「銀ブラ」

dsc01781 東京・銀座に喫茶店の「カフェーパウリスタ」が誕生したのは、明治44年12月のことでした。このお店は、その後の喫茶店の原型となったとも言われている有名な老舗です。当時、お店の正面にはブラジルの国旗が翻り、夜ともなれば燦々と輝くイリュミネーションの店構えに、人々は胸をときめかせたものでした。店の中に入ると北欧風のマントルピースのある広間、大理石のテーブル、ロココ調の椅子。海軍の下士官風の白い制服を着た美少年の給仕が銀の盆に載せたコーヒーをうやうやしく運んできます。価格は一杯5銭。当時としては超破格値だったために、カフェーパウリスタ」は開店と同時に誰もが気軽に入れる喫茶店として親しまれるようになりました。

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▲落ち着いた「カフェーパウリスタ」の店内

 当時、銀座の店の周辺には、新聞社や外国商館が建ち並び、水上瀧太郎、吉井勇、菊池寛、佐藤春夫、芥川龍之介、森 鴎外、谷崎潤一郎、与謝野晶子、正宗白鳥、徳田秋声、井上ひさしなど、多くの文化人がこの店の常連となっていました。なにせ、あのジョン・dsc01770レノン・オノヨーコ夫妻も、来日時には、三日三晩も来店したそうですよ。座カフェーパウリスタ」ブラジルコーヒーを飲みに行く」ということから、「銀ブラ」という言葉が生まれたという説もありました。同店自身も、訪れたお客さんに対して、「あなたは本日、銀ブラを楽しんだ事を証明します」という「銀ブラ証明書」(スタンプカード)を発行しているくらいです。私も同店を訪れた際に、もらってきました(写真右)。このお店のコーヒーはとても美味しかったので、以来私は、毎月自宅に届けていただいているんです。

 「銀ブラ」というのは、もちろん「銀座をブラブラする」という意味ですが、「銀ブラ 本当の意味」でネット検索すると、思わぬ「由来」がヒットします。「ブラ」の語源を「ブラジル」に見る異説です。少し調べれば「そりゃあ、ないだろう」と分かることでも、ネットの拡散力は大変なもので、「世の中の様々について解説する某著名サイト」で「町歩きの専門家」と称する人までもが「ネットのデマ」に踊らされ、「本来は~」「実は~」などとうんちくを垂れています。それをまた引用した記事の、そのまた引用という負の連鎖のせいで、デマはいつの間にかあたかも真実のように語られ始めます。驚くことに人気テレビドラマの劇中で「銀ブラ」が「ハイカラの代名詞だった時代」の若いカップルが「銀座をぶらぶら」ではないほうの「銀ブラ」について語りながら心を躍らせるシーンがありました。「ネットのデマ」の影響は大きいのです。国語辞典の編集者の飯間浩明『三省堂国語辞典のひみつ』(三省堂、2014年)には次のような記述がありました。

▲『三国』の裏話

  『三国』の利用者から次のようなはがきをいただいたことがあります。
「第6版の『銀ぶら』の項目に〈東京の銀座通りをぶらぶら散歩すること〉と説明してありますが、家族に『それは間違いだ』と言われました」
 そのご家族の方によれば、「銀ぶら」とは「銀座のカフェでブラジルコーヒーを飲むことだった」と言うのです。「銀座」で「ブラジルコーヒー」だから「銀ブラ」――たしかに、この説は新聞やテレビなどで接することがあります。「銀ぶら」の発祥とされるカフェのこともよく取り上げられます。でも、はたして本当の話でしょうか。
 結論から言うと、これはいわゆる民間語源説です。つまり誤りで、残念ながら『三国』としては採用することができません。
 「銀ぶら」ということばが使われだしたのは大正時代のことです。『新らしい言葉の字引』(1918年)に〈銀ブラ 銀座の街をぶらつく事〉とあるのが、古い説明のひとつであるようです(『日本国語大辞典』第2版)。大正時代の文章では「銀ぶら」とひらがなでも書かれます。以下は1925年の例です。
〔上略〕「銀ぶら」などゝいふ言葉が流行して、一部の(イカラな連中の間に銀座が憧憬の巷になって居るのなど、余り結構な好みではないと思って居た。
               (中村武羅夫『文壇随筆』新潮社161ページ)
 「ブラジル」ならばひらがなでは書かないので、この点でも「ブラジルコーヒー」説は疑問符がつきます。最も肝心なのは、古い文章では「銀ぶら」はみな「銀座をぶらぶらする」の意味で使われているということです。「銀座でブラジルコーヒーを飲む」の意味の文章は見当たりません。ことばの使用実態からは、「銀ぶら」は「銀座をぶらつくこと」と解すべきです。
 「銀ぶら」の発生源は慶応大学の学生だとも言われます(水島爾保布『新東京繁昌記』などの説)。一方、日本文学者の池田弥三郎は<われわれ慶応の学生仲間たちも、銀座へでも行こうかとは誘い合ったが、銀ブラでもしようか、とは言わなかった〉(『銀座十二章』朝日文庫)と述べていて、結局、言い出しっぺは分かりません。
『三国』第7版では、利用者の誤解を解消するため、次のように説明を加えています。

ぎんぶら[銀ぶら](名・自サ)〔俗〕東京の銀座通りをぶらぶら散歩すること。〔大正時代からのことば。「もと、銀座でブラジルコーヒーを飲むことだった」という説はあやまり〕 (下線は八幡)

 話としては「銀座をぶらぶら」よりは「銀座でブラジルコーヒー」のほうがおもしろいのは確かです。でも、「おもしろいこと、イコール真実」ではないということにも注意する必要があります。  (pp.60-61)

 人の命にかかわるような話でもありませんし、どうでもよいといえばどうでもよいことかもしれません。でも、『三省堂国語辞典』の編さん者である飯間浩明(いいまひろあき)さんは事実を調べ上げ、スタッフと協議を重ね、「銀ブラ」の項目に上記のような注釈を付けたのでした。♥♥♥

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道場修作

 BS日テレオリジナルドラマ、令和サスペンス劇場「旅人検視官 道場修作 長野県 車山高原殺人事件」第6弾の放送(1月31日午後7時~)が決定しました。本作は内藤剛志(ないとうたかし、70歳)さん演じる、定年退職した元警視庁検視官の道場修作(みちばnしゅうさく)が、亡き妻が残した雑記帳とともに訪れた旅先で事件に巻き込まれる、懐かしくも新しい令和の2時間サスペンスドラマです。2023年12月の放送から続いている人気シリーズで、毎話繰り広げられる人間ドラマが絡んだサスペンスはもちろんのこと、主人公・道場修作と一緒に全国の観光地を旅している気分が味わえる旅情感も大きな魅力の作品です。サスペンスとしてのハラハラ感はもちろんのこと、劇中に登場する全国各地の観光スポットやご当地グルメなども大きな見どころで、旅情感も味わえる作品です。今回も諏訪大社車山高原奈良半宿イングリッシュガーデンなど長野の名所を訪れ、科野菜信州そば天狗水などのご当地グルメを堪能することができます。私は内藤さんと同い年ということもあって、ずっと応援しているんです(私の好きな故・西村京太郎先生十津川警部を演じたこともありましたっけ)。

  今回の舞台は、亡き妻が愛した俳人・小林一茶ゆかりの地・長野県。車山高原で見つかった白骨遺体をきっかけに、道場はまたしても事件に巻き込まれ、捜査には関わるまいとしながらも次第に真相に近づいていきます。物語に大きく関わる人物として、車山高原のツアーガイド兼ガーデンデザイナーで、失踪した夫を待つ芝田夕夏役として森尾由美が出演。夕夏の義兄で世界的カメラマン・芝田徹を渡辺いっけい、そして、夕夏の義母でありガーデンオーナーの芝田麗子を松原智恵子が演じ、物語は複雑に交差していきます。さらに、道場に憧れる地元警察の若手鑑識係・磯崎悠馬役を松澤和輝が務め、思いがけず第一通報者となった道場は、磯崎にアドバイスをするうちに、複雑な家族愛や完璧なアリバイに隠された事件の真相に迫っていくことになります。道場の亡き妻との旅の行方はどうなるのでしょうか?

 内藤さんは台本を読んで「過去のシリーズでは、亡き妻・由美子が雑記帳に書き記した“あなたと行ってみたい場所”を旅してきたんです。ただ今回は、由美子が以前旅した場所を訪れました。実は由美子が先に訪れた場所に来るのは初めてなんです。それが何よりも今回新しいんじゃないでしょうかね」と印象を述べます。また、「今までの道場シリーズでは必ず近くに海があったんですが、今回の車山にはないんです。車山高原は空に近い場所で、亡き妻・由美子のいる場所を連想させるなと。空を見上げる…僕なりの理由ですが、いつもと少し違う方向を向いているのではないかなと思います」と、これまでと違う気持ちで臨んでいます。そして、「このシリーズでは初めて亡き妻がかつて訪れた場所へ引き寄せられてきます。この引力は、今回のドラマが終わっても先に続くと思いますので、皆さんこれからの道場を楽しみにしていてください。言いたいですけど言えません(笑)。大きなことがきっと起きますので、ぜひご覧ください」と視聴者に呼び掛けました。♥♥♥

―今回の台本を読んで

 毎回、新しい発見と喜びがあります。過去のシリーズでは、亡き妻・由美子が雑記帳に書き記した“あなたと行ってみたい場所”を旅してきたんです。ただ今回は、由美子が以前旅した場所を訪れました。実は由美子が先に訪れた場所に来るのは初めてなんです。なので、それが何よりも今回新しいんじゃないでしょうかね。由美子がこの地で修作に見せたかったことは何か、というのが今回のテーマのような気がします。

―舞台となる長野県の魅力

 長野県は撮影で何度もお世話になっている場所です。美味しくてきれいな水っていうイメージで、空や山々であったり全てそこから始まっている気がしますね。地元の野菜や蕎麦・米・肉もすべて美味しいです。今までの道場シリーズでは必ず近くに海があったんですが、今回の車山にはないんです。何が違うかなって考えると、車山高原は空に近い場所で、亡き妻・由美子のいる場所を連想させるなと。空を見上げる…僕なりの理由ですが、いつもと少し違う方向を向いているのではないかなと思います。そんな空や、この風景の中で皆さんに何か感じていただければ嬉しいです。

―視聴者の皆様へのメッセージ

 素晴らしい風景の中で、誰が犯人か?なぜその事件が起きたのか?を皆さん推理してください。そして、このシリーズでは初めて亡き妻がかつて訪れた場所へ引き寄せられてきます。この引力は、今回のドラマが終わっても先に続くと思いますので、皆さんこれからの道場を楽しみにしていてください。言いたいですけど言えません〔笑〕。大きなことがきっと起きますので、ぜひご覧ください。

 かつては民放各局が競って制作しながら、いつしか消えていった2時間ドラマに関して、旅情ミステリーの王道的作品で、主演は“刑事役”といえばこの人、第一人者の内藤さんが、なぜ2時間ドラマは消えてしまったのか、鋭く推理しています。

 「テレビ局それぞれの事情があって今地上波ではもうほとんどないですね。僕ら作る側として言えば、(これまでは)番組がたくさんありすぎて、何か当たり前にやり過ぎてしまった側面がないか、という反省点はあります」。取材会で一言ずつかみしめるように内藤さんは語り出しました。

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贅沢オランジェ

◎週末はグルメ情報!!今週はチョコレート 

 オランジェというチョコレートが大好きです。松江市内のチョコレート専門店(J.KowariPays Natal)でも細い棒状のものを買うことがありますが、米子東高校からちょっと離れたところにある米子のHOK「ひとりじめスイーツ 贅沢(ぜいたく)オランジェ」(410円税込)という商品が売れていて、これが結構美味しいんです。贅沢なフレーバーと素材にこだわり、「ひとりじめ」したくなる大人のチョコレートで、岐阜県の栄光堂ファクトリーという会社が出しています。いろんなスーパーをのぞいても、この商品を置いているのはここだけでしたので、私はわざわざ買いに行っていましたが、一時イオンでも並ぶようになりましたが、また姿を消しました。今週も米子で買ってきました。

▲HOKでは410円。イオンでは368円。ずいぶん値段が違います!

 小さく割れたビターなチョコレートにグランマルニエに漬けたオレンジピールを合わせています。ほろ苦さがアクセントになっている大人向けのオランジェです。アルコール分0.1%のオレンジリキュールが香ります。この味、結構好きです。♥♥♥

    この会社は、2019年3月5日に開催された「FOODEX美食女子Award2019」において、「ひとりじめスイーツ アップルチョコレート」がグランプリを受賞しています。やはり米子HOKのチョコレート売り場に並んでいます。こちらは1個1個包装されて入っていました。

【コンセプト】
仕事や家事に子育てと、女性にとって何かとストレスの多い時代。ほっと一息つけるリラックスタイムにちょっぴり贅沢になれる、ご褒美スイーツです。

【オリジナリティ】
食感と軽い酸味が美味しい蜜漬けリンゴにクーベルチュールチョコレートをコーティング。コーヒーや紅茶お酒とも相性が良く、様々な食シーンでお楽しみいただけます。

【ビジュアル】
あのシマシマのチョコが欲しい、あのストライプのチョコが美味しいなど、お店でも存在感のあるストライプ柄を採用しています。

【その他】
ロングセラー商品のひとつ、アップルチョコレートを今回「ひとりじめスイーツ」シリーズとして販売したところ、販路やターゲット層が広がり、結果売上を伸ばすことに成功しました。

 評価ポイントとしては、甘すぎないのでお酒にも合う、リンゴの食べ応えと歯ごたえがしっかりあって少量で満足できる、個包装は仕事の合間などにも食べやすく食べ過ぎも防げそう、パッケージも可愛くて目にとまりやすい、などが挙げられています。♥♥♥

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かんださんにお参りだ!

 鳥取県立米子東高等学校のある勝田町(かんだちょう)には、例年多くの初詣客が訪れる「かんださん」こと、「勝田神社」(かんだじんじゃ)があります。JR境線「博労町駅」(通称コロボックル駅)を降りて、すぐの所にこの神社があります。「勝田」の文字が入る町や村は全国で14カ所ありますが、その中でも「かんだ」と読むのは米子市だけです。その由来は所説あるものの、有力なのは2つ。一つは、「勝田神社」に祭られる勝田四郎に由来するというもの。もう一つは、その勝田一族が整備した荘園「勝田庄」(かんだのしょう)の地名に由来するというものです。“商人の街”として発展してきた米子にふさわしく、ご利益はまず「商売繁盛」。どんな願い事でもご利益があるとされており、米子市民の定番初詣スポットとして、毎年多くの参拝客で賑わいます。「賀茂神社」「天満宮」「祇園社」とともに米子で最も古い神社の一つで、背景に勝田山が広がる社殿はとても壮厳です。室町時代の天文年間(1532~1554)この場所に鎮座し、江戸時代には米子城の北の守りとして重んじられ、昔から米子の総鎮守として、人々の間で“かんださん”の名で親しまれてきた、由緒ある神社です。

 ご祭神の名前が「正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命」と、3回も“勝”が入っていることから縁起がいいと言われており、受験前になると、多くの受験生が訪れます。私は1月16日、勝田ケ丘志学館の授業が終わってから、お参りに訪れました。明日17日からの「大学入学共通テスト」での生徒たちの健闘をお祈りしてきました。

 今年の干支(えと)にちなみ、拝殿そばに建つ勇壮な「青銅神馬」像に手を合わせる人も多く見られます。お参りを終えて博労町駅に向かおうとしていると、教えている男子生徒4人がお参りにやってきました。恒例の「熱き抱擁」をして闘魂を注入しておきました。きっといい点を取ってくれるものと期待しています。♥♥♥

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「緊張」と「緩和」

 「緊張」「緩和」のステージが、大好きなさだまさしさんのコンサートの真骨頂です。私が通い続けるさださんのコンサートでは、歌とトークが絶妙なバランスで成り立っています。歌が始まると聴衆は固唾を飲むように真剣に聴き入り、トークが始まるとちょっと肩の力を拔いて息を吐く。いわば「緊張」「緩和」です。時にコンサートは3時間を超えることが多いのですが、長さを感じさせないのは、この「緊張」「緩和」の組み合わせが実に巧みだからでしょう。3時間の内訳は歌がほぼ1時間半で、トークがほぼ1時間半。時間の割り振りも実に絶妙です。さださんは、この歌とトークの関係を「アイスクリームとウェハース」に例えておられました。冷えて味が分からなくなった舌の感覚を取り戻し、またアイスをおいしく食べるためにウェハースは付いています。あくまで歌がアイスであり、トークはウェハースです。ただ、脇役であるはずのトークを目当てにコンサートに足を運ぶ人も少なくありません(!!)。実に面白いからです。

 さださんが30歳になった1982年4月、そのステージトークの面白さに注目した出版社の文藝春秋が、さださんのトークを録音して活字に起こし書籍『噺歌集』として出版しました。歌手のステージ上でのおしゃべりしたものをそのまま本にするという前代未聞の大胆な企画でしたが、これが売れに売れました。活字で読んでも面白いからです。ジーンと心に染みる話もありました。トーク集はシリーズ化され、1993年まで全5巻が出版されました。その後、「ぜひ音源で聞きたい」というファンの要望に応えて(株)ユーキャンがCDを発売します。「さだまさしステージトーク大全『噺歌集CD』1982~2003」は全18巻。続いて発売された「さだまさしステージトーク大全2『続 噺歌集CD』2004~2011」は全15巻。全国各地のコンサート会場で収録された計204話が収録されています。「妖怪かっ飛びジジイ」「お父さんとポチ」「エレクトーン『ハイ』事件」「23時間57分の一人旅」など、今や「古典」と称される爆笑名作トークも含まれていました。さださんは落語家が創作落語を生み出すように、身の回りのことや思い出話をネタ(実話)に次々と新作トークを生み出しており、いずれ「大全3」の発売も検討されることでしょう。ただし、さださん本人にしてみれば、「ウェハース」であるはずのトークがコンサートの「売り」として注目されるのは、歌手として複雑な心境だといいます。「腹立つよね。『歌は帰ってからCDで聞きますから、もっとしゃべってください』というお客さんがいるからね。もちろん、もっと歌ってほしいというお客さんもいるけど、どうも世間では『さだまさしコンサート=トーク』とみられている。これは何とかしたいと思う」〔笑〕。

 2011年秋、翌年に予定していた歌手生活40周年記念ツアーの企画会議で、さださんは前代未聞のコンサートをスタッフに提案しました。「歌を取るのか、トークを取るのか。お客さんにまともに突きつけてみるのはどうだろうか?」一つの会場で2回続けてコンサートをやり、初日はとにかくしゃべり続け、2回目はひたすら歌うという企画です。どちらを取るか、選ぶのはお客さん。まさに「さだまさし」にしか出来ない構成・演出でしたが、そんな常識破りの企画を60歳にしてやろうとするところがまた、さださんの凄さでもありました。「一度やってみたかったし、やるならまだ体力がある今しかないと思ったね。70歳では多分無理だろうからね」 肉体的にもタフであるがゆえに成り立つ2夜連続コンサートツアー「さだまつり」は、2012年6月16日、郷里・長崎からスタートしました。全国26会場で「さだまつり」 事前告知の通り、「前夜祭」と銘打った初日は「しゃべるDAY」長崎ブリックホールでの初演のステージに、さださんは一人で立ちました。長崎で生まれ、長崎で歌い始めた思い出を語り、トークを補完するように長崎ゆかりの楽曲をギター一本で紡ぎました。「紫陽花の詩」「精霊流し」「島原の子守歌」「邪馬臺」「神の恵み」「かすていら」。アンコールは「Birthday」。さすがにしゃべり続けるだけのコンサートではありませんでしたが、本来「ウェハース」であるべきトークが、一本立ちして堂々の「主役」でした。「お客さんに一切れのかすてぃらをお出しして、差し向かいでじっくりゆっくりしゃべり尽くす。いわば『かすていらナイト』だね」。かたや「後夜祭」と銘打った2日目は「うたうDAY」。一流ミュージシャンと一緒に、ヒット曲メドレーあり、新曲あり、「きだまきしとテキトー・ジャパン」のパロディーソングありのステージを繰り広げました。ほとんどしゃべらず、アンコールを含めて28曲を歌い続けました。「豪華メンバーと一緒に新鮮でたくさんの具材がてんこ盛りのチャンポンを囲んで、みんなでパーティーのように賑やかに騷ぐ。こちらは『チャンポンナイト』だね」二日間で完結する「さだまつり」は、アンコール公演を含め翌2013年1月までに全国26会場で52公演が行われました。「後夜祭」は、全公演を通して構成はほぼ同じで、「主役」は歌と演奏。「前夜祭」のトークの内容は会場によって異なり、楽曲も一部変わりましたが、あくまで歌はトークを補完する「脇役」であることに変わりはありませんでした。私が気になったのは、「前夜祭」「後夜祭」はどっちが人気だったのでしょうか?スタッフによると、全52公演のうち2公演で若干の空席があり、いずれも「前夜祭」だったといいます。この結果だけを見れば、「トーク」よりも「歌」を求めたお客さんの方が少しだけ多かったということになります。しかし、「前夜祭」は金曜日で「後夜祭」は土曜日開催という日程も含まれていたことを考慮すれば、ほぼ互角だったと言えるのかもしれませんね。

 コンサートツアーも終盤に差し掛かった2012年11月23日、福岡サンパレスの楽屋でインタビューしました。テーマは、ちよっと早いが「さだまつりツアーを振り返って」さださんは率直な思いを語りました。「もう二度とやらない企画だね。しゃべるだけがこんなにつらく、歌うだけがこんなにつらいとは思わなかった」 歌とトークを切り離すことで最も明確になったことは、さださん自身の「緊張」「緩和」のバランスが崩れるということです。アイスで冷えた舌の感覚を取り戻し、またおいしく食べるためのウェハースは聴衆よりむしろ、さださん自身の必需品だったということでしょう。「ただ、お客さんも明確な答えを見つけたと思う。普段の何でもないコンサートがいかに優れていたかってね」 さださんは60歳を機に「さだまさし的なもの」を意図的に壊し、さまざまな挑戦を始めました。あえて歌とトークを切り離し、緊張と緩和のづフンスを崩した「さだまつり」もその一つでしたが、さださんの活動の根幹はやはり40年かけて積み上げた「さだまさし的なもの」であることが証明された試みだったとも言えるでしょう。さださんとさださんのファンはこの時、閧違いなく同じ思いを共有していたはずです。「さだまさしコンサートは、歌とトークの絶妙なバランスで成り立っている」と。

 私も2012年9月28日~29日、そんなさだまさし40周年記念コンサート」(旧・広島厚生年金会館)に行ってきました。第一夜は「前夜祭」と銘打って、しゃべる(!)だけのコンサート。それでも「線香花火」「親父の一番長い日」「長崎小夜曲」「かすてぃら」「驛舎」「BIRTHDAY」と、通の喜びそうな6曲を、そしてアンコールに「虹雪村いずみさんに書いた曲)を歌ってくれました。最後の舞台を飾る大きな風船がとても綺麗でしたね。さてこの日のトークも絶好調で、しゃべりにしゃべりました。大ネタは「十津川村のヘビ女」「妖怪かっとびジジイ」「23時間57分の二人旅」の三つで会場は大爆笑でした。最後の親切な大学生の話は、私も昔感動して、島根県の高校入試の英語長文問題に書き下ろしたのもいい思い出です。18時10分に始まって、終わったのは21時30分と、いつもながらにずいぶんサービスしてもらいました。タクシーを拾って宿へ。

 再び第二夜は「後夜祭」と称して(「本祭り」がない?)トーク無しの歌だけのコンサート。17時1分に始まり何と19時30分にはもう終わっていました。やればできるんですね。いつもは長~いコンサートなんですが、いかにトークが時間を占めていたかを実感しました。三部構成で、一部「もう来る頃」「春爛漫」「サクラサク」「転校生」「まんまる」「決心~ヴェガへ」「かすてぃら」「TOKYO HARBOR LIGHTS」「東京」「夢ばかり見ていた」の10曲を熱唱。全てバック・コーラスをつけてのいつもとは違って素敵なハーモニーでした。二部「きだまきしとテキトージャパン」のアルバムから5曲を。ここは軽く受け流して(笑、だって理解できない!)、第三部へなだれ込みます。さださんのコンサートを初めて見る人たちは、ここまで聞いたことのない曲ばかりでうろたえられたのではなかったでしょうか?それはそれ、さださんのこと。三部で大サービスのヒット曲オンパレードでした。定番の「精霊流し」「無縁坂」「雨やどり」「秋桜」「案山子」「道化師のソネット」「北の国から」「関白宣言」の最後のラララ 「風に立つライオン」「糸遊」「女優」「あなたへ」岩崎宏美さんに書いた曲です)、そしてアンコールに「スマイル・アゲイン」「主人公」の二曲を熱唱しました。アンコールの際にステージに落ちてきた大量の色とりどりの風船はとても可愛らしかったです。ただしこれだけの重たい曲(ファンには堪らない!)ばかりを歌い続けたさださんは相当疲れたハズです。この時のコンサートは「しゃべるだけ」「歌うだけ」のこうした初めての企画物でしたが、もう二度とこんなバカなことはしない、と述べておられました。例年のコンサートがいかにバランスのとれたもの(!)〔笑〕であったかを痛感した二日間でした。私はここでバーバリーの名刺入れをなくしたので(日本撤退したのでもう手に入らない)、よ~く覚えています。♥♥♥

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今年の「共通テスト」は?

 「大学入学共通テスト」がいよいよ今週末に実施されます。志願者数は49万6,237人(昨年より1,068人増)。このうち2年前の卒業生が1万2,516人で前回の1.4倍といいます。同じ既卒生でも「1年前」と「3年以上前󠄂」はともに前回並みで、現役生は逆に5,000人以上減っています。また、難関大学の志望者が減少していると言われています。

 大学入試センターは毎年「試験問題評価委員会報告書」というものを公表しています。次年度の試験を予想する上で、これは本当に貴重な資料です実は、今までこの報告書を読むと、次年度の問題傾向や、初めて出題された新傾向問題が次年度にどうなるのかを占うのに、ずいぶん役立つということを実感してきました。「こんな問題すぐ消えてなくなるよ」という同僚たちの発言の中、「いやこれは来年も絶対出題される!」と私が断言できた理由は、ひとえにこの報告書の中で問題部会の作問者たちが自画自賛していたからでした。この報告書はじっくり読むと、実にいろいろなことを教えてくれるんです。追試験」の問題とともに、必ず隅から隅までチェックしておかなければいけません。新傾向の問題が登場する際には、その前年の追試験で予告リハーサルが行われてきたことは、私たち英語教師なら誰でも知っていることです。「大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書」では3種類の報告書が公開されています(1)「高等学校教科担当教員の意見・評価」(2)「教育研究団体の意見・評価」 (3)「問題作成部会の見解」の三つです。それぞれの立場から、「共通テスト」本試験および追試験の問題について、分析・評価を与えておられます。この他巻末資料として、高等学校教科担当教員の項目別評価・総合評価が4段階で示されています。これらを参考にしながら、今週末の「共通テスト」の問題傾向を予測してみたいと思います。♥♥♥

【リーディング】

・大問構成は昨年通り(第1問~第8問)と予想しています。第4問と第8問が昨年の新形式です。

・複数箇所対応問題《難》…これが最近の「共通テスト」の大きな特徴です。センター試験時代と異なり、本文中の2箇所(時には3箇所)を参照しないと正解を導き出せないという設問が増えています。受験生にとってはとても難しい問題です。

複数解答問題《難》…正しいものを二つ選ばせる形式ですが、受験生が苦手とする問題です。→選択肢を先読みしておくことで解答しやすくなります。

・時系列並べ替え問題…これも受験生が苦手としていますが2問出題されます。ダミーの選択肢が1つある場合にはズレないように特に注意が必要です。これも選択肢を先読みして余白に簡単に日本語でメモをしておくと、英文を読みながら解答が楽になります。

・「意見」と「事実」問題…「なくなる、なくなる」と噂されている問題ですが、私は必ず出題されるものと予想しています。小・中学校で小さい頃からネット情報の真偽について教育がなされていることからも、現代におけるこの重要性を認識した背景があります。

・第6問は「心温まるいい話」…昨年度の本試験・追試験を分析するとこの傾向が見られます。思わずホロッとするいい話を期待しています。

・NOT問題…「正しいものを選べ」よりも時間がかかり、より正確な読解を必要とするところから、最近の傾向となっています。not/ error/ removeといったキーワードで設問が作られています。

・推測問題…これも「共通テストR」の特徴で、本文に直接書いていないことを、書かれた内容から推測して答える問題です。設問では、most likely/ imply/ inferといったキーワードを使って問われます。

・要約・タイトル付け問題…英文全体の概要をまとめたり、タイトルを付けることが求められる新課程の目玉問題です。この種の問題では、第1段落最終段落が大きなヒントになることを確認してきました。

・図表・グラフ・イラスト問題…昨年の試験を見てもこの傾向は強く感じられました。英文の理解度を多角的に捉えようという意図です。

【リスニング】 《難化予想》
リスニング平均点の推移を見ると、56.16点→59.45点→62.35点→67.24点→61.31点となっていることから、今年は難しくなるものと予想しています。

・大問構成は従来通りと予想しています。

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2025年の不正行為

 「大学入学共通テスト」では毎年不正行為」が報告されています。昨年の2025年、大学入試センターは、「大学入学共通テスト」で4人の不正行為を確認したと発表しました。対象の受験生は、全教科の成績が無効となりました。不正行為を行った場合には、その場で受験の中止と退室を指示され、それ以降の受験はできなくなります。また受験した「共通テスト」の全ての教科・科目の成績が無効になります。注意が必要です。

 大学入試センターによると、不正行為のあった4人のうち1人はカンニングでした。北海道の会場で、数学②の試験時間中、監督者が、机上に数学の公式が書き込まれているのを確認したといいます。別の1人は、高知県の会場で、英語リスニングの試験時間に、「解答はじめ」の指示の前にICプレーヤーを再生し、解答をしていたといいます。他の2人は、いずれも「解答やめ」の指示があったのに従いませんでした。1人は福井県の会場であった地理歴史・公民の試験で、もう1人は大阪府の会場であった情報の試験での行為だったといいます。過去の不正行為で最も多かったものは、この「解答やめ」の指示に従わずに解答記入を続けていたものでした。今一度生徒たちに注意喚起をしておきたいですね。

 現在の学習指導要領を反映して初めて実施された昨年の「共通テスト」には、およそ49万5,000人が出願し、全国651の会場で実施されました。また、1月19日には公共交通機関の遅延によって、新潟県や京都府、大阪府などの10大学853人を対象に試験の開始時間が最大150分繰り下げられました。今年も雪等での交通の乱れには注意したいものです。

 2日間を通じた再試験の対象者は128人で、体調不良者などを対象とした追試験と併せて1月25日と26日に実施されました。本番に向けて最高の体調で臨みたいものです。

 私は毎年本番終了後の翌日に、「共通テスト」を受験した生徒たちに後輩に残しておきたいアドバイスを書いてもらうことにしています。そしてそれをまとめて「共通テスト」直前に受験生たちに配って参考にしてもらっています。今年も下記のようなプリントを配付して、最後の注意喚起を行いました。♥♥♥

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青山学院大学、奇跡の逆転優勝!

 お正月の風物詩『箱根駅伝』青山学院大学が大会新記録で3年連続の総合優勝を果たしました。 歴史的な逆転勝利でした。青学大の1区は16位と出遅れますが、2区で11位に、3区で8位に、4区で5位と徐々に追い上げ、5区の山登りで4人を抜きさり往路新記録で優勝しました。その後の復路でも、1位を守り抜き、復路も新記録で優勝しました。 青学大は史上初となる同一大学での2度目の3連覇となります。 復路、総合でも記録を更新しました。原監督の名采配が光った大会でしたが、初優勝以来12年間で9度の優勝、9度宙に舞いました。青山学院大学は私の大好きな小田和正さんの青山のショップ「Far East Cafe」のすぐそばにあり、東京のど真ん中にありながら、緑あふれるキャンパスに美しい校舎が大好きで、何度も見学に行った大学でした。以来、箱根駅伝で有名になり、応援をしている大学です。

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▲緑豊かな本学キャンパス

 2004年の就任後、さまざまな逆境をはねのけ、箱根路の頂点を極めてきました。監督就任と同時に原監督は、夫婦で東京・町田市の学生寮に住み込んで指導してきました。「タイムじゃない。表情や私生活を見ると分かる。合宿所で一緒に暮らしずっと見てきた強みですね」しかし、初出場となるまでには二度の解任の危機がありました。

2004年 予選落ち
2005年 予選落ち
2006年 予選落ち
2007年 予選落ち
2008年 22位
2009年 8位
2010年 9位
2011年 5位
2012年 8位
2013年 5位
2014年 優勝
2015年 優勝
2016年 優勝
2017年 優勝
2018年 2位
2019年 優勝
2020年 4位
2021年 優勝
2022年 3位
2023年 優勝
2024年 優勝
2025年 優勝

 2003年中国電力のの社員だったさんに、青学大監督の話が舞い込みました。3年の嘱託契約で将来の保証は全くありませんでした。最大の危機は2006年10月の箱根駅伝予選会。契約が切れる3年目でも出場切符を逃します。チームは空中分解。女子マネージャーが原監督「選手の前で謝ってください」と詰め寄ります。そこでは奥さんの制止で謝ることは踏みとどまりましたが、1年契約が延長した2007年予選会も次点で逃します。ただ、あと1歩に迫った実績が評価され、嘱託から大学職員の立場に昇格できました。翌2008年の予選会を通り、2009年大会で33年ぶりの出場を決めると、その後は上昇カーブを描き優勝を飾ります。10年間の苦労でした。「前の優勝は監督が主導したが、次はおまえらが勝ち取ってヒーローになれ」と説きました。

 青学大の原監督は陸上界の常識にとらわれずに、独自路線でチームを連覇に導きました。陸上界を盛り上げるため、批判を恐れずメディアに敢えて積極的に出て発言。チームでは体育会特有の縦割り組織も否定し、組織力を高めるとともに選手の自主性を育てたのです。そして、体幹を鍛える「青トレ」で走力を強化。自らの信念に裏打ちされた原改革。なぜ青学大は強いのでしょうか?原監督の口癖は「自分で考えなさい」です。「指導者から言われた練習をしているだけでは絶対に強くなれませんよ」 「学生が練習メニューなどについて、『僕はこう考えます』と言ってきたら、私と正反対の意見でも、まずは思うようにやらせます。それを踏まえて最善の策を考えればいい。その方が学生も納得します。」

 異端を恐れない。大学駅伝界の異端児を自認する原監督は、昨年から60回以上の講演会をこなしました。ゴルフ雑誌に連載を持ち、ファッション誌にも登場し、自著本も3冊出版。テレビもワイドショーも含め多数出演しました。陸上界の人間から「青学は浮かれている」との声も耳に入りましたが気にしません。一部選手から不安視されたメディアへの露出にも、実は意図がありました。「陸上で活躍すれば野球やサッカー選手のようにテレビに出演できる」と、子供たちにメッセージを送るため、選手も次第に理解を示すようになりました。「出るくいは打たれるが、出過ぎたくいは打たれない」原監督の口癖です。

 原監督「ぼくはファーストペンギン。最初にやる人はたたかれますから。」と語っていました。ペンギンは群れで行動します。その中で魚を取るため、1番に海に飛び込む勇気あるものをファーストペンギンと呼びます。批判に惑わされることはありませんでした。ビジネスの世界に身を置いた原監督は、陸上界の悪しき因習にとらわれるところがなく、合理性がないと判断した体操などは「ただの儀式」と廃止。骨格の動きに沿ったトレーニングを研究し、選手に指導してきました。一時期までは練習に遅刻してきた選手には「丸刈り」のペナルティがありました。原監督は前時代的な「体育会特有」の罰則には賛成しなませんが、選手同士が決めたルールを尊重します。4年生を中心に話し合った結果、「ミスをしたら丸刈りの罰は意味がないのでは。丸刈りにすればいい、という考え方になってしまう」という結論に達し、撤廃しました。原監督「指導しない指導」で、大人だったチームは本物の大人になったのです。学生寮の掃除当番は1年生だけではなく、4年生を含めた全員が担当します。「4年生には“いばるな”と言っている。掃除など嫌なことは進んでやる。それがお兄ちゃんの役目」原監督。一部の大学では4年生が一番風呂に入り、付き人を与えるところもありますが、4年生への優遇はありません。11月の全日本大学駅伝で負けたときには、2年生が「もっと引き締めた方が良い」と4年生に意見したそうです。全体ミーティングでも「1年生だろうが、正しいと思ったことは言いなさい」と学年、実力は関係なく自由に発言させます。下級生が上級生に意見を言うことは珍しくありません。体育会の問答無用な上下関係は排除します。

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 今年は歴史的な逆転劇でした。青学大の1区は16位でした。直前にランナーの変更がありました。 1区を走る予定だった選手が2日前に胃腸炎になり、4区を走る予定だった小河原選手が1区を走ることになりました。 4区では8位から5位まで順位を上げましたが、4区も変更の影響を受けていました。当日変更で外れる予定だった平松選手が4区を走ることになりました。急遽、走ることになりましたが、区間3位と健闘。5区はスタートの時、5位でした。走るのは黒田朝日選手。フルマラソンの学生記録を持っています。2時間6分5秒です。 青学大原晋監督は、「5区には黒田朝日がいる。3分30秒先頭と離れていてもなんとかするだろう」と話していましたが、「ギリギリだった」と振り返ります。

 私はもちろん、テレビの前で箱根駅伝に釘付けになっていました。第102回大会となった今年の箱根駅伝、往路からとんでもないドラマが待っていましたよね。特に5区の山登り。あんな展開、誰が予想できたでしょうか?小田原中継所の時点で、トップの中央大学と青山学院大学の差は「3分24秒」。正直なところ、「さすがの青学でも、このタイム差は厳しいかも…」と諦めかけた人も多かったのではないでしょうか。駅伝の常識で言えば、往路で3分以上の差というのは、もはや背中が見えない、絶望的な距離なんです。でも、そこからの大逆転劇。鳥肌が立ちましたよね。昨年の区間記録を1分55秒も更新、驚異的な快記録にはライバル大学の監督たちもお手上げでした。速さと強さでチームの難局を突破した黒田選手を、原監督「箱根史上最強ランナー」「シン・山の神だ!!」と名付けました。さすがに限界を越えて走ったので、ダメージは深く、ゴール後はけいれんが止まらなかったそうですが。

 なぜ、青学大はここまでの強さを発揮できたのでしょうか?もちろん今回の往路優勝の立役者は、間違いなく5区を走った黒田朝日選手です。彼の走りは、これまでの「山の神」の概念を覆すような衝撃的なものでした。常識を覆した「1時間6分07秒」のタイム。普通の選手であれば1時間10分を切れば「速い!」と賞賛される区間です。それを4分近く上回るスピードで駆け抜けたことになります。しかも、今回の凄さはタイムだけではありません。単独でトップを走るのではなく、前を走る4校(早稲田、國學院、駒澤、中央)を次々と追い抜いていく「ごぼう抜き」での記録だという点です。前のランナーが見えてくる度に、ギアを一段階上げるような力強さがありました。これまで「山の神」と呼ばれた選手たちは、小柄でピッチ走法(歩幅を狭く回転数を上げる走り方)を得意とする「登りのスペシャリスト」が多かったんです。でも、黒田選手は少しタイプが違います。彼は学生ながらマラソンで「2時間6分5秒」という日本学生記録を持つ、超一級の長距離ランナーです。

彼の走りの秘密は、ここにあります。

  • エンジンの大きさが違う標高差800m以上を駆け上がるには、酸素をたくさん取り込む能力(心肺機能)が必要です。マラソンで鍛え上げた彼の心臓は、他の選手よりも圧倒的に「エンジン」が大きいんです。だから、苦しい坂道でも出力が落ちないんですね。

  • 下り坂でも加速するスタミナ5区は登り切った後、最後に芦ノ湖へ向かう下り坂があります。多くの選手は登りで足を使い果たしてしまい、ここでペースが落ちがちです。ところが黒田選手は、この下り坂でもさらに加速していました。

結果として、トップを走っていた中央大学に対し、この区間だけで4分以上の差をつけることになりました。3分24秒の借金を返すどころか、お釣りがくるほどの快走。これが「新・山の神」と呼ばれる理由です。

 黒田選手の頑張りはもちろんですが、彼をこの5区に配置した原晋監督の采配も見事としか言いようがありません。「なぜエースを平地の2区で使わなかったの?」と疑問に思った方もいるはず。駅伝において、各校のエースが集まるのは「花の2区」というのがセオリーでした。しかし、原監督はあえてそのセオリーを外しました。その理由は「リスクとリターン」の考え方にありました。

  • 2区の場合(ハイレベルな混戦)エースを投入しても、他校のエースも強いため、稼げるタイム差は数十秒程度に限られます。

  • 5区の場合(差がつきやすい)山登りは特殊なコースなので、適性のない選手や調子の悪い選手が走ると、平気で2分、3分と遅れてしまう「大ブレーキ」のリスクがあります。

 原監督は、「最もタイム差がつきやすく、失敗のリスクが高い5区」に、あえて「チームで一番信頼できる黒田選手」を投入しました。これは、「不確実な要素(山)」「確実な資産(黒田選手)」で埋めることで、リスクをコントロールしつつ、最大のリターン(タイム差)を狙った戦略だったと言えます。さらに、当日まで黒田選手を補欠登録にして隠していたのもポイントです。「黒田くんは2区に来るのか?5区なのか?」と他校に迷わせることで、相手監督の戦略を揺さぶる情報戦も仕掛けていたんですね。

 もう一つ、青学の強さを支えているのがメンタル面です。原監督は毎年ユニークな作戦名を発表することで知られていますが、今年は「輝け大作戦」でした。一見、楽しげなネーミングですが、ここには深い意図があります。

  • 「結束」から「個」へこれまでは「チームの絆」を強調してきましたが、今年は一歩進んで「一人ひとりが輝くこと」、つまり「個人の能力を最大限発揮すること」を求めました。

  • プレッシャーを「楽しむ」力「失敗してはいけない」と縮こまるのではなく、「自分が主役だ、輝く場所だ」と捉え直す(リフレーミングする)ことで、選手たちは過度な緊張から解放されます。

実際、黒田選手もレース後に「記録は狙っていなかった」と淡々と語りつつ、チームの強さを誇っていました。ビハインドの状況でも焦らず、自分の走りに集中できたのは、この「楽しむメンタリティ」が浸透していたからこそでしょう。

 史上初となる2度目の総合3連覇を達成した絶対王者は、一昨年9月にリニューアルした寮をフル活用して、食事面、メンタル面で大きなプラスとなっていました。以前の寮は調理する設備が整っておらず、業者が配達した食事を摂っていました。しかし、現在はOBで栄養士の鶴貝彪雅さんが調理した料理を食べることができます。原監督の妻で寮母でもある美穂さんは「温かいご飯を食べれたり、ちょっと体調が悪い子に対してだったり、一人ひとりに合わせて提供ができている」と語りました。身体の栄養はもちろん、心の栄養も蓄えることができるようになったのです。箱根駅伝前は感染症予防のため、美容院に行くこともできません。気分転換の機会が限られる中、料理で季節感を味わえるようになったといいます。「今までだったらクリスマスやお正月でも関係なしで普通の料理しか来なかったけど、今はイベント食みたいなのを考えている。年末にはおせち料理的なものをつくったので、学生も喜んでいるんじゃないかな」と明かしました。

 さらに食堂兼ミーティングルームが憩いの場になっています。選手たちにとって原監督は「雲の上のような人」だが、美穂さんや鶴貝さんは気軽に相談できる相手です。美穂さんは「食堂に行ったら話を聞いてくれる人がいるのって結構いいじゃないですか。緊張した時に抜いたりとか、ちょっと話したい時に話したりとか、そういった部分では(ストレスなどの)はけ口にはなっていると思う」とメリットを口にしました。選手寮で飲酒できるのは年に一度だけ。復路が終わった1月3日の夜だけです。1月7日からは通常通り午前5時半から真っ暗な公園で朝練習が再始動しました。これが青学選手の日常です。

 前回大会の主力メンバーが6選手も卒業して抜けました。今季は新チーム結成時に原監督「箱根駅伝、勝つ確率は0%だよ」と厳しい言葉を掛けるも、選手たちは一念発起をし、1年をかけて進化を遂げました。1日目の往路を終えて「青学大は往路で選手を使い切った。復路での逆転はある」とライバルチームの監督は口を揃えました。確かに復路には無名の選手ばかりでした。しかしこの発言に発奮した選手達がトップの座を一度も譲ることなく快走を見せます。美穂さんは「毎年学生のすごさを身に染みて感じる。本当に急に成長しちゃうのでうれしい」と笑みを浮かべました。競技内だけでなく、競技外でも体制を整えた結果のタイトルでした。彼らが最初に取り組んだのは、寮の部屋掃除だったそうですきっかけは9区の区間賞を取った寮長の佐藤有一選手(4年)黒田選手の部屋をのぞいた時だったそうです。机に置かれた本の向き、ゴミも一つもない。整然とした部屋に寮長は「こういうところが競技力につながると思って全員に呼びかけた」と語ります。

 昨年2月に血液のガンで亡くなったチームメートの皆渡星七(みなわたりせな、21歳)選手への思いを、選手たちは腕や脚に油性ペンで「★7」と書いたり、七つ星がデザインされたリストバンドを巻いたりして、七つ星マークを記したタスキをつないで激走しました。

 東海地区の中京大学出身の原監督「私自身が箱根駅伝を走ったことがないからこそ、試行錯誤の経験の中で『箱根駅伝を勝たせるためにどうするか』という戦略を作り上げた」と。全路ベースから緻密に練られたノウハウが、青山学院大学の優勝を支えていました。原監督は選手育成をする上で「技体心」を強調します。「正しいノウハウを持って一年間鍛えていけば選手はものすごく成長し、身体も出来上がって、最後には『勝つ』心意気になる」の信念の下に、緻密で柔軟な選手指導こそが原監督の真骨頂です。「今回の常識は、明日の非常識です。我々もリミッターを切らなければならない」と気を引き締めました。♥♥♥

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バス停リニューアル

▲島根県庁前の看板

 この秋より朝のNHK連続ドラマ、松江を舞台にした「ばけばけ」がスタートしましたね。小泉八雲と妻・セツが主人公のモデルの物語です。やはりNHKの朝ドラの効果というのは絶大なようで、土曜・日曜日はもとより、平日でも松江の街は観光客や観光バスで溢れ返っています。街の至る所で(特に松江城近辺)外国人も見かけます。街の中では、八雲セツが並んだイラストと「あげ、そげ、ばけ」のキャッチコピーの看板や垂れ幕をあちこちで見ることができます(写真下)。

▲市内のバス停

 松江市内バス停にも変化が見られます。いろいろなバス停でリニューアルが図られ、「あげ、そげ、ばけ」仕様に変わっています。これは、松江市交通局より「市内中心部のバス停を、このイラストとキャッチコピーに、リニューアルしたいので、協力してほしい」との依頼を受けた「プロジェクトゆうあい」が、2ヶ月ほどかけて、市内のバス停の現地調査とバス停のサイズに合わせたデザイン、そして貼り出しの作業を行ったようです。市内29箇所のバス停が見事に変身しました。

 「プロジェクトゆうあい」では、もう10年以上、市内のバス停に、様々なイラストの入ったシートを貼ってきれいにする活動を行っており、松江の街の環境美化に貢献してきました。昨年は松江市総合体育館周辺のバス停を、地元のバスケットボールチームスサノオマジック」デザインバス停へとリニューアルしています。

 朝ドラの「ばけばけ」、大ヒットするといいですね!この記事は、「ゆうあいレポート」最新第53号を参照しました(⇒コチラで読むことができます)。

 リニューアルしたのはバス停だけではありません。1月9日初仕事で今年になって初めてJR松江駅に行ったところ、自動改札が「ばけばけ」仕様にリニューアルされていました!♥♥♥

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山頭火しおラーメン

◎週末はグルメ情報!!今週はラーメン

 米子・天満屋で開催されていた「北海道展」に、あの有名な「山頭火」(さんとうか)のラーメンが出店していると聞き、早速出かけてきました。看板商品の「しおらーめん」(1,100円)をいただきましたが、クリーミーなスープがとても美味しく懐かしい味でした。午後2時頃にお邪魔したのですが、狭い会場が満席でにぎわっていました。全てセルフで、番号を呼ばれたら取りに行って、食べ終わったら戻しに行きます。昔、博多で食べたことがあったのですが、その時はあまり印象に残らなかったのですが(その時は「しょうゆらーめん」だったかも…)、舌が変化したからでしょうか、なかなかいい味をしていました。

 「らーめん山頭火」は、1988年に旭川市内の中心部・緑橋通りにオープンしました。オープン当初はわずかカウンター席9席のみ、メニューは「しおらーめん」だけでした。初めはお客さんが少なかったお店も、美味しい味わいが人づてに広がり、行列のできるお店に変貌していきます。2006年に当初お店のあった場所からJR旭川駅の近くへ移転し、今も変わらず人気のお店です。

 「らーめん山頭火」の創業者は、現在会長の畠中 仁さんです。他店で修業することなく、「家族がおいしい!といってくれるラーメンを作りたい」という思いでラーメンを作り上げてきました。いまは二代目社長の畠中 宙(はたなかおき)さんがお父さんの味と思いをつないでいます。「父は、飲食店で修業経験がない人です。だからこそできた山頭火の味わいでしょう。当時はラーメンを作ることに賭けていたのだと思います」と二代目社長、畠中さん。畠中さんは、幼いころから料理をすることが好きで、お菓子作りや夕食作りの手伝いをしてきました。料理をすることが生活の一部であり、自然なことだったのだとか。小学生のころからお店に入り、洗い物からスタートし、ラーメン作りにも携わりました。中学生のころには厨房にも立ち、お客さんにラーメンを提供していたのだそうです。「子どものころは、生活が大変厳しいものでした。父は食材を無駄にすることなく大切に使っていましたね。いま思えば、ラーメンを作るという仕事に対して“やりきっていたんだな”と思います」毎日「これでいいのかな?」という探求心が更なる味わいの向上につながります。「怠けないで技術の向上を目指して日々研究しています」畠中さん。日本国中、世界中に多くのお店を展開する人気店でありながら、甘んじない心意気と、ラーメンやお客様に対する謙虚な姿が伝わってきます。「いまあるメニューを常に研究し、お客様においしいものをお出ししています。それが伝わるとうれしいですね!」

旭川 らーめん山頭火

 「山頭火」はその後、「しおらーめん」の他にも「しょうゆらーめん」「みそらーめん」と、メニューを増やしていきました。「しおらーめん」はもちろん、「しょうゆらーめん」「みそらーめん」も大人気のメニューで、ファンの舌と心をしっかりつかんでいるのが分かります。

 「紅をさした色白で細身の女性」をイメージした山頭火「しおらーめん」は、最後の一滴まで飲める白濁の豚骨スープが自慢です。旨味と香り、やさしい味わいが際立った一杯です。具はチャーシュー、メンマ、ネギ、キクラゲ、梅干、ナルト、ごまです。なんてまろやかな塩ラーメンなんだ!

らーめん山頭火、逆にインスタント麺の質の凄さを思い知りました。

 スープは豚骨ベースです。あっさりと言えばあっさりなんですけど、塩ラーメンとしてはコッテリでしょうか。コッテリなんですけどクドさは感じません。クリーミーで非常にコクがあり、なめらかな濃厚スープです。意外と麺量は多く低加水の縮れ細麺です。細めでツルッと食べられてプツプツ食感です。ドンブリは小ぶりですが、ボウル状の形ですので意外と量は入っています。並盛りでも量は意外に多めです。メンマも良い感じ。太めのメンマが数本入っています。味付けは薄めですが、シャキシャキ食感で美味しいです。トロットロの厚めの豚バラ肉チャーシューが2枚です。柔らかく煮込んでありました。具のクオリティーも高いですね。

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 特筆すべきこととして、山頭火「しおらーめん」には1個梅干しが入っています。このラーメンには異例の梅干しの酸味でスープがひき締まります。チャーシュー、メンマ、なると、きくらげ、ネギ、梅干し、ゴマ・・・。美しすぎて、どう表現してよいのかが分かりません。きくらげを絡めながらコリコリの食感を楽しみます。なるとはノスタルジックな雰囲気を演出しています。濃厚具合がほどよいので、濃厚だけれど後味はあっさりとしていますね。豚骨ラーメンなのに、全くくどくないです。


先日スーパー「まるごう」に立ち寄ったら、チルド麺の「菊水 らーめん山頭火 旭川とんこつ塩」(2人前)という商品を見つけました(写真上)。スープを吸い取った四角麺は味が染みこみ非常に美味しいです。スープはコクがありながらも甘めの豚骨スープ。非常に飲みやすくてすっきりしています。インスタントラーメンにありがちな化学調味料の味や香りは一切せず、お店で食べるラーメンに近い感覚です。やや豚骨のコクが弱いですが、チルドラーメンとしては充分合格点といえるスープです。スープと麺の相性も良く、非常に満足できる一品でした。♥♥♥

▲再現度は高いラーメンでした

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