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プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。2024年3月松江北高退職。
「銀ブラ」
当時、銀座の店の周辺には、新聞社や外国商館が建ち並び、水上瀧太郎、吉井勇、菊池寛、佐藤春夫、芥川龍之介、森 鴎外、谷崎潤一郎、与謝野晶子、正宗白鳥、徳田秋声、井上ひさしなど、多くの文化人がこの店の常連となっていました。なにせ、あのジョン・
『三国』の利用者から次のようなはがきをいただいたことがあります。
道場修作
BS日テレオリジナルドラマ、令和サスペンス劇場「旅人検視官 道場修作 長野県 車山高原殺人事件」第6弾の放送(1月31日午後7時~)が決定しました。本作は内藤剛志(ないとうたかし、70歳)さん演じる、定年退職した元警視庁検視官の道場修作(みちばnしゅうさく)が、亡き妻が残した雑記帳とともに訪れた旅先で事件に巻き込まれる、懐かしくも新しい令和の2時間サスペンスドラマです。2023年12月の放送から続いている人気シリーズで、毎話繰り広げられる人間ドラマが絡んだサスペンスはもちろんのこと、主人公・道場修作と一緒に全国の観光地を旅している気分が味わえる旅情感も大きな魅力の作品です。サスペンスとしてのハラハラ感はもちろんのこと、劇中に登場する全国各地の観光スポットやご当地グルメなども大きな見どころで、旅情感も味わえる作品です。今回も諏訪大社、車山高原、奈良半宿、イングリッシュガーデンなど長野の名所を訪れ、蓼科野菜、信州そば、天狗水などのご当地グルメを堪能することができます。私は内藤さんと同い年ということもあって、ずっと応援しているんです(私の好きな故・西村京太郎先生の十津川警部を演じたこともありましたっけ)。
今回の舞台は、亡き妻が愛した俳人・小林一茶ゆかりの地・長野県。車山高原で見つかった白骨遺体をきっかけに、道場はまたしても事件に巻き込まれ、捜査には関わるまいとしながらも次第に真相に近づいていきます。物語に大きく関わる人物として、車山高原のツアーガイド兼ガーデンデザイナーで、失踪した夫を待つ芝田夕夏役として森尾由美が出演。夕夏の義兄で世界的カメラマン・芝田徹を渡辺いっけい、そして、夕夏の義母でありガーデンオーナーの芝田麗子を松原智恵子が演じ、物語は複雑に交差していきます。さらに、道場に憧れる地元警察の若手鑑識係・磯崎悠馬役を松澤和輝が務め、思いがけず第一通報者となった道場は、磯崎にアドバイスをするうちに、複雑な家族愛や完璧なアリバイに隠された事件の真相に迫っていくことになります。道場の亡き妻との旅の行方はどうなるのでしょうか?
内藤さんは台本を読んで「過去のシリーズでは、亡き妻・由美子が雑記帳に書き記した“あなたと行ってみたい場所”を旅してきたんです。ただ今回は、由美子が以前旅した場所を訪れました。実は由美子が先に訪れた場所に来るのは初めてなんです。それが何よりも今回新しいんじゃないでしょうかね」と印象を述べます。また、「今までの道場シリーズでは必ず近くに海があったんですが、今回の車山にはないんです。車山高原は空に近い場所で、亡き妻・由美子のいる場所を連想させるなと。空を見上げる…僕なりの理由ですが、いつもと少し違う方向を向いているのではないかなと思います」と、これまでと違う気持ちで臨んでいます。そして、「このシリーズでは初めて亡き妻がかつて訪れた場所へ引き寄せられてきます。この引力は、今回のドラマが終わっても先に続くと思いますので、皆さんこれからの道場を楽しみにしていてください。言いたいですけど言えません(笑)。大きなことがきっと起きますので、ぜひご覧ください」と視聴者に呼び掛けました。♥♥♥
―今回の台本を読んで
毎回、新しい発見と喜びがあります。過去のシリーズでは、亡き妻・由美子が雑記帳に書き記した“あなたと行ってみたい場所”を旅してきたんです。ただ今回は、由美子が以前旅した場所を訪れました。実は由美子が先に訪れた場所に来るのは初めてなんです。なので、それが何よりも今回新しいんじゃないでしょうかね。由美子がこの地で修作に見せたかったことは何か、というのが今回のテーマのような気がします。
―舞台となる長野県の魅力
長野県は撮影で何度もお世話になっている場所です。美味しくてきれいな水っていうイメージで、空や山々であったり全てそこから始まっている気がしますね。地元の野菜や蕎麦・米・肉もすべて美味しいです。今までの道場シリーズでは必ず近くに海があったんですが、今回の車山にはないんです。何が違うかなって考えると、車山高原は空に近い場所で、亡き妻・由美子のいる場所を連想させるなと。空を見上げる…僕なりの理由ですが、いつもと少し違う方向を向いているのではないかなと思います。そんな空や、この風景の中で皆さんに何か感じていただければ嬉しいです。
―視聴者の皆様へのメッセージ
素晴らしい風景の中で、誰が犯人か?なぜその事件が起きたのか?を皆さん推理してください。そして、このシリーズでは初めて亡き妻がかつて訪れた場所へ引き寄せられてきます。この引力は、今回のドラマが終わっても先に続くと思いますので、皆さんこれからの道場を楽しみにしていてください。言いたいですけど言えません〔笑〕。大きなことがきっと起きますので、ぜひご覧ください。
かつては民放各局が競って制作しながら、いつしか消えていった2時間ドラマに関して、旅情ミステリーの王道的作品で、主演は“刑事役”といえばこの人、第一人者の内藤さんが、なぜ2時間ドラマは消えてしまったのか、鋭く推理しています。
「テレビ局それぞれの事情があって今地上波ではもうほとんどないですね。僕ら作る側として言えば、(これまでは)番組がたくさんありすぎて、何か当たり前にやり過ぎてしまった側面がないか、という反省点はあります」。取材会で一言ずつかみしめるように内藤さんは語り出しました。
日常の死角を切り取ったサスペンスから旅情ミステリーまで、2時間ドラマ枠の歴史は、テレビ朝日が1977年に作った「土曜ワイド劇場」に始まります。1984年には市原悦子主演の「家政婦は見た!」が世帯視聴率30・9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。1981年に日本テレビ系で「火曜サスペンス劇場」、82年にはTBS系で土曜日に「ザ・サスペンス」も始まり、各局が互いに競い合うようになっていきました。多くはミステリー作品で、じっくりと見られる2時間枠が謎に一層の奥行きを与えました。また、舞台を温泉地などの観光地にして旅情を前面に押し出した作品も好評で、それぞれの番組枠がいくつもの看板シリーズを抱え、おなじみのキャストが活躍する安定感、安心感はお茶の間に広く支持されました。1989年には「月曜ドラマスペシャル」(のちの「月曜名作劇場」)もTBS系で始まり、百花繚乱の状態となったのです。
ところが、2000年代に入ってから陰りが見えるようになります。2005年に「火曜サスペンス劇場」が、2017年に「土曜ワイド劇場」が終了し、2019年に「月曜名作劇場」が終了するに至り、ついに民放の2時間ドラマのレギュラー枠が完全に消滅しました。背景には、制作費の抑制や、視聴層の若返りといったテレビ局側の意向も大きいのですが、実際には、「シリーズもの」の多さによるマンネリ化も挙げられるでしょう。内藤さんは語ります。
「シリーズものは、やっぱり半年たてば新しいもの(続編)があるとか、“次”が保証されているみたいなところがあったんですね」。内藤さんは自戒を込めるように振り返ります。「そうすると『これぐらいの作りでいいだろう』と、べつに手を抜いたわけじゃないけど、どうしても似たものになってしまったんじゃないでしょうか。やっぱり新しいものになっていかなきゃいけない。そこをやり忘れていたかもしれませんね」
放送枠が消えた後も、テレビ朝日系「西村京太郎トラベルミステリー」、フジテレビ系「赤い霊柩車」、テレビ朝日系「おかしな刑事」といった大看板シリーズは特番で奮闘していましが、それも一昨年から昨年にかけて、主要キャストの高齢化などで惜しまれつつ幕を閉じました。寂しい限りです。
若者を中心としたテレビ離れが急速に進む中、高騰する制作費の割に視聴率が稼げなくなった昔ながらの2時間ドラマは、もはや地上波では新作の制作は厳しいものがあります。BSでも再放送がせいぜいで、新作のレギュラー枠は難しいと思われます。そんな風前のともしび状態の中で始まったのが道場検視官シリーズでした。内藤さんは、これが社会に必要な番組だと考えています。「刑事ドラマや時代劇もそうですが、悪い人がいて正義の味方がいて、悪い人は捕まるか、罰を受ける。それを親子で見て、人の心が形成されていたと思うんですよね。悪いことはしちゃいけないと知らせる役割が2時間ドラマにはあった。そこはもっときちっとやった方がいい」 内藤さん演じる元検視官という新たな役について「ご遺体に向き合ってきた仕事柄、人の死に対し非常に心を使う人であり、一方でそこから離れたいとも思っている」と捉え、「人生を生き直そうとしている男です。人生はいつでもやり直せる、まだまだ楽しいことがいっぱいあると伝えられたら」と語っています。のびのびとした作風は、BS局の制作であることも関係しているようで、「BSだと出演者とスタッフの距離が近く自由度も高い。地上波よりも小回りが利いて、現場の意見も反映されやすいですね」と話します。このあたりは今後の2時間ドラマの路線復活を考える上で試金石となりそうです。王道路線でありながら、仕事や子育てを終えた人への応援歌のようなドラマでもあると言います。「修作は新しい世界を歩みます。視聴者のみなさんも、新しい生活であったりとか楽しさを見つけてみませんか」と呼びかけています。♥♥♥
贅沢オランジェ
◎週末はグルメ情報!!今週はチョコレート
オランジェというチョコレートが大好きです。松江市内のチョコレート専門店(J.KowariやPays Natal)でも細い棒状のものを買うことがありますが、米子東高校からちょっと離れたところにある米子のHOKで「ひとりじめスイーツ 贅沢(ぜいたく)オランジェ」(410円税込)という商品が売れていて、これが結構美味しいんです。贅沢なフレーバーと素材にこだわり、「ひとりじめ」したくなる大人のチョコレートで、岐阜県の栄光堂ファクトリーという会社が出しています。いろんなスーパーをのぞいても、この商品を置いているのはここだけでしたので、私はわざわざ買いに行っていましたが、一時イオンでも並ぶようになりましたが、また姿を消しました。今週も米子で買ってきました。
小さく割れたビターなチョコレートにグランマルニエに漬けたオレンジピールを合わせています。ほろ苦さがアクセントになっている大人向けのオランジェです。アルコール分0.1%のオレンジリキュールが香ります。この味、結構好きです。♥♥♥
この会社は、2019年3月5日に開催された「FOODEX美食女子Award2019」において、「ひとりじめスイーツ アップルチョコレート」がグランプリを受賞しています。やはり米子HOKのチョコレート売り場に並んでいます。こちらは1個1個包装されて入っていました。
【コンセプト】
仕事や家事に子育てと、女性にとって何かとストレスの多い時代。ほっと一息つけるリラックスタイムにちょっぴり贅沢になれる、ご褒美スイーツです。
【オリジナリティ】
食感と軽い酸味が美味しい蜜漬けリンゴにクーベルチュールチョコレートをコーティング。コーヒーや紅茶お酒とも相性が良く、様々な食シーンでお楽しみいただけます。
【ビジュアル】
あのシマシマのチョコが欲しい、あのストライプのチョコが美味しいなど、お店でも存在感のあるストライプ柄を採用しています。
【その他】
ロングセラー商品のひとつ、アップルチョコレートを今回「ひとりじめスイーツ」シリーズとして販売したところ、販路やターゲット層が広がり、結果売上を伸ばすことに成功しました。
評価ポイントとしては、甘すぎないのでお酒にも合う、リンゴの食べ応えと歯ごたえがしっかりあって少量で満足できる、個包装は仕事の合間などにも食べやすく食べ過ぎも防げそう、パッケージも可愛くて目にとまりやすい、などが挙げられています。♥♥♥
かんださんにお参りだ!

鳥取県立米子東高等学校のある勝田町(かんだちょう)には、例年多くの初詣客が訪れる「かんださん」こと、「勝田神社」(かんだじんじゃ)があります。JR境線「博労町駅」(通称コロボックル駅)を降りて、すぐの所にこの神社があります。「勝田」の文字が入る町や村は全国で14カ所ありますが、その中でも「かんだ」と読むのは米子市だけです。その由来は所説あるものの、有力なのは2つ。一つは、「勝田神社」に祭られる勝田四郎に由来するというもの。もう一つは、その勝田一族が整備した荘園「勝田庄」(かんだのしょう)の地名に由来するというものです。“商人の街”として発展してきた米子にふさわしく、ご利益はまず「商売繁盛」。どんな願い事でもご利益があるとされており、米子市民の定番初詣スポットとして、毎年多くの参拝客で賑わいます。「賀茂神社」「天満宮」「祇園社」とともに米子で最も古い神社の一つで、背景に勝田山が広がる社殿はとても壮厳です。室町時代の天文年間(1532~1554)この場所に鎮座し、江戸時代には米子城の北の守りとして重んじられ、昔から米子の総鎮守として、人々の間で“かんださん”の名で親しまれてきた、由緒ある神社です。
ご祭神の名前が「正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命」と、3回も“勝”が入っていることから縁起がいいと言われており、受験前になると、多くの受験生が訪れます。私は1月16日、勝田ケ丘志学館の授業が終わってから、お参りに訪れました。明日17日からの「大学入学共通テスト」での生徒たちの健闘をお祈りしてきました。
今年の干支(えと)にちなみ、拝殿そばに建つ勇壮な「青銅神馬」像に手を合わせる人も多く見られます。お参りを終えて博労町駅に向かおうとしていると、教えている男子生徒4人がお参りにやってきました。恒例の「熱き抱擁」をして闘魂を注入しておきました。きっといい点を取ってくれるものと期待しています。♥♥♥
「緊張」と「緩和」
「緊張」と「緩和」のステージが、大好きなさだまさしさんのコンサートの真骨頂です。私が通い続けるさださんのコンサートでは、歌とトークが絶妙なバランスで成り立っています。歌が始まると聴衆は固唾を飲むように真剣に聴き入り、トークが始まるとちょっと肩の力を拔いて息を吐く。いわば「緊張」と「緩和」です。時にコンサートは3時間を超えることが多いのですが、長さを感じさせないのは、この「緊張」と「緩和」の組み合わせが実に巧みだからでしょう。3時間の内訳は歌がほぼ1時間半で、トークがほぼ1時間半。時間の割り振りも実に絶妙です。さださんは、この歌とトークの関係を「アイスクリームとウェハース」に例えておられました。冷えて味が分からなくなった舌の感覚を取り戻し、またアイスをおいしく食べるためにウェハースは付いています。あくまで歌がアイスであり、トークはウェハースです。ただ、脇役であるはずのトークを目当てにコンサートに足を運ぶ人も少なくありません(!!)。実に面白いからです。
さださんが30歳になった1982年4月、そのステージトークの面白さに注目した出版社の文藝春秋が、さださんのトークを録音して活字に起こし書籍『噺歌集』として出版しました。歌手のステージ上でのおしゃべりしたものをそのまま本にするという前代未聞の大胆な企画でしたが、これが売れに売れました。活字で読んでも面白いからです。ジーンと心に染みる話もありました。トーク集はシリーズ化され、1993年まで全5巻が出版されました。その後、「ぜひ音源で聞きたい」というファンの要望に応えて(株)ユーキャンがCDを発売します。「さだまさしステージトーク大全『噺歌集CD』1982~2003」は全18巻。続いて発売された「さだまさしステージトーク大全2『続 噺歌集CD』2004~2011」は全15巻。全国各地のコンサート会場で収録された計204話が収録されています。「妖怪かっ飛びジジイ」や「お父さんとポチ」、「エレクトーン『ハイ』事件」、「23時間57分の一人旅」など、今や「古典」と称される爆笑名作トークも含まれていました。さださんは落語家が創作落語を生み出すように、身の回りのことや思い出話をネタ(実話)に次々と新作トークを生み出しており、いずれ「大全3」の発売も検討されることでしょう。ただし、さださん本人にしてみれば、「ウェハース」であるはずのトークがコンサートの「売り」として注目されるのは、歌手として複雑な心境だといいます。「腹立つよね。『歌は帰ってからCDで聞きますから、もっとしゃべってください』というお客さんがいるからね。もちろん、もっと歌ってほしいというお客さんもいるけど、どうも世間では『さだまさしコンサート=トーク』とみられている。これは何とかしたいと思う」〔笑〕。
2011年秋、翌年に予定していた歌手生活40周年記念ツアーの企画会議で、さださんは前代未聞のコンサートをスタッフに提案しました。「歌を取るのか、トークを取るのか。お客さんにまともに突きつけてみるのはどうだろうか?」一つの会場で2回続けてコンサートをやり、初日はとにかくしゃべり続け、2回目はひたすら歌うという企画です。どちらを取るか、選ぶのはお客さん。まさに「さだまさし」にしか出来ない構成・演出でしたが、そんな常識破りの企画を60歳にしてやろうとするところがまた、さださんの凄さでもありました。「一度やってみたかったし、やるならまだ体力がある今しかないと思ったね。70歳では多分無理だろうからね」 肉体的にもタフであるがゆえに成り立つ2夜連続コンサートツアー「さだまつり」は、2012年6月16日、郷里・長崎からスタートしました。全国26会場で「さだまつり」 事前告知の通り、「前夜祭」と銘打った初日は「しゃべるDAY」。長崎ブリックホールでの初演のステージに、さださんは一人で立ちました。長崎で生まれ、長崎で歌い始めた思い出を語り、トークを補完するように長崎ゆかりの楽曲をギター一本で紡ぎました。「紫陽花の詩」「精霊流し」「島原の子守歌」「邪馬臺」「神の恵み」「かすていら」。アンコールは「Birthday」。さすがにしゃべり続けるだけのコンサートではありませんでしたが、本来「ウェハース」であるべきトークが、一本立ちして堂々の「主役」でした。「お客さんに一切れのかすてぃらをお出しして、差し向かいでじっくりゆっくりしゃべり尽くす。いわば『かすていらナイト』だね」。かたや「後夜祭」と銘打った2日目は「うたうDAY」。一流ミュージシャンと一緒に、ヒット曲メドレーあり、新曲あり、「きだまきしとテキトー・ジャパン」のパロディーソングありのステージを繰り広げました。ほとんどしゃべらず、アンコールを含めて28曲を歌い続けました。「豪華メンバーと一緒に新鮮でたくさんの具材がてんこ盛りのチャンポンを囲んで、みんなでパーティーのように賑やかに騷ぐ。こちらは『チャンポンナイト』だね」。二日間で完結する「さだまつり」は、アンコール公演を含め翌2013年1月までに全国26会場で52公演が行われました。「後夜祭」は、全公演を通して構成はほぼ同じで、「主役」は歌と演奏。「前夜祭」のトークの内容は会場によって異なり、楽曲も一部変わりましたが、あくまで歌はトークを補完する「脇役」であることに変わりはありませんでした。私が気になったのは、「前夜祭」と「後夜祭」はどっちが人気だったのでしょうか?スタッフによると、全52公演のうち2公演で若干の空席があり、いずれも「前夜祭」だったといいます。この結果だけを見れば、「トーク」よりも「歌」を求めたお客さんの方が少しだけ多かったということになります。しかし、「前夜祭」は金曜日で「後夜祭」は土曜日開催という日程も含まれていたことを考慮すれば、ほぼ互角だったと言えるのかもしれませんね。
コンサートツアーも終盤に差し掛かった2012年11月23日、福岡サンパレスの楽屋でインタビューしました。テーマは、ちよっと早いが「さだまつりツアーを振り返って」。さださんは率直な思いを語りました。「もう二度とやらない企画だね。しゃべるだけがこんなにつらく、歌うだけがこんなにつらいとは思わなかった」 歌とトークを切り離すことで最も明確になったことは、さださん自身の「緊張」と「緩和」のバランスが崩れるということです。アイスで冷えた舌の感覚を取り戻し、またおいしく食べるためのウェハースは聴衆よりむしろ、さださん自身の必需品だったということでしょう。「ただ、お客さんも明確な答えを見つけたと思う。普段の何でもないコンサートがいかに優れていたかってね」 さださんは60歳を機に「さだまさし的なもの」を意図的に壊し、さまざまな挑戦を始めました。あえて歌とトークを切り離し、緊張と緩和のづフンスを崩した「さだまつり」もその一つでしたが、さださんの活動の根幹はやはり40年かけて積み上げた「さだまさし的なもの」であることが証明された試みだったとも言えるでしょう。さださんとさださんのファンはこの時、閧違いなく同じ思いを共有していたはずです。「さだまさしコンサートは、歌とトークの絶妙なバランスで成り立っている」と。
私も2012年9月28日~29日、そんな「さだまさし40周年記念コンサート」(旧・広島厚生年金会館)に行ってきました。第一夜は「前夜祭」と銘打って、しゃべる(!)だけのコンサート。それでも「線香花火」「親父の一番長い日」「長崎小夜曲」「かすてぃら」「驛舎」「BIRTHDAY」と、通の喜びそうな6曲を、そしてアンコールに「虹」(雪村いずみさんに書いた曲)を歌ってくれました。最後の舞台を飾る大きな風船がとても綺麗でしたね。さてこの日のトークも絶好調で、しゃべりにしゃべりました。大ネタは「十津川村のヘビ女」「妖怪かっとびジジイ」「23時間57分の二人旅」の三つで会場は大爆笑でした。最後の親切な大学生の話は、私も昔感動して、島根県の高校入試の英語長文問題に書き下ろしたのもいい思い出です。18時10分に始まって、終わったのは21時30分と、いつもながらにずいぶんサービスしてもらいました。タクシーを拾って宿へ。
再び第二夜は「後夜祭」と称して(「本祭り」がない?)トーク無しの歌だけのコンサート。17時1分に始まり何と19時30分にはもう終わっていました。やればできるんですね。いつもは長~いコンサートなんですが、いかにトークが時間を占めていたかを実感しました。三部構成で、一部は「もう来る頃」「春爛漫」「サクラサク」「転校生」「まんまる」「決心~ヴェガへ」「かすてぃら」「TOKYO HARBOR LIGHTS」「東京」「夢ばかり見ていた」の10曲を熱唱。全てバック・コーラスをつけてのいつもとは違って素敵なハーモニーでした。二部は「きだまきしとテキトージャパン」のアルバムから5曲を。ここは軽く受け流して(笑、だって理解できない!)、第三部へなだれ込みます。さださんのコンサートを初めて見る人たちは、ここまで聞いたことのない曲ばかりでうろたえられたのではなかったでしょうか?それはそれ、さださんのこと。三部で大サービスのヒット曲オンパレードでした。定番の「精霊流し」「無縁坂」「雨やどり」「秋桜」「案山子」「道化師のソネット」「北の国から」「関白宣言」の最後のラララ 「風に立つライオン」「糸遊」「女優」「あなたへ」(岩崎宏美さんに書いた曲です)、そしてアンコールに「スマイル・アゲイン」「主人公」の二曲を熱唱しました。アンコールの際にステージに落ちてきた大量の色とりどりの風船はとても可愛らしかったです。ただしこれだけの重たい曲(ファンには堪らない!)ばかりを歌い続けたさださんは相当疲れたハズです。この時のコンサートは「しゃべるだけ」「歌うだけ」のこうした初めての企画物でしたが、もう二度とこんなバカなことはしない、と述べておられました。例年のコンサートがいかにバランスのとれたもの(!)〔笑〕であったかを痛感した二日間でした。私はここでバーバリーの名刺入れをなくしたので(日本撤退したのでもう手に入らない)、よ~く覚えています。♥♥♥
今年の「共通テスト」は?
「大学入学共通テスト」がいよいよ今週末に実施されます。志願者数は49万6,237人(昨年より1,068人増)。このうち2年前の卒業生が1万2,516人で前回の1.4倍といいます。同じ既卒生でも「1年前」と「3年以上前󠄂」はともに前回並みで、現役生は逆に5,000人以上減っています。また、難関大学の志望者が減少していると言われています。
大学入試センターは毎年「試験問題評価委員会報告書」というものを公表しています。次年度の試験を予想する上で、これは本当に貴重な資料です。実は、今までこの報告書を読むと、次年度の問題傾向や、初めて出題された新傾向問題が次年度にどうなるのかを占うのに、ずいぶん役立つということを実感してきました。「こんな問題すぐ消えてなくなるよ」という同僚たちの発言の中、「いやこれは来年も絶対出題される!」と私が断言できた理由は、ひとえにこの報告書の中で問題部会の作問者たちが自画自賛していたからでした。この報告書はじっくり読むと、実にいろいろなことを教えてくれるんです。「追試験」の問題とともに、必ず隅から隅までチェックしておかなければいけません。新傾向の問題が登場する際には、その前年の追試験で予告リハーサルが行われてきたことは、私たち英語教師なら誰でも知っていることです。「大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書」では3種類の報告書が公開されています。(1)「高等学校教科担当教員の意見・評価」(2)「教育研究団体の意見・評価」 (3)「問題作成部会の見解」の三つです。それぞれの立場から、「共通テスト」の本試験および追試験の問題について、分析・評価を与えておられます。この他巻末資料として、高等学校教科担当教員の項目別評価・総合評価が4段階で示されています。これらを参考にしながら、今週末の「共通テスト」の問題傾向を予測してみたいと思います。♥♥♥
【リーディング】
・大問構成は昨年通り(第1問~第8問)と予想しています。第4問と第8問が昨年の新形式です。
・複数箇所対応問題《難》…これが最近の「共通テスト」の大きな特徴です。センター試験時代と異なり、本文中の2箇所(時には3箇所)を参照しないと正解を導き出せないという設問が増えています。受験生にとってはとても難しい問題です。
・複数解答問題《難》…正しいものを二つ選ばせる形式ですが、受験生が苦手とする問題です。→選択肢を先読みしておくことで解答しやすくなります。
・時系列並べ替え問題…これも受験生が苦手としていますが2問出題されます。ダミーの選択肢が1つある場合にはズレないように特に注意が必要です。これも選択肢を先読みして余白に簡単に日本語でメモをしておくと、英文を読みながら解答が楽になります。
・「意見」と「事実」問題…「なくなる、なくなる」と噂されている問題ですが、私は必ず出題されるものと予想しています。小・中学校で小さい頃からネット情報の真偽について教育がなされていることからも、現代におけるこの重要性を認識した背景があります。
・第6問は「心温まるいい話」…昨年度の本試験・追試験を分析するとこの傾向が見られます。思わずホロッとするいい話を期待しています。
・NOT問題…「正しいものを選べ」よりも時間がかかり、より正確な読解を必要とするところから、最近の傾向となっています。not/ error/ removeといったキーワードで設問が作られています。
・推測問題…これも「共通テストR」の特徴で、本文に直接書いていないことを、書かれた内容から推測して答える問題です。設問では、most likely/ imply/ inferといったキーワードを使って問われます。
・要約・タイトル付け問題…英文全体の概要をまとめたり、タイトルを付けることが求められる新課程の目玉問題です。この種の問題では、第1段落・最終段落が大きなヒントになることを確認してきました。
・図表・グラフ・イラスト問題…昨年の試験を見てもこの傾向は強く感じられました。英文の理解度を多角的に捉えようという意図です。
【リスニング】 《難化予想》
リスニング平均点の推移を見ると、56.16点→59.45点→62.35点→67.24点→61.31点となっていることから、今年は難しくなるものと予想しています。
・大問構成は従来通りと予想しています。
2025年の不正行為
「大学入学共通テスト」では毎年「不正行為」が報告されています。昨年の2025年、大学入試センターは、「大学入学共通テスト」で4人の不正行為を確認したと発表しました。対象の受験生は、全教科の成績が無効となりました。不正行為を行った場合には、その場で受験の中止と退室を指示され、それ以降の受験はできなくなります。また受験した「共通テスト」の全ての教科・科目の成績が無効になります。注意が必要です。
大学入試センターによると、不正行為のあった4人のうち1人はカンニングでした。北海道の会場で、数学②の試験時間中、監督者が、机上に数学の公式が書き込まれているのを確認したといいます。別の1人は、高知県の会場で、英語リスニングの試験時間に、「解答はじめ」の指示の前にICプレーヤーを再生し、解答をしていたといいます。他の2人は、いずれも「解答やめ」の指示があったのに従いませんでした。1人は福井県の会場であった地理歴史・公民の試験で、もう1人は大阪府の会場であった情報の試験での行為だったといいます。過去の不正行為で最も多かったものは、この「解答やめ」の指示に従わずに解答記入を続けていたものでした。今一度生徒たちに注意喚起をしておきたいですね。
現在の学習指導要領を反映して初めて実施された昨年の「共通テスト」には、およそ49万5,000人が出願し、全国651の会場で実施されました。また、1月19日には公共交通機関の遅延によって、新潟県や京都府、大阪府などの10大学853人を対象に試験の開始時間が最大150分繰り下げられました。今年も雪等での交通の乱れには注意したいものです。
2日間を通じた再試験の対象者は128人で、体調不良者などを対象とした追試験と併せて1月25日と26日に実施されました。本番に向けて最高の体調で臨みたいものです。
私は毎年本番終了後の翌日に、「共通テスト」を受験した生徒たちに後輩に残しておきたいアドバイスを書いてもらうことにしています。そしてそれをまとめて「共通テスト」直前に受験生たちに配って参考にしてもらっています。今年も下記のようなプリントを配付して、最後の注意喚起を行いました。♥♥♥
青山学院大学、奇跡の逆転優勝!
お正月の風物詩『箱根駅伝』で青山学院大学が大会新記録で3年連続の総合優勝を果たしました。 歴史的な逆転勝利でした。青学大の1区は16位と出遅れますが、2区で11位に、3区で8位に、4区で5位と徐々に追い上げ、5区の山登りで4人を抜きさり往路新記録で優勝しました。その後の復路でも、1位を守り抜き、復路も新記録で優勝しました。 青学大は史上初となる同一大学での2度目の3連覇となります。 復路、総合でも記録を更新しました。原監督の名采配が光った大会でしたが、初優勝以来12年間で9度の優勝、9度宙に舞いました。青山学院大学は私の大好きな小田和正さんの青山のショップ「Far East Cafe」のすぐそばにあり、東京のど真ん中にありながら、緑あふれるキャンパスに美しい校舎が大好きで、何度も見学に行った大学でした。以来、箱根駅伝で有名になり、応援をしている大学です。
2004年の就任後、さまざまな逆境をはねのけ、箱根路の頂点を極めてきました。監督就任と同時に原監督は、夫婦で東京・町田市の学生寮に住み込んで指導してきました。「タイムじゃない。表情や私生活を見ると分かる。合宿所で一緒に暮らしずっと見てきた強みですね」しかし、初出場となるまでには二度の解任の危機がありました。
2004年 予選落ち 2005年 予選落ち 2006年 予選落ち 2007年 予選落ち 2008年 22位 2009年 8位 2010年 9位 2011年 5位 2012年 8位 2013年 5位 2014年 優勝 2015年 優勝 2016年 優勝 2017年 優勝 2018年 2位 2019年 優勝 2020年 4位 2021年 優勝 2022年 3位 2023年 優勝 2024年 優勝 2025年 優勝
2003年中国電力のの社員だった原さんに、青学大監督の話が舞い込みました。3年の嘱託契約で将来の保証は全くありませんでした。最大の危機は2006年10月の箱根駅伝予選会。契約が切れる3年目でも出場切符を逃します。チームは空中分解。女子マネージャーが原監督に「選手の前で謝ってください」と詰め寄ります。そこでは奥さんの制止で謝ることは踏みとどまりましたが、1年契約が延長した2007年予選会も次点で逃します。ただ、あと1歩に迫った実績が評価され、嘱託から大学職員の立場に昇格できました。翌2008年の予選会を通り、2009年大会で33年ぶりの出場を決めると、その後は上昇カーブを描き優勝を飾ります。10年間の苦労でした。「前の優勝は監督が主導したが、次はおまえらが勝ち取ってヒーローになれ」と説きました。
青学大の原監督は陸上界の常識にとらわれずに、独自路線でチームを連覇に導きました。陸上界を盛り上げるため、批判を恐れずメディアに敢えて積極的に出て発言。チームでは体育会特有の縦割り組織も否定し、組織力を高めるとともに選手の自主性を育てたのです。そして、体幹を鍛える「青トレ」で走力を強化。自らの信念に裏打ちされた原改革。なぜ青学大は強いのでしょうか?原監督の口癖は「自分で考えなさい」です。「指導者から言われた練習をしているだけでは絶対に強くなれませんよ」 「学生が練習メニューなどについて、『僕はこう考えます』と言ってきたら、私と正反対の意見でも、まずは思うようにやらせます。それを踏まえて最善の策を考えればいい。その方が学生も納得します。」
異端を恐れない。大学駅伝界の異端児を自認する原監督は、昨年から60回以上の講演会をこなしました。ゴルフ雑誌に連載を持ち、ファッション誌にも登場し、自著本も3冊出版。テレビもワイドショーも含め多数出演しました。陸上界の人間から「青学は浮かれている」との声も耳に入りましたが気にしません。一部選手から不安視されたメディアへの露出にも、実は意図がありました。「陸上で活躍すれば野球やサッカー選手のようにテレビに出演できる」と、子供たちにメッセージを送るため、選手も次第に理解を示すようになりました。「出るくいは打たれるが、出過ぎたくいは打たれない」が原監督の口癖です。
原監督は「ぼくはファーストペンギン。最初にやる人はたたかれますから。」と語っていました。ペンギンは群れで行動します。その中で魚を取るため、1番に海に飛び込む勇気あるものをファーストペンギンと呼びます。批判に惑わされることはありませんでした。ビジネスの世界に身を置いた原監督は、陸上界の悪しき因習にとらわれるところがなく、合理性がないと判断した体操などは「ただの儀式」と廃止。骨格の動きに沿ったトレーニングを研究し、選手に指導してきました。一時期までは練習に遅刻してきた選手には「丸刈り」のペナルティがありました。原監督は前時代的な「体育会特有」の罰則には賛成しなませんが、選手同士が決めたルールを尊重します。4年生を中心に話し合った結果、「ミスをしたら丸刈りの罰は意味がないのでは。丸刈りにすればいい、という考え方になってしまう」という結論に達し、撤廃しました。原監督の「指導しない指導」で、大人だったチームは本物の大人になったのです。学生寮の掃除当番は1年生だけではなく、4年生を含めた全員が担当します。「4年生には“いばるな”と言っている。掃除など嫌なことは進んでやる。それがお兄ちゃんの役目」と原監督。一部の大学では4年生が一番風呂に入り、付き人を与えるところもありますが、4年生への優遇はありません。11月の全日本大学駅伝で負けたときには、2年生が「もっと引き締めた方が良い」と4年生に意見したそうです。全体ミーティングでも「1年生だろうが、正しいと思ったことは言いなさい」と学年、実力は関係なく自由に発言させます。下級生が上級生に意見を言うことは珍しくありません。体育会の問答無用な上下関係は排除します。
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今年は歴史的な逆転劇でした。青学大の1区は16位でした。直前にランナーの変更がありました。 1区を走る予定だった選手が2日前に胃腸炎になり、4区を走る予定だった小河原選手が1区を走ることになりました。 4区では8位から5位まで順位を上げましたが、4区も変更の影響を受けていました。当日変更で外れる予定だった平松選手が4区を走ることになりました。急遽、走ることになりましたが、区間3位と健闘。5区はスタートの時、5位でした。走るのは黒田朝日選手。フルマラソンの学生記録を持っています。2時間6分5秒です。 青学大の原晋監督は、「5区には黒田朝日がいる。3分30秒先頭と離れていてもなんとかするだろう」と話していましたが、「ギリギリだった」と振り返ります。
私はもちろん、テレビの前で箱根駅伝に釘付けになっていました。第102回大会となった今年の箱根駅伝、往路からとんでもないドラマが待っていましたよね。特に5区の山登り。あんな展開、誰が予想できたでしょうか?小田原中継所の時点で、トップの中央大学と青山学院大学の差は「3分24秒」。正直なところ、「さすがの青学でも、このタイム差は厳しいかも…」と諦めかけた人も多かったのではないでしょうか。駅伝の常識で言えば、往路で3分以上の差というのは、もはや背中が見えない、絶望的な距離なんです。でも、そこからの大逆転劇。鳥肌が立ちましたよね。昨年の区間記録を1分55秒も更新、驚異的な快記録にはライバル大学の監督たちもお手上げでした。速さと強さでチームの難局を突破した黒田選手を、原監督は「箱根史上最強ランナー」「シン・山の神だ!!」と名付けました。さすがに限界を越えて走ったので、ダメージは深く、ゴール後はけいれんが止まらなかったそうですが。
なぜ、青学大はここまでの強さを発揮できたのでしょうか?もちろん今回の往路優勝の立役者は、間違いなく5区を走った黒田朝日選手です。彼の走りは、これまでの「山の神」の概念を覆すような衝撃的なものでした。常識を覆した「1時間6分07秒」のタイム。普通の選手であれば1時間10分を切れば「速い!」と賞賛される区間です。それを4分近く上回るスピードで駆け抜けたことになります。しかも、今回の凄さはタイムだけではありません。単独でトップを走るのではなく、前を走る4校(早稲田、國學院、駒澤、中央)を次々と追い抜いていく「ごぼう抜き」での記録だという点です。前のランナーが見えてくる度に、ギアを一段階上げるような力強さがありました。これまで「山の神」と呼ばれた選手たちは、小柄でピッチ走法(歩幅を狭く回転数を上げる走り方)を得意とする「登りのスペシャリスト」が多かったんです。でも、黒田選手は少しタイプが違います。彼は学生ながらマラソンで「2時間6分5秒」という日本学生記録を持つ、超一級の長距離ランナーです。
彼の走りの秘密は、ここにあります。
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エンジンの大きさが違う標高差800m以上を駆け上がるには、酸素をたくさん取り込む能力(心肺機能)が必要です。マラソンで鍛え上げた彼の心臓は、他の選手よりも圧倒的に「エンジン」が大きいんです。だから、苦しい坂道でも出力が落ちないんですね。
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下り坂でも加速するスタミナ5区は登り切った後、最後に芦ノ湖へ向かう下り坂があります。多くの選手は登りで足を使い果たしてしまい、ここでペースが落ちがちです。ところが黒田選手は、この下り坂でもさらに加速していました。
結果として、トップを走っていた中央大学に対し、この区間だけで4分以上の差をつけることになりました。3分24秒の借金を返すどころか、お釣りがくるほどの快走。これが「新・山の神」と呼ばれる理由です。
黒田選手の頑張りはもちろんですが、彼をこの5区に配置した原晋監督の采配も見事としか言いようがありません。「なぜエースを平地の2区で使わなかったの?」と疑問に思った方もいるはず。駅伝において、各校のエースが集まるのは「花の2区」というのがセオリーでした。しかし、原監督はあえてそのセオリーを外しました。その理由は「リスクとリターン」の考え方にありました。
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2区の場合(ハイレベルな混戦)エースを投入しても、他校のエースも強いため、稼げるタイム差は数十秒程度に限られます。
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5区の場合(差がつきやすい)山登りは特殊なコースなので、適性のない選手や調子の悪い選手が走ると、平気で2分、3分と遅れてしまう「大ブレーキ」のリスクがあります。
原監督は、「最もタイム差がつきやすく、失敗のリスクが高い5区」に、あえて「チームで一番信頼できる黒田選手」を投入しました。これは、「不確実な要素(山)」を「確実な資産(黒田選手)」で埋めることで、リスクをコントロールしつつ、最大のリターン(タイム差)を狙った戦略だったと言えます。さらに、当日まで黒田選手を補欠登録にして隠していたのもポイントです。「黒田くんは2区に来るのか?5区なのか?」と他校に迷わせることで、相手監督の戦略を揺さぶる情報戦も仕掛けていたんですね。
もう一つ、青学の強さを支えているのがメンタル面です。原監督は毎年ユニークな作戦名を発表することで知られていますが、今年は「輝け大作戦」でした。一見、楽しげなネーミングですが、ここには深い意図があります。
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「結束」から「個」へこれまでは「チームの絆」を強調してきましたが、今年は一歩進んで「一人ひとりが輝くこと」、つまり「個人の能力を最大限発揮すること」を求めました。
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プレッシャーを「楽しむ」力「失敗してはいけない」と縮こまるのではなく、「自分が主役だ、輝く場所だ」と捉え直す(リフレーミングする)ことで、選手たちは過度な緊張から解放されます。






























