人や外国人、様々な人々が集います。裸になり、他人と同じ風呂に入り、大竹さんの作品に浸かる、旅行者同士あるいは島民との交流の場としての銭湯です。大竹さんが直島で展示した「シップヤード・ワークス」「落合商店」「はいしゃ」に続き制作され、2009年7月に営業を開始しました。訪れる人は、旅の疲れを癒やしつつ、裸で大竹ワールドを堪能することができます。

 ここ直島では過疎化や高齢化が進み、「自宅でお風呂を沸かすのが大変だ」という島のおじいちゃんやおばあちゃんの声があったこと、観光客からもどこか汗を流せる場所があると嬉しいといった要望があったこと、などが直島銭湯「I♥湯」の制作背景にありました。今では島の活力となり、直島で生活する島民と、国内・国外を問わず直島を訪れる観光客の方が交流できる場として、多くの人々に愛されています。

 直島銭湯「I♥湯」は、福武總一郎(当時のベネッセアートサイト直島代表)さんが、大竹伸朗さんに「銭湯に興味はある?」と電話したことから始まったそうです。はじめは銭湯によくある富士山の絵のようなものを描く依頼か、と大竹さんは思ったそうですが、銭湯をはじめから作るという発想でした。「シップヤード・ワークス」「落合商店」「はいしゃ」など直島でのアート作品の制作活動を行っていた縁もあり、後に「I♥湯」と名付けられる銭湯の制作を引き受けました。女性の形をした看板、「ゆ」のネオンサイン、ヤシの木、船底など、建物はさまざまなオブジェが組み合わされています(写真上)。大竹さんは、現代アートに興味がない人でも楽しめる「飽きさせない」アイデアを至るところに盛り込んでいます。

 建物に入ってすぐの番台で、入浴中のお客さんがおられなければ写真を撮っても構わないと許可をいただき、撮影をさせてもらいました。男湯と女湯を隔てる壁の上でひときわ目立ち存在感を放っている浴室中央にある大きな象。この象は北海道定山渓秘宝館が所有していたもので、定山渓の「定」を取り“定子(さだこ)”と名付けられています。かつて大竹さんが北海道を旅している時に出逢い、その当時からこの小象が欲しいと考えていたそうです。定山渓秘宝館の閉館後に子象を手に入れた大竹さんは、これを直島に運び、クレーンで吊り上げて銭湯の天井部を通って設置しました。島民や来島者が銭湯に親しみを持てるような、誰にでも分かりやすいものが必要である、という大竹さんの強い想いがありました。

 浴室の天井には色鮮やかな絵画が描かれていますが、これは、直島銭湯「I♥︎湯」制作前の構想段階では予定していなかったそうです。夜になると、ガラスが鏡面のように隣の浴室を映してしまう問題が発覚したために、天井にも絵を描くこととなりました。経年劣化に伴い、2018年には天井画の再制作も行われています。湯船の底や一つ一つデザインの異なるカランや絵付けタイルなど、大竹さんの世界観が広がります。私の前にいらした観光客の方が「見学だけはできません」と番台で断られておられたように、銭湯に入らないとアートを見ることはできないのです。タオルは持参しなくても販売されていて、10色もあり記念に買って帰りました。

 「I♥湯」は環境に負荷を与えないことも一つのコンセプトとして注力されています。おがくずを原料とするペレットボイラーが採用がされており、この燃料は燃焼効率が良く、灰や煙が少ないことが特徴の一つです。「I♥湯」の受付では、定番のTシャツやタオルの他に、ナップサックや缶バッジなど多数の記念グッズを販売していました。また、屋外には「I♥湯」「はいしゃ」「シップヤード・ワークス」などの作品を含む大竹伸朗のガチャガチャマシンも設置されています。独創的な芸術空間で「アートな入浴」を楽しみましたよ。♥♥♥

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だんだん~「友達のポテサラ」

◎週末はグルメ情報!!今週はポテトサラダ

 松江市の片原町、老舗洋食レストラン「西洋軒」のすぐそばにある居酒屋「だんだん」。本来は豚しゃぶ屋さんなんですが、実はここの名物料理が「友達のポテサラ」です。テレビ番組で紹介されたこともあって、一躍大人気となりました。私はポテトサラダには目がなくて、美味しいポテトサラダを求めていろいろなお店を回っています。最近も、岡山で買った「成城石井」のポテトサラダは実に美味しかった。 

▲メニューにも大きく紹介

▲うず高く盛られて出てくる「友達のポテサラ」

 でもやはり今のところナンバーワンは、この「だんだん」「友達のポテサラ」です。東京にもお店があってファンは多いみたいですよ。円錐上にうず高く盛られた形状と、黄みがかった色相、がっつり振られている黒こしょう、白こしょうのインパクトに食欲をそそられますね。見た目は塩辛そうに見えるんですが、こしょうはあくまで香りづけで、食べてみると意外とまろやかな味で美味しいんです。たまごの風味がよく、もっちりとした「ポテトサラダ」です。ハムとジャガイモ、玉子のつぶしかたのバランスが絶妙。味付けも食材の風味を生かしたものです。ブラックペッパーが良いアクセントになっています。何となく、カルボナーラを彷彿させますね。ポテトは滑らかにマッシュしたものと固形が混じっていて、これ結構好きなタイプでした!色んな食感が楽しめて良いですね。たまごの風味がよく、もっちりとしたポテトサラダ。ハムとジャガイモ、玉子のつぶしかたのバランスが絶妙で、味付けも食材の風味をいかしたものになっています。外で食べるポテトサラダは、甘すぎる味付けだったり、きゅうりなど野菜の水分が多くてべちゃーっとしていると、悲しくなっちゃいますが、今まで食べた「ポテトサラダ」の中でNo.1かNo.2といってもいいぐらいです。ポテトサラダがおいしいお店は他の料理も美味しいと食べ歩きをしていて感じることが多いのですが、「だんだん」もまさにそうです。昨日は米子の帰りに、「お持ち帰り」(テイクアウト、600円)を買って帰って家で堪能しました。最高です!!♥♥♥

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