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プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。2024年3月松江北高退職。
「関西国際空港」の快挙
世間から見て「裏方」と思われている業務でも、実に奥深いものがあります。日々見直すべき点を見つけては改善を図り、その業務を一層高度なレベルに高めて世界的な名声を得ている企業があります。よく知られたところでは、新幹線の「奇跡の7分」と呼ばれるお掃除サービスもその例です(⇒コチラに私の解説が)。毎回新幹線を利用する度に、頭が下がる思いです。
もう一つの例が、関西国際空港(新関西空港株式会社)で、旅行者が飛行機に預ける荷物の取り扱い部門で、関西国際空港が2015年以降8度目の「世界一位」の評価を受けたのです。イギリスの航空サービス調査会社・スカイトラックス社の「手荷物サービス」の部門のランキングです。同社は1,300万件を超える旅行者アンケートを基に、世界112カ国・地域の約550空港を対象に、20部門のランキングを毎年公表しています。評価には、手荷物受け取りまでの待ち時間や効率、ロストバゲージの対応などが含まれます。国際空港は1日の航空機発着回数が多く、膨大な荷物の出し入れが必要となります。関空では繁忙期1日に預けられる手荷物は最大約3万個といいます。
新関西空港株式会社によると、関空での作業が原因となる荷物紛失(ロストバゲー
ジ)は、1994年の開港以来ずっと「ゼロ」を続けています。ロストバゲージの主な要因は次のようなものです。これら全てを徹底して排除しているのですね。
・経由地での荷物の積み忘れや積み間違い
・手荷物タグの発行ミス(カウンターで行き先と違うタグが発行されてしまう)
・手荷物タグの紛失(タグが手に持つから外れ搭載する航空会社や行き先が不明になる)
・出発地で荷物を違う便に載せる積み間違い
・ベルトコンベヤーからの落下
また、飛行機を降りた後に荷物を受け取るまでの時間の短さ、旅行者が取りやすいように持ち手をそろえてターンテーブルに置くなどのきめ細かいサービスも評価されています。テレビの報道番組でも紹介がありましたが、担当者の奮闘ぶりには、同じ日本人としてとても誇らしく感じます。飛行機が到着すると速やかに荷物を降ろし、「荷さばき場」に集められ、乗客が待つ受け渡し場の裏側で、社員が手作業でターンテーブルに載せるのですが、扱いが丁寧です。乱暴に投げたりすることはありません。それどころか、スーツケースの持ち手も乗客がピックアップしやすい向きに瞬時に揃えてベルトコンベヤーに載せているのです。長尺荷物やベビーカーは手渡しする、雨天時には雨で濡れてしまった荷物はタオルで拭き取りをする。こんな些細なことが、仕事をグレードアップさせているのです。「あっという間に荷物が出てきた」「ほかの空港では考えられない」「信じられない」「日本のおもてなしの文化が分かった」など、外国人旅行者は目を丸くして絶賛しています。飛行機が着陸してから20分以内に荷物がターンテーブル上を回っているのですから、その迅速さは驚くべきものです。そればかりではありません。荷物の行く先を示すシールを素早く読み取り、乗り換えの荷物はターンテーブルには乗せない。そして、乘客が乗り換え便にチェックインしたことを確認した後に、その便に直接荷物を運ぶのです。出発便の手荷物を扱うエリアでは、上の荷物の重みで下の荷物が変形しないように、重い物から順にコンテナに積み上げていきます。最も注意が必要なのが、ベルトコンベヤーからの荷物の落下です。関空ではセンサーで荷物の通過状況を監視するのに加え、社員が巡回して目視でも落下がないかをチェックします。この一手間で、格段に紛失リスクを減らせるそうです。こうした担当者のきめ細かい仕事によって、1994年の開港以来、ロストバゲージはゼロを更新し続けています。他の空港では、スーツケースが裏返しにされて出てくることも少なくありません。それに比べて関西国際空港担当者の手際のよさ、丁寧な仕事ぶりはまさに見事なのです。プロ中のプロの仕事ですが、多岐にわたる空港運営の仕事の中では、手荷物扱いの業務は裏方の仕事かもしれません。しかし、そうした作業に対して担当者が創意工夫を凝らし、素晴らしい完成度をもたらしているのです。これはクリェイティビティそのものですね。旅行者の絶賛ぶりが示すように、おもてなし=ホスピタリティ、「お客様の手荷物を大切に取り扱う」という意識が、関西国際空港の評価に大きく貢献することになったのです。「直接お客様と顔を合わせる仕事ではないですが、どのように扱えば喜んでもらえるか、いつも心がけています。」と職員。
仕事に「主」も「従」も、そして「雑」もありません。そもそも「雑用」という言葉は間違っていると私は思っています。仕事のプロセスにおいて「雑」なる仕事など存在はしません。関空の快挙を知り、「裏方の彼らこそ、花形である」と感じます。目に見えない丁寧な仕事ぶりが、世界から称賛されています。♥♥♥
英語はなぜ同じ言葉の繰り返しを避けるのか?
英語を指導する際に、特に重要なことは「英語では同じ言葉の繰り返しを避ける」ということです。これがある程度分かってくると、英文を読む技術がずいぶんと進歩します。英語では、同じことを文の中で違う言葉で次々と言い換えていくことが多いのです。「ほら、さっき出てきた言葉が、今度はこんな表現で言い換えられているよ」と、私は授業でよく口にします。英語において「同じ言葉の繰り返しを避ける」傾向があるのは、主に以下の理由からです。
1. 言語のリズムと流暢さ
英語は、リズムと流暢さを重視する傾向があり、同じ単語やフレーズを繰り返すと文章が単調で冗長に感じられることがあります。「繰り返し」を避けることで、会話や文章が滑らかで心地よいものになり、読み手や聞き手にとっても理解しやすくなります。英語の文章論では、文体の美的感覚として、同じ語句を何度も見たり聞いたりすると、文章や発話としての美しさがないと考えられているのです。elegant variation(洗練された変化)と言われて重要視されています。
2. 語彙の多様性
英語には豊富な語彙があるため、同じ意味を表現する異なる単語やフレーズを使うことで、表現に幅を持たせることができます。言葉を繰り返すことなく、さまざまな表現方法を使うことで、文章がより精緻で興味深くなります。
3. 冗長性の回避
「繰り返し」は冗長に感じられる場合があり、特に文が長くなると注意が散漫になりやすいのです。同じ単語を繰り返さないことで、文章が簡潔で効率的になり、伝えたい情報がより強調されます。
4. 言語的な効率性
言葉の「繰り返し」を避けることで、無駄な部分を省き、より効率的なコミュニケーションを実現できます。リスナーや読み手は「繰り返し」を避けることで、新しい情報に集中しやすくなります。
5. 語法的・文法的な慣習
英語の文法には、「同じ言葉の繰り返しを避ける」という慣習が含まれています。例えば、接続詞や代名詞を使って、繰り返しを減らすことが一般的です。代名詞(he, she, it, they など)や不定冠詞や定冠詞の区別、同義語を用いることで、文章がスムーズで理解しやすくなります。具体例を見てみましょう。
昔々、おじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日、おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると大きな桃がながれてきました。おばあさんはその桃を家に持ち帰って「この桃を割りましょう」とおじいさんに言いました。おじいさんは、「そうしよう」と言いました。
Once upon a time, there lived an old man and an old woman. One day, the old man went into the mountain to get some firewood. The old woman went to the river to wash clothes, and then she saw a big peach come floating down the river. She carried it home with her and said to her husband, “Let’s cut it open.” And he agreed.
日本語では「おじいさん」、「おばあさん」がそれぞれ4回ずつ繰り返されています。一方、英語ではan old man and an old woman、 the old man、the old woman、 she、 her husband、 heなど同じ対象(この場合では「おじいさん」と「おばあさん」)を繰り返して取り上げるにしても、冠詞のaをtheに変えたり、代名詞を使ったりして変化しています。日本語の場合でも、「おじいさん」、「おばあさん」を「彼」とか「彼女」に変えることがあるにはあるのですが、あまり使われません。「彼」や「彼女」という日本語の言い方には、boyfriend、 girlfriend、あるいはlover、sweetheartという特別な意味もあるので、使い方が制限されます。また「老人」「老女」「老婆]などの言い方もありますが、やや特殊な意味になります。一方、英語では、an old manがheに、an old womanがsheに言い変えられるなど、代名詞が好んで使われたりします。
このように、「繰り返し」を避けることで、文章が自然で読みやすくなります。まとめると、英語では表現の多様性やリズム、効率性を重視するため、同じ言葉の繰り返しを避けることが一般的なのです。これを実感してもらうことが、英語学習のまず第一歩です。♥♥♥
松下幸之助の偉大さ
松下電器産業(現パナソニック)創業者の故・松下幸之助さんについて書かれた本は何百冊もあります。それだけ見ても松下幸之助さんの偉大さが分かります。八幡の自宅の電化製品は全てがパナソニック製品であることも、私がどれだけ尊敬しているかが分かってもらえると思います。1962年2月23日に、米誌『TIME』の表紙を飾りカバーストーリーに取り上げられました。松下さんが67歳の時でした。『タイム』のカバーストーリーになるということが、どれだけ大きなプレステージ(威信)であるかといえば、日本の国内で、文化勲章をもらうこと以上に匹敵すると言われています。お父さんが米相場で失敗して貧乏になり、小学校もろくに出ないままわずか9歳で丁稚(でっち)奉公からスタートして、日本一の家電メーカーを作り上げた「経営の神様」が世界に認められた瞬間です。「無から最大の電器工場を作った男」「製造、販売の天才」「ちょっと悲しい目つきの男」などの見出しで紹介されました。
また1964年の米国『Life』誌では、松下さんを単なるビジネスマンとしてではなく、「5つの顔を持つ男」として取り上げ、文化人の側面も強調しています。当時アメリカ国内で800万部の発行部数を誇った同雑誌が特集記事を組んだのです。その頃多くの日本人は、松下さんのことを金儲けのうまい実業家として見ていたのですが、アメリカ人は松下さんを単なる実業家として捉えるのではなく、以下の5つの点で高く評価していたのです。
(1)最高の産業人であること。
(2)最高の所得者であること。
(3)最高の哲学者であること。
(4)最大級の雑誌の発行者であること。
(5)ベストセラー作家であること。
(1)は、アメリカ人は機構組織の中で出世した人よりも下積みからたたき上げの実力で出世した人物を讃えるので、松下さんは彼らの好みにピッタリだったのです。カウボーイや新聞配達から身を起こして、やがたえ大陸横断鉄道をつくるとか、大発明家になるとかというのがアメリカンドリームなのです。その夢を実現したのが松下さんでした。当時の松下電器はすでに重電も含めた全電機業界で最高の売り上げと最高の配当をやっていた大会社でした。これこそまさに「最高の産業人」でしょう。
(2)は、大金持ちであるということです。松下電器の大株主であり、当時長者番付のトップは松下さんという時代でした。所得が多いということはやはりアメリカ人にとっては偉大なことなのです。所得が多いということはそれだけ税金も納めており、国家に貢献しているということなのです。所得が多いということを素直に自慢し讃えるお国柄なのです。
(3)は、日本人にはない、とても面白い見方だと思われます。アメリカ人は、松下さんの経営哲学がきわめて日本的で、しかも生きて動く思想である点を高く評価しているのです。松下さんの経営というのはその根底に揺るぎない哲学があり、終始一貫としてブレることなく繁栄への道を歩み続けたのです。例えば、「わたしの会社は“人をつくる会社”。本業が人づくり、家電製品は副業」と言っておられました。「経営の神様」と言われるゆえんの言葉です。
(4)は、PHP研究所の雑誌『PHP』の出版者である点を評価したものです。当時『PHP』という雑誌は毎月150万部もの発行部数を誇り、部数としては日本一だったのです。
(5)松下さんの著作は当時ノンフィクション部門では日本最大級の発行部数を持っていました。それほどよく売れたのです。発行点数も多かったのですが、その一つひとつが確実にベストセラーになっていたのです。知識伝播の出版業という知的産業においても屈指の成功者だったのです。
松下幸之助が世界の注目を集めたのは、以下の理由だったと思われます。
①ビジネスで成功し、億万長者となった。
②思想家、哲学者としての顔も持ち、著作はベストセラーを連発した。
③雑誌、出版社のオーナーでもある。
④経営者だけでなく、一般の人からも広く尊敬されている。
⑤学歴もなく、貧乏だったところからスタートして、大成功した。
ここまで広範囲に活躍した人はいないでしょう。欧米では、哲学者、思想家でかつビジネスでも成功を収めた知的文化人として尊敬されているのです。当時は不況と経済の弱体化に悩むヨーロッパでも日本に注目するようになり、松下幸之助がヨーロッパでもスターになっていました。
私の尊敬する故・渡部昇一先生は、戦前の国民的雑誌『キング』で読んで知っていた松下さんをずっと尊敬の念を持って興味深く観察を続けられ、その著作の中でしばしば松下さんに言及しておられました。それを松下さんはくまなく読んで、その的確性に惚れ込んで大変喜ばれたと聞いています。それがきっかけとなって渡部先生は松下さんに目をかけられ、伝記を依頼されておられます。それが渡部昇一『松下幸之助全研究 日本不倒翁の発想』(学習研究所、1983年)です。それをベースにして内容を再構成して加筆したのが、渡部昇一『松下幸之助成功の秘密75』(致知出版、2012年)でした。晩年には一ヶ月に一度くらい松下さんとお会いして、食事をしたりお話をする機会を持っておられました。♥♥♥






























