favorite

 英語の基本単語であるfavorite「お気に入りの」と訳語だけ覚えて、What’ your favorite subject?(お気に入りの教科は何ですか?)などと、使っている高校生がたくさんいます。ALTとのオーラルコミュニケーションの授業の中でもよく見られる光景です。生徒たちは「好きな」「大好きな」という意味だと勘違いしているようです。使用している単語集にもそのように出ているので無理もありません。しかしながら、favoriteは、単に「お気に入りの」ではありません。my favorite~と言ったら、その種の物の中でそれが私の一番好きな物だ」という最上級に準じた意味です(二箇所の下線部分が重要です)。したがって「金沢が私のfavorite cityだ」と言えば、「私は他のどの都市よりも金沢が好きだ」という意味であって、単に「私は金沢が大好きだ」という意味なのではありません。もう一つ重要なことは、一方で考慮している種類や集団を特定し、ここでは「都市」(city)としての種類・集団を特定しているので、金沢より好きな「町」(town)や「村」(village)があっても全然構わないのです。その種の物の中でそれが私の一番の好きな物だという意味を押さえておきましょう。尊敬する竹岡広信先生の単語集『LEAP』は、この点さすがで(新版が出ました)「favorite「一番好きな」(*×most favoriteは不可。「好きな本を買う」はbuy a book you like [×your favorite book]と表現する)」とあります。

 もし、favoriteが不定冠詞と共に名詞として使われる時は(a favorite)、Okonomiyaki is a great favorite in our family.(お好み焼きはうちの家族の大のお気に入りだ)のように、事実上、単に「すごく好きなもの」という意味になります。

 私たちの『ライトハウス英和辞典』(第7版)の語義には「(いちばん)お気に入りの」として、さらに「誤用注意報」(日本の高校生が最も誤りやすい項目を新しく短いコラム記事にして注意喚起をしたもので、私が担当しました)において、

○my favorite color       ×my most favorite color       ★favroiteはそれ自体が最上級としての意味を持つのでmost favoriteとは言わない。 

という注記を与えている意味がお分かりいただけるかと思います。♥♥♥

〔注〕ただし、「my favorite singerは複数おり、その中でも一番好きな歌手」という意味でmy most favorite singerと言うことはあります。

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「関西国際空港」の快挙

 世間から見て「裏方」と思われている業務でも、実に奥深いものがあります。日々見直すべき点を見つけては改善を図り、その業務を一層高度なレベルに高めて世界的な名声を得ている企業があります。よく知られたところでは、新幹線の「奇跡の7分」と呼ばれるお掃除サービスもその例です(⇒コチラに私の解説が)。毎回新幹線を利用する度に、頭が下がる思いです。

 もう一つの例が、関西国際空港(新関西空港株式会社)で、旅行者が飛行機に預ける荷物の取り扱い部門で、関西国際空港が2015年以降8度目の「世界一位」の評価を受けたのです。イギリスの航空サービス調査会社・スカイトラックス社「手荷物サービス」の部門のランキングです。同社は1,300万件を超える旅行者アンケートを基に、世界112カ国・地域の約550空港を対象に、20部門のランキングを毎年公表しています。評価には、手荷物受け取りまでの待ち時間や効率、ロストバゲージの対応などが含まれます。国際空港は1日の航空機発着回数が多く、膨大な荷物の出し入れが必要となります。関空では繁忙期1日に預けられる手荷物は最大約3万個といいます。

 新関西空港株式会社によると、関空での作業が原因となる荷物紛失(ロストバゲー
ジ)は、1994年の開港以来ずっと「ゼロ」を続けています。ロストバゲージの主な要因は次のようなものです。これら全てを徹底して排除しているのですね。

・経由地での荷物の積み忘れや積み間違い
・手荷物タグの発行ミス(カウンターで行き先と違うタグが発行されてしまう)
・手荷物タグの紛失(タグが手に持つから外れ搭載する航空会社や行き先が不明になる)
・出発地で荷物を違う便に載せる積み間違い
・ベルトコンベヤーからの落下

 また、飛行機を降りた後に荷物を受け取るまでの時間の短さ、旅行者が取りやすいように持ち手をそろえてターンテーブルに置くなどのきめ細かいサービスも評価されています。テレビの報道番組でも紹介がありましたが、担当者の奮闘ぶりには、同じ日本人としてとても誇らしく感じます。飛行機が到着すると速やかに荷物を降ろし、「荷さばき場」に集められ、乗客が待つ受け渡し場の裏側で、社員が手作業でターンテーブルに載せるのですが、扱いが丁寧です。乱暴に投げたりすることはありません。それどころか、スーツケースの持ち手も乗客がピックアップしやすい向きに瞬時に揃えてベルトコンベヤーに載せているのです。長尺荷物やベビーカーは手渡しする、雨天時には雨で濡れてしまった荷物はタオルで拭き取りをする。こんな些細なことが、仕事をグレードアップさせているのです。「あっという間に荷物が出てきた」「ほかの空港では考えられない」「信じられない」「日本のおもてなしの文化が分かった」など、外国人旅行者は目を丸くして絶賛しています。飛行機が着陸してから20分以内に荷物がターンテーブル上を回っているのですから、その迅速さは驚くべきものです。そればかりではありません。荷物の行く先を示すシールを素早く読み取り、乗り換えの荷物はターンテーブルには乗せない。そして、乘客が乗り換え便にチェックインしたことを確認した後に、その便に直接荷物を運ぶのです。出発便の手荷物を扱うエリアでは、上の荷物の重みで下の荷物が変形しないように、重い物から順にコンテナに積み上げていきます。最も注意が必要なのが、ベルトコンベヤーからの荷物の落下です。関空ではセンサーで荷物の通過状況を監視するのに加え、社員が巡回して目視でも落下がないかをチェックします。この一手間で、格段に紛失リスクを減らせるそうです。こうした担当者のきめ細かい仕事によって、1994年の開港以来、ロストバゲージはゼロを更新し続けています。他の空港では、スーツケースが裏返しにされて出てくることも少なくありません。それに比べて関西国際空港担当者の手際のよさ、丁寧な仕事ぶりはまさに見事なのです。プロ中のプロの仕事ですが、多岐にわたる空港運営の仕事の中では、手荷物扱いの業務は裏方の仕事かもしれません。しかし、そうした作業に対して担当者が創意工夫を凝らし、素晴らしい完成度をもたらしているのです。これはクリェイティビティそのものですね。旅行者の絶賛ぶりが示すように、おもてなし=ホスピタリティ、「お客様の手荷物を大切に取り扱う」という意識が、関西国際空港の評価に大きく貢献することになったのです。「直接お客様と顔を合わせる仕事ではないですが、どのように扱えば喜んでもらえるか、いつも心がけています。」と職員。

 仕事に「主」も「従」も、そして「雑」もありません。そもそも「雑用」という言葉は間違っていると私は思っています。仕事のプロセスにおいて「雑」なる仕事など存在はしません。関空の快挙を知り、「裏方の彼らこそ、花形である」と感じます。目に見えない丁寧な仕事ぶりが、世界から称賛されています。♥♥♥

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英語はなぜ同じ言葉の繰り返しを避けるのか?

 英語を指導する際に、特に重要なことは「英語では同じ言葉の繰り返しを避ける」ということです。これがある程度分かってくると、英文を読む技術がずいぶんと進歩します。英語では、同じことを文の中で違う言葉で次々と言い換えていくことが多いのです。「ほら、さっき出てきた言葉が、今度はこんな表現で言い換えられているよ」と、私は授業でよく口にします。英語において同じ言葉の繰り返しを避ける」傾向があるのは、主に以下の理由からです。

1. 言語のリズムと流暢さ

 英語は、リズムと流暢さを重視する傾向があり、同じ単語やフレーズを繰り返すと文章が単調で冗長に感じられることがあります。「繰り返し」を避けることで、会話や文章が滑らかで心地よいものになり、読み手や聞き手にとっても理解しやすくなります。英語の文章論では、文体の美的感覚として、同じ語句を何度も見たり聞いたりすると、文章や発話としての美しさがないと考えられているのです。elegant variation(洗練された変化)と言われて重要視されています。

2. 語彙の多様性

 英語には豊富な語彙があるため、同じ意味を表現する異なる単語やフレーズを使うことで、表現に幅を持たせることができます。言葉を繰り返すことなく、さまざまな表現方法を使うことで、文章がより精緻で興味深くなります。

3. 冗長性の回避

 「繰り返し」は冗長に感じられる場合があり、特に文が長くなると注意が散漫になりやすいのです。同じ単語を繰り返さないことで、文章が簡潔で効率的になり、伝えたい情報がより強調されます。

4. 言語的な効率性

 言葉の「繰り返し」を避けることで、無駄な部分を省き、より効率的なコミュニケーションを実現できます。リスナーや読み手は「繰り返し」を避けることで、新しい情報に集中しやすくなります。

5. 語法的・文法的な慣習

 英語の文法には、「同じ言葉の繰り返しを避ける」という慣習が含まれています。例えば、接続詞代名詞を使って、繰り返しを減らすことが一般的です。代名詞he, she, it, they など)や不定冠詞定冠詞の区別、同義語を用いることで、文章がスムーズで理解しやすくなります。具体例を見てみましょう。

 昔々、おじいさんおばあさんが住んでいました。ある日、おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると大きな桃がながれてきました。おばあさんはその桃を家に持ち帰って「この桃を割りましょう」とおじいさんに言いました。おじいさんは、「そうしよう」と言いました。

 Once upon a time, there lived an old man and an old woman. One day, the old man went into the mountain to get some firewood.  The old woman went to the river to wash clothes, and then she saw a big peach come floating down the river. She carried it home with her and said to her husband, “Let’s cut it open.” And he agreed.

    日本語では「おじいさん」、「おばあさん」がそれぞれ4回ずつ繰り返されています。一方、英語ではan old man and an old woman、 the old man、the old woman、 she、 her husband、 heなど同じ対象(この場合では「おじいさん」と「おばあさん」)を繰り返して取り上げるにしても、冠詞のaをtheに変えたり、代名詞を使ったりして変化しています。日本語の場合でも、「おじいさん」、「おばあさん」を「彼」とか「彼女」に変えることがあるにはあるのですが、あまり使われません。「彼」や「彼女」という日本語の言い方には、boyfriend、 girlfriend、あるいはlover、sweetheartという特別な意味もあるので、使い方が制限されます。また「老人」「老女」「老婆]などの言い方もありますが、やや特殊な意味になります。一方、英語では、an old manがheに、an old womanがsheに言い変えられるなど、代名詞が好んで使われたりします。

 このように、「繰り返し」を避けることで、文章が自然で読みやすくなります。まとめると、英語では表現の多様性やリズム、効率性を重視するため、同じ言葉の繰り返しを避けることが一般的なのです。これを実感してもらうことが、英語学習のまず第一歩です。♥♥♥

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松下幸之助の偉大さ

 松下電器産業(現パナソニック)創業者の故・松下幸之助さんについて書かれた本は何百冊もあります。それだけ見ても松下幸之助さんの偉大さが分かります。八幡の自宅の電化製品は全てがパナソニック製品であることも、私がどれだけ尊敬しているかが分かってもらえると思います。1962年2月23日に、米誌『TIME』の表紙を飾りカバーストーリーに取り上げられました。松下さんが67歳の時でした。『タイム』のカバーストーリーになるということが、どれだけ大きなプレステージ(威信)であるかといえば、日本の国内で、文化勲章をもらうこと以上に匹敵すると言われています。お父さんが米相場で失敗して貧乏になり、小学校もろくに出ないままわずか9歳で丁稚(でっち)奉公からスタートして、日本一の家電メーカーを作り上げた「経営の神様」が世界に認められた瞬間です。「無から最大の電器工場を作った男」「製造、販売の天才」「ちょっと悲しい目つきの男」などの見出しで紹介されました。

 また1964年の米国『Life』誌では、松下さんを単なるビジネスマンとしてではなく、「5つの顔を持つ男」として取り上げ、文化人の側面も強調しています。当時アメリカ国内で800万部の発行部数を誇った同雑誌が特集記事を組んだのです。その頃多くの日本人は、松下さんのことを金儲けのうまい実業家として見ていたのですが、アメリカ人は松下さんを単なる実業家として捉えるのではなく、以下の5つの点で高く評価していたのです。

(1)最高の産業人であること。
(2)最高の所得者であること。
(3)最高の哲学者であること。
(4)最大級の雑誌の発行者であること。
(5)ベストセラー作家であること。

(1)は、アメリカ人は機構組織の中で出世した人よりも下積みからたたき上げの実力で出世した人物を讃えるので、松下さんは彼らの好みにピッタリだったのです。カウボーイや新聞配達から身を起こして、やがたえ大陸横断鉄道をつくるとか、大発明家になるとかというのがアメリカンドリームなのです。その夢を実現したのが松下さんでした。当時の松下電器はすでに重電も含めた全電機業界で最高の売り上げと最高の配当をやっていた大会社でした。これこそまさに「最高の産業人」でしょう。

(2)は、大金持ちであるということです。松下電器の大株主であり、当時長者番付のトップは松下さんという時代でした。所得が多いということはやはりアメリカ人にとっては偉大なことなのです。所得が多いということはそれだけ税金も納めており、国家に貢献しているということなのです。所得が多いということを素直に自慢し讃えるお国柄なのです。

(3)は、日本人にはない、とても面白い見方だと思われます。アメリカ人は、松下さんの経営哲学がきわめて日本的で、しかも生きて動く思想である点を高く評価しているのです。松下さんの経営というのはその根底に揺るぎない哲学があり、終始一貫としてブレることなく繁栄への道を歩み続けたのです。例えば、「わたしの会社は“人をつくる会社”。本業が人づくり、家電製品は副業」と言っておられました。「経営の神様」と言われるゆえんの言葉です。

(4)は、PHP研究所の雑誌『PHP』の出版者である点を評価したものです。当時『PHP』という雑誌は毎月150万部もの発行部数を誇り、部数としては日本一だったのです。

(5)松下さんの著作は当時ノンフィクション部門では日本最大級の発行部数を持っていました。それほどよく売れたのです。発行点数も多かったのですが、その一つひとつが確実にベストセラーになっていたのです。知識伝播の出版業という知的産業においても屈指の成功者だったのです。

 松下幸之助が世界の注目を集めたのは、以下の理由だったと思われます。

①ビジネスで成功し、億万長者となった。
②思想家、哲学者としての顔も持ち、著作はベストセラーを連発した。
③雑誌、出版社のオーナーでもある。
④経営者だけでなく、一般の人からも広く尊敬されている。
⑤学歴もなく、貧乏だったところからスタートして、大成功した。

ここまで広範囲に活躍した人はいないでしょう。欧米では、哲学者、思想家でかつビジネスでも成功を収めた知的文化人として尊敬されているのです。当時は不況と経済の弱体化に悩むヨーロッパでも日本に注目するようになり、松下幸之助がヨーロッパでもスターになっていました。

 私の尊敬する故・渡部昇一先生は、戦前の国民的雑誌『キング』で読んで知っていた松下さんをずっと尊敬の念を持って興味深く観察を続けられ、その著作の中でしばしば松下さんに言及しておられました。それを松下さんはくまなく読んで、その的確性に惚れ込んで大変喜ばれたと聞いています。それがきっかけとなって渡部先生松下さんに目をかけられ、伝記を依頼されておられます。それが渡部昇一『松下幸之助全研究 日本不倒翁の発想』(学習研究所、1983年)です。それをベースにして内容を再構成して加筆したのが、渡部昇一『松下幸之助成功の秘密75』(致知出版、2012年)でした。晩年には一ヶ月に一度くらい松下さんとお会いして、食事をしたりお話をする機会を持っておられました。♥♥♥

 

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辰野金吾

▲『ノジュール』最新号

 昨年末に『ノジュール』12月号(JTB出版)が届きました。その特集記事に「東京駅丸の内駅舎と辰野金吾」があり面白く読みました。私は辰野金吾(たつのきんご)さんの建築が大好きなんです。

 エジソンが白熱電球を生み出した1879年、辰野金吾は工部大学校(現・東京大学工学部)の第一期生として、政府が招いたイギリスの建築家ジョサイア・コンドルから西洋建築を体系的に学び、建築家には藝術の素養が大切だということを学びました。入学試験の成績は最下位でしたが、首席で卒業したという大変な努力家です。4人いた卒業生は皆、日本で最初の建築家として活躍するわけですが、とりわけ首席だった辰野は官費留学生としてロンドン大学で学び、建築会社で実習をし、その後ヨーロッパ(イタリア、フランス)でさらに深く建築に関わっていきます。建築はその国の文化や歴史に基づいたものでなければならないことを学びました。帰国後は大学での建築教育にも貢献しながら日本銀行本店などを設計。“辰野式”と呼ばれる建築が全国に建つようになるのは、民間の建築家として事務所を立ち上げた1903年以降のことです。その後200以上の建築物を手掛けたと言われており、現存するものの多くは重要文化財に指定されています。北は北海道、南は辰野の故郷である佐賀県まで、それぞれが街のシンボルとして愛され、観光スポットとしても人気を博しています。現存する辰野金吾の建築物は、東京駅を含めて全国に24件あります。全部制覇したいと密かに狙っていますが、今日は私の出かけた4件を取り上げます。

 さて、そんな辰野金吾の建築ですが、その特徴はなんと言っても赤レンガに白い花崗岩でラインを描いた華やかな壁面と、屋根に塔や小屋を載せて形成される賑やかなスカイラインが特徴の“辰野式”と呼ばれるデザインでしょう。東京駅に代表されるように、重厚で趣のある外観は、多くの日本人の心に深く刻まれているはずです。とは言っても、それだけにとどまらないのが辰野金吾の魅力でもあります。「旧松本邸」ではアール・ヌーヴォー建築を取り入れ、「南天苑」では和風建築を手掛けました。建物それぞれに宿った個性に思いを馳せるのも、辰野建築を巡る楽しみの一つです。辰野金吾の代表作として真っ先に名前が挙がるのが、1914年に竣工した「中央停車場」こと東京駅です。しかし当初は辰野ではなく、ドイツ人技師のフランツ・バルツァーが設計するはずでした。なぜ辰野が請け負うことになったのかというと、理由は単純明快。バルツァーが提案した「レンガ造りでありながら、瓦屋根に唐破風をあしらった和洋折衷のデザイン」が日本政府に不評だったからです。西洋化を推進する政府としては、純西洋風の建物が良かったのです。それは、辰野にとって願ってもないチャンスでした。何せ、建築家人生において、絶対に手掛けたいと思っていたもののうちのひとつが中央停車場だったのですから(ちなみに、他は日本銀行本店帝国議会議事堂。後者だけが叶いませんでした)。依頼が来たのは、現在の東京大学工学部である帝国大学工科大学の教授を辞した1902年の翌年のことでした。

▲335mの正面長 堂々たる存在感

▲美しいドーム天井

 辰野が設計したのは、3階建て全長約335メートルにもなる、レンガと鉄筋造りによる駅舎です。その建築様式は諸説ありますが、いくつもの伝統的な西洋建築から独自に生み出したものであり、まさしく「辰野式建築」と呼ぶにふさわしい出来映えです。関東大震災でもびくともしなかったほど堅牢で(「辰野堅固」と呼ばれる)、震災当時は堂々と建つその姿に、多くの人が励まされたことでしょう。しかし、そんな頑丈な駅舎も、1945年の東京大空襲によって3階建ての駅舎は2つのドームと屋根、内装を焼失してしまいます。戦後すぐに修復されたものの、資材不足から元通りとはいかず、特に損傷のひどかった3階部分が撤去されるなど、見た目も大きく変わってしまいました。現在の姿は、2000年代に入ってからの復原計画によるものです(2012年に復元)。八角形のドームの天井に取り付けられた8羽の鷲や8つの干支のレリーフも、当時の意匠を見事に復原しています。細部に至るまで辰野の設計に基づいた本来の東京駅の姿を見られるのは、ある意味、時代を超えた奇跡なのかもしれません。ちなみに、ドームの8つの干支にはこぼれ話があり、4つの干支(子卯午酉)が足りないことが長らくの謎でした。しかし、東京駅と同時期に改修が進められていた辰野の故郷・佐賀県の「武雄温泉楼門」から、足りない干支が見つかったというのです。何かの意図があってのことなのか、それとも気まぐれの遊び心だったのか。辰野の思惑に思いを巡らせながら、東京駅を訪れてみてはいかがでしょうか。

 二つ目。大正・昭和初期までの北海道・小樽市は、「北のウォール街」と呼ばれるほど銀行街として栄えた街でした。当時建てられた重厚な西洋建築はその多くがまだ残っており、中でも一際存在感を放っているのが、辰野が手掛けた「日本銀行旧小樽支店」です。1912年に竣工したこの建物はレンガ造りの2階建てで、外壁にはモルタルを塗り、石造り風に仕上げています。ルネサンス様式が取り入れられ、4つのドームや4階建ての望楼があります。内装は昔ながらの洋風の銀行といった風情。2002年に銀行としての業務を終え、現在は日本銀行の歴史や業務を紹介する金融資料館として運営されています。

▲日本銀行旧小樽支店金融資料館

 三つ目。「大分銀行赤レンガ館」(旧本店)は、大分市中心街のランドマークであり、金融・経済のシンボルであると同時に、文化を含めて大分県の近現代史を見守り、語ってくれる建築で、国登録有形文化財です。大分市に現存する明治の洋風建築の唯一のものです。なんだか東京駅とよく似ているな、と思ったのもそのはず。設計は明治建築界の重鎮であった辰野金吾、片岡安により手がけられ、明治43(1910)に「二十三銀行本店」として着工、3年後の大正2年(1913)に完成しました。東京駅を手掛けた「辰野片岡建築事務所」(辰野金吾・片岡安)により設計されました。辰野金吾は明治以降の日本建築界を背負った人物であり、日本銀行本店東京駅の設計で有名ですね。彼と組んだ片岡安も有名な建築家で、後に大阪商工会議所の会頭をも務めました。鉄筋コンクリート造り2階建、煉瓦タイル貼、天然スレート。市の中心部で、ひときわ目を引くレンガ造りの建物です。英国から取り寄せた赤レンガのタイル壁に白い花こう岩の帯を巻き、丸と四角の窓の連なりが美しく、特にランタンを持つ八角形ドームの屋根は「辰野式ルネッサンス」と言われ、そのクラシカルなたたずまいが街の人々に親しまれています。現在館内は、県物産品を販売するショップやカフェとなっていて、大分市内の観光コースでも人気のある名所となっています。

▲大分銀行赤レンガ館

 4件目。奈良公園内に、明治42(1909)年に誕生した「奈良ホテル」。関西における国賓・皇族の宿泊施設として「西の迎賓館」の異名も持ち、チャップリンヘレン・ケラー、オードリー・ヘップバーンなど、世界中のVIPをたくさん迎え 入れてきました。建物は東京駅日本銀行本店などを手掛けた建築家・辰野金吾によるものです。歴史ある調度品も数多く見られます。私は天皇陛下も泊まられたお部屋に泊まることができ、感激でした。♥♥♥

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「パティスリーアキト」

◎週末はグルメ情報!今週はケーキ

 「パティスリーアキト」(patisserie AKITO)は、JR神戸・元町駅から5分ほど歩いた場所にあるスイーツのお店。2014年にできたばかりのスイーツ店ですが、たくさんのお客さんが絶えずやってくる人気店です!松江駅の南口で私がひいきにしている行列のできるケーキ屋さん「Ciistand」のご主人が修行されたお店です。彼女に教えてもらって行ってきました。

▲パティスリーアキト

 小さなお店ですが、店内には「イートインスペース」が10席ほど用意されています。焼きあがったスイーツの香りが充満している店内でスイーツを食べると、美味しさは一段と上がりますね!

 「Ciistand」で教えてもらったところでは、「パティスリーアキト」は、その「ミルクジャム」が有名だそうです。ネットショップでも販売されているミルクジャムは、店で販売されているケーキにも使われています。これを必ず買って帰るように言われていました。

 もちろん、ミルクジャムを使ったもの以外にも、たくさんの美味しそうなケーキがショーケースにずらりと並んでいます。店内の「イートインスペース」で、スイーツと一緒に味わえるドリンクもしっかり用意されていました。

 ミルクジャムは古くから世界各地で親しまれてきた伝統的なコンフィチュール(ジャム)で、多くは「Dulce de Leche(ドゥルセ・デ・レチェ)」、フランスでは主に
「Confiture de lat(コンフィチュール・ド・レ)」と呼ばれている“牛乳”のジャムです。オーナーシェフにとって、ミルクジャムはまさにすべての“原点(はじまり)”。「パティスリーアキト」(patisserie AKITO)では、兵庫県淡路島産の牛乳を原料に、大きな銅鍋で2時間かけてじっくり煮詰めて作り上げています。シェフ田中がこれまでに培ったすべての経験と技術をすべて注ぎ作り上げるミルクジャムは、豊かな自然が育んだ乳のやさしい香りとコクのある味わいを心ゆくまで堪能できる自慢の逸品です。試行錯誤を重ねて生み出したミルクジャム。多くの方から絶賛されている一番の人気商品です。ピスタチオなどの様々な食材とあわせたバリエーションジャムのほか、ケーキの原材料としても使われています。

 「Ciistand」で教えてもらったところでは、「パティスリーアキト」で一番人気のケーキは「ラクテシトロン」だそうで、これを食べてくるように言われていました。クッキー生地・チョコレート・スポンジ・レモンクリームで構成されています。レモンの風味が引き立つソースがお皿を彩っていて、見た目もGOODなケーキだそうです。私がお邪魔したのはもう午後3時頃でしたので、残念ながらすでに売り切れで食べることはできませんでした。代わりに頼んだのが、「エレガンス」。イートインスペースでコーヒーと一緒にいただいたところ、このケーキが絶品。調子に乗ってもう一個「フレジェ・ビスタージュ」(冬季限定)のケーキも頂いてしまいました。店員さんは呆れておられました〔笑〕。自宅用に「ミルクジャム」を買ってお店を出て、南京町を目指しました。♥♥♥


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新幹線ビジネスブース

 東海道新幹線N700S系車両では、2024年10月時点でプライバシーを確保できる「ビジネスブース」が利用できます。「ビジネスブース」は完全個室ではないものの、座席とは別の空間にワークスペースとしての設備が整っています。「ビジネスブース」は、周囲を気にせず電話対応やオンライン会議、打ち合わせを行いたいときや、資料を広げて集中して作業したいときに適しています。ブースは7号車「S Work車両」利用者が予約可能で、7・8号車間のデッキ部に設置されています。 中にはテーブルハイチェア充電用コンセントが備え付けられ、接続時間に制限のない「S Wi-Fi for Biz」も利用できるため、より快適に仕事ができるスペースとなっています。10分単位で利用することができ、料金は0~30分の場合10分あたり200円、30~60分の場合10分あたり300円です。私のように新幹線の車内で仕事をしたい人間にはピッタリのサービスです。利用する日のどの便がS Work車両かは、ホームページ上で確認することができます。

▲「ビジネスブース」の利用案内

 乗車後、座席に設置されているリーフレットやブース内のタッチパネルから予約サイトにアクセスします。空き状況を確認し、必要事項を入力して時間を選択します。最初の段階で課金はされず、利用開始時にクレジットカードでの支払いが発生します。予約が確定すると「利用番号」が発行されます。順番が来るとメールで通知され、ブースに移動後、タブレットに利用番号を入力して利用を開始します。この段階で課金されます。利用中はタブレットのボタンで施錠・解錠が可能です。利用が終了したら「利用終了」ボタンを押して終了します。「ビジネスブース」は、乗車前の予約ができないため、乗車後に予約する必要があります。また、予定より利用時間が短い場合でも返金されないので、利用時間の選択には注意する必要があります。東京から博多間の範囲で利用できます。長距離の移動時間を有効に使いたい人にはおすすめのサービスです。

 東海道新幹線では2026年度から、グリーン車よりもさらに上質な「個室」が導入される予定です。この完全個室タイプの座席は、プライバシーとセキュリティが重視され、専用Wi-Fi、リクライニングシート、調節可能な照明や空調などの設備が特徴です。 オンライン会議や静かな環境でリラックスしたい人に最適なこの空間は、1編成に2室導入される予定です。詳細なサービス内容や料金は今後の発表待ちですが、多様化するニーズに応える新幹線の新たな座席スタイルが期待されます。プライバシーと快適さを重視した「個室」では、さらにビジネスでの利用が便利になり、充実した移動空間になるでしょう。現在はN700S系の一部車両において「ビジネスブース」が整備されていますが、今後の「個室」の導入によって、さらに快適な移動環境が期待されます。♥♥♥

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直井明さん亡くなる

 文芸評論家で海外ミステリ研究の第一人者である直井 明(なおいあきら)さんが、2月2日にインフルエンザ感染症のため、東京都内の病院にて93歳でお亡くなりになりました。合掌。

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▲こんな精緻な研究書は見たことがない!

 直井さんをご存じない人のためにちょっと触れておくと、1931年生まれ。東京都出身。東京外国語大学インド語科卒業後、商社の海外駐在員としてニューヨークなど世界各地で勤務され、アメリカ人推理小説家・エド・マクベイン87分署シリーズを中心に、海外ミステリの研究に取り組みました。エド・マクベインの87分署シリーズについて詳細に研究した『87分署グラフィティ―エド・マクベインの世界』(六興出版)で、1989年に「第42回日本推理作家協会賞(評論部門)」を受賞されました(この本、出版直後に読んで衝撃を受けました。ここまでマクべインを読み込んでおられる人を私は知りません)。マクべインの作品を熟知しておられ、マクベイン本人とも深い交流があり、彼が新作を書く度に「過去の自作についての情報」を、直井さんに尋ねる(!)ほどでした。その他にもマクベインについての研究書や、海外滞在歴の長さを生かしたミステリ研究書が数多くあります。特にマクべインに関しては、全作品を隅々まで読み込んで熟知しておられ、その分析・評論たるや世界的な業績をお持ちです。かつてはマクべインのウェブサイトでも、新しい発見を発表し続けていらっしゃいました。作者本人よりも作品について詳しいというとんでもない人だったのです。

DSCN3532 学生時代に、故・大谷静夫先生三島房夫先生から、ミステリー作家のエド・マクベイン(Ed McBain)の面白さを教えていただき、のめりこんで読み耽りました。マクべインの文体は簡潔そのものですが、アメリカ文化を知らないと何のことかさっぱり分からない箇所がたくさん登場します。山田政美・田中芳文(編)『エド・マクベイン英語表現辞典』(2005年、英語の言語と文化研究会)にはそのような例がたくさん紹介されています。

 私は彼の作品によく出てくる警察のten codesがどうしても分からないので(10-20, 10-34など私の調べた意味と一致しないのです)、直井さんにお尋ねしたら、ご親切にも、わざわざマクべインご本人に確認を取ってくださって、ご教示をいただいたことがあります(⇒ご教示の内容はコチラです)。お世話になりました。エド・マクべインのことに世界一詳しいのは直井さんなんです。そのことは、マクべインのホームページで公表された“The 87th Precint with Akira Naoiに、発表し続けておられた数々のエッセイを読むと実感します。何という緻密な読みだろう、といつもため息が出たものです。2005年に、マクべインは咽頭がんでお亡くなりになり、もう新作は読めないのが残念です。

 直井さんは、晩年にはエド・マクベイン本人とも交流があり、彼の新作執筆にあたって登場人物の過去作品の情報を確認するために、作者本人が直井さんに相談することもあった、というエピソードが残されています。早川書房は、直井さんが『エド・マクベイン読本』の編纂や、ミステリマガジンでの連載コラム「海外ミステリ風土記」、評論連載「ヴィンテージ作家の軌跡」などに寄稿されていたことを紹介し、長年にわたる貢献に感謝の意を表しました。直井さんの著作には、『海外ミステリ見聞録』『本棚のスフィンクス 掟破りのミステリ・エッセイ』『スパイ小説の背景』などがあり、彼の業績は今後も多くの読者に影響を与え続けることでしょう。

 心よりご冥福をお祈りいたします。♠♠♠

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コピー機

 私の学生時代には「コピー機」などという便利なものはありませんでした。後半登場したものの、とても学生に利用できるような値段でもありませんでした。手元にない資料はもう手で写して記録するしかなかったのです。もう勉強になるものは徹底的に写しまくり、右手が真っ黒になるまで、ひたすら写しまくって勉強していました。懐かしいものでは、井上義昌さんの各辞典の記述はよくノートに写していましたね。友人からノートを借りても、ひたすら筆写するのでした。私が教員になってからも、コピー機は高価なもので、今みたいに職員室で自由にコピーできるのではなく、利用するにも印刷室で使用者名とカウンターの数字を備え付けの記録簿に書いてコピーさせてもらう時代だったんです。

 今ではコピー代も安くなって、何でもかんでもコピーを取れる便利な時代になりましたね。ところが、仕事にしろ勉強にしろ、要領よくやるものの、本当に身になる勉強や仕事をしていない人も多いようです。本来非常に便利な知的生産のための道具が、人々を一層怠惰にしてしまうこともあるのです。機械を駆使するあまり、機械の奴隷になってしまい、自分の知的生産の向上に役立てているとはおよそ言いがたい側面があるのです。コピーも、盛んに使われている割には勉強のためにはあまり役立っていません。昔なら、他人からノートなどを借りて、それを自分の手で写すしか方法がありませんでした。そこには大きな学びがあったのです。コピー機もあるにはありましたが、非常に高かったので、自分の手で写し取るほうが安上がりでした。それがコピー機の発達で、コピー代が非常に安くなり、学生たちもノートを引き写すよりはコピーを取っておくほうが便利だということになったのです。ところがコピーの弊害は、コピーを取ると、内容まで読んだ気になってしまうということです。コピーというのは、何かを保存して後から読むための道具なのですが、コピーすればそれで学習が終わってしまったような「錯覚」を与えてしまうのです。そしてコピーを取ったきりで読み返すこともしない。これでは結局、「目的」「手段」の逆転ですね。何か仕事をする際には、はるか先のことまでもいっぺんに考えてはいけません。そうする必要は全くないのです。何かちょっとしたひとかけらでもいいから、自分の手や足を使って実際にやってみるという精神が大切です。コピー機ワープロの発達は、手で筆記するという肉体的な苦痛を軽減してくれこそしましたが、その代わりに、うまずたゆまず努力して勉強するという姿勢を失わせ、知識をインスタントに求めようとする怠け者を増加させることになってしまったのです。

 私たちが使う辞書もそうですね。紙の辞書⇒電子辞書⇒タブレット⇒スマホと、どんどんと便利になる中で、紙の辞書が売れない「冬の時代」になってきました。でもやはり紙の辞書で勉強するのが一番力がつきます。「英語の力は辞書を引いた回数に比例する」というのが私の信念です。たまたま開いたページの思わぬ所から、全く予期もしなかった情報を拾うことができます。便利な物に走るあまり、お手軽な知識を求めるだけの人間を増やしてしまっています。調査によれば、最近は一カ月に一冊も本を読まない若者が増えているといいます。彼らはユーチューブの方が手軽で便利だと言います。悲しいことです。原点回帰をしなければなりませんね。♥♥♥

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下段柱

 今年のお正月に、故・草川隆(くさかわたかし、1935-2022)さんの書き下ろし長篇本格ミステリー『寝台特急「冨士」の殺人者』(廣済堂、1992年)を読んでいたところ「下段柱」(げだんばしら)という聞き慣れない言葉が何度も登場しました。

 この日、彼女はいくつかの仕事をすますと、神田駅前にオフィスを持つ、庄司探偵事務所を訪れた。といっても、べつに探偵社に用があるわけでなく、そこの調査員の大森拓郎に毎号頼んでいる“下段柱”の原稿を取りに行くためだった。“下段柱”というのは、コミック誌の下段のページの余白のミニ知識のことだった。二行八十字に詰め込んだ文章で、その号によって、さまざまな分野の雑学が盛り込まれる。いわば読者サービスの欄だったが、毎号これを楽しみに読み、話のタネ本にしている読者も少なくない。(pp.45-46)

 折から、“下段柱”の執筆者の一人が病気にかかり、新しい書き手を探していたので、彼女は“世界の刑罰” “世界の名探偵”といったテーマのミニ知識を書いてくれないかと、彼に頼んだ。これがきっかけで、大森はこの欄の定期的な執筆者の一人になった。そして、一年半ほど付き合っているうちに、彼女も大森の影響でミステリーのファンになった。(p.46)

 彼が再び、本来の目標に立ち返ったのは、侑子と知り合い、“下段柱”を依頼されたためだった。作家志望だっただけに、文章を書くことは好きだ。それに、何よりも侑子に心を奪われた彼は、小さな仕事でも、それを引き受けることで、彼女とのつながりを維持しようとしたのだった。(p.48)

“下段柱”の仕事は、調べる事が好きなぼくの楽しみの一つだったんだが……できれは……」(p.49)

 漫画の版面の外に記す重要な情報を「柱(ハシラ)」といい、書籍などではページを探しやすくする目的に使われたりします。漫画雑誌の場合には、この「ハシラ」に漫画単行本などの広告を載せていることがよくあります。ただ、漫画家は「断ち切り」あるいは「断ち落とし」といって、コマの絵を大きく描いて版面からはみ出す描き方をすることがよくあります。そうした紙面には「ハシラ」を入れることはできません。逆に、漫画と関係のない「ハシラ」を邪魔に思っている漫画家もいて、意図的に断ち切りを多くして「ハシラ」を入れさせないようにするケースも多々あります。上の引用からも分かるように、下段のページの余白に入れられるミニ知識を「下段柱」と呼んでいます。一つ勉強になりました。

 作者の草川 隆さんは東京生れ。國學院大學国文科卒業で、1968年にSF同人誌「宇宙塵」に連載した長編『時の呼ぶ声』でデビュー。『アポロは月に行かなかった』『幽霊は夜唄う』などのSFやホラー小説を発表。1986年には本格推理小説『個室寝台殺人事件』を発表し、以降はトラベル・ミステリー作品を多数発表しました。残念ながら現在はほとんど手に入れることはできません。ミステリー好きの私は、古本屋さんなどでその作品を漁っています。♥♥♥

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