アッシュピエール

◎週末はグルメ情報!!今週はケーキ

 バイパスを降りてすぐの閑静な住宅街に佇む、地元で愛されている「アッシュピエール」(H.PIERRE)は4年前に開店したケーキ屋さんです(私がよく行く「ラーメン長さん」のすぐ近く。料理屋「五幸」の隣)。何度もここは通っているはずなんですが、私は今まで素通りしていて全く気がつきませんでした。松江市上乃木の閑静な住宅街に佇む、グレーの壁にネイビーの看板が目印の小さな洋菓子店です。関西の洋菓子工場で修業したシェフ(平田高校出身)が作られた真心を込めてケーキを提供しておられます。とても小さなお店ですが、おしゃれな店内のショーケースに並ぶケーキは、華やかな飾りつけで、見るだけで幸せな気持ちになれます。恋人や友達との特別な日に彩を加える多種多様なケーキが並んでいます。店内のショーケースに並ぶのは、見た目も美味しそうな華やかなケーキばかり。一つひとつ、心を込めて手作りしているシェフこだわりのケーキは、重たくならないよう脂の配合にこだわったクリームを使うなど、世代を問わず楽しめる工夫が凝らされています。記念日やパーティーなどにぴったりなホールケーキが人気で、少人数用の小さなホールケーキが充実しているのも魅力の一つです。ケーキがなくなり次第閉店(営業11時半~)になるので、早めの時間に訪れたいですね(定休日:火曜・水曜)。

 私は月刊「ラズダ」の記事でこのお店のことを初めて知り、Ciistandの店長さんにもお聞きして、早速行ってみました。チョコレートを使ったケーキがとにかく豊富です。シェフご自身がチョコレート好きなんだそうです。店内に入ると、キラキラ輝く芸術的なケーキが並んでいます。ケーキはどれもおしゃれで細かい飾り付けが印象的です。見た目の華やかな商品が多く、ショーケースに彩りを添えていました。ショコラ好きを刺激しますね。買って帰ったチョコレートケーキ「マルキーズショコラ」(740円)がとても美味しかったですね(写真下)。ダークチョコレート、ミルクチョコレートの2種のムースを使ったケーキでした。花びらをイメージしたピンク色のきれいなチョコレートがかわいくて、かわいくて、ティータイムのテーブルが一気に華やかになります。ミルクチョコレートとビターチョコレートのムースが層になっているので、上品な甘さです。さらに、アーモンドスポンジ、ホワイトチョコムース、カシスムース、ベリーのコンフィチュールを使ったケーキ「カシス」(700円)も私好みのいい感じでした。

▲チョコレート好きには堪らないマルキーズショコラ 花びらが可愛い!

▲これも美味しかった「カシス」

 私が注目したのは、ケーキを詰めてもらった箱のシールの端っこが剥がしやすいように折ってあったことです(写真下左)。これはかつて私が大好きなCiistandで感心したことでした。ちょっとした心遣いですが、箱を開ける時に苦労してはがすことが多いので、実に便利です。さらには、箱の中はケーキがぐらぐら動かないように、厚紙で何重にもしっかりと固定してありました(写真下右)。これも6年前にCiistandで感銘を受けたことです。関西方面ではこれが当たり前なんでしょうね。おかげで私は相当な距離を電動自転車で家に持ち帰ったんですが、ケーキは原形のままできれいそのものでした。こんな所にお客さん目線を感じるケーキ屋さんです。嬉しい心遣いです。今日はそのことをお伝えすると、「お時間があったら食べてみませんか?」と、ビーントゥバーチョコレートの味見をさせてもらいました。今までにちょっと味わったことのないチョコレートでした。「かわいいね、おしゃれだね」と、なかなか食べることができませんでした。見た目にも味にもこだわりが詰まったケーキを楽しみたい方は、ぜひ行ってみてくださいね。店長さんは柔道の有段者とか。♥♥♥

 

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菅野智之の挑戦には物語がある

 オリオールズ菅野智之投手(すがのともゆき、36歳)のBSテレ東で放送されたBS25周年共同企画「菅野智之の挑戦には物語がある」を見ました。私は熱狂的な巨人ファンなので、菅野投手が大好きです。2011年、ドラフトで日本ハムから1位指名を受けるも、憧れの巨人入りを目指して1年間の浪人生活を決断します。「長い道のりになると思いますけど、弱音は吐かないです。自分を試されている気がします」と。私はこの時以来の菅野ファンです。翌年巨人に入団すると、その右腕1本で瞬く間にリーグを席巻。毎年勝ち星を積み重ね、沢村賞を2回、最多勝3回を受賞して、「日本最強投手」の名を欲しいままにしました。

 2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の準決勝・米国戦で見事なピッチングを見せ、世界に「スガノトモユキ」の名を知らしめ、2020年最高のタイミングで満を持してポスティングでのメジャー挑戦を表明しました。「正直夢はありますよ。もちろんジャイアンツで野球をやるのは本当に幸せなことですが、将来的にメジャーに繋がっていけば、選手としてもっと成長できて、成績も向上していくと信じているので、高い目標設定をしているだけです」WBCで世界への意識が強まったことは、言葉の端々からにじみ出ていました。しかし交渉は難航し、結果的にはメジャー挑戦の断念という苦渋の決断を下し、巨人に残留することになります。「俺は悔しかったし、自分の評価はこんなもんなんだなって。もちろん夢ではあったけど、夢だったらどんな条件でも行けよ、というのは違う。向こうはそこにつけ込んでくる」。踏みにじられたのはエースのプライド、そして憧れてきた夢の価値でした。一週間は泣き続けたと言います。そこから歯車が狂っていきます。2023年には極度の不振に陥り、自己ワーストの4勝8敗。「ブルペンで投げても130キロちょっとしか出なくて…これはいよいよヤバいなって自分の中で(思った)。本当に身をもって体験した…自分の中では凄く大きな屈辱だった」と回想します。野球人生で最悪のスランプを味わった右腕のメジャーへの気持ちを、再び奮い立たせてくれたのは、巨人の5歳上の先輩・長野久義(ちょうのひさよし)選手でした。

 2023年シーズンに野球人生のどん底を味わった菅野投手を、再び夢のメジャー挑戦へと背中を押してくれた恩人について番組内で語りました。チーム最年長として、9年ぶりにWBCに挑んだ菅野投手。昨季は35歳で海を渡り、メジャー1年目から10勝(10敗)をマークする活躍を見せました。2月にはコロラド・ロッキーズと1年契約で合意し、再び夢に向かって挑戦します。「日本に帰ることはまったく考えていないです。まだ1年ですけど、ある程度のことは知れたような気がするので、本当の意味での勝負は今年なんじゃないかなと思います」

 もう一度夢と向き合わせてくれた言葉――。菅野投手は2024年1月の自主トレに来てくれたという長野選手から掛けられた言葉を振り返り、「“俺は智之がメジャーで投げているところを見たいな~”って言ってくれて。“まだ全然いけるよ”って…。凄い(長野は)スーパーポジティブな人だから。あの人は凄いのよ…人を前向きにさせる天才というか。こんな僕に夢を見てくれている人がいるんだって思いましたね」と、アマチュア時代からともに日の丸を背負い、プロの世界に入る際には、他球団の指名を断り遠回りしながらも巨人入団を果たした兄のような存在からの言葉が、再びメジャー挑戦への自身の気持ちを呼び覚ましてくれたと明かしました。「2023年シーズンがダメだっただけで、まだまだできると思ってましたし、アメリカで投げたいという智之の気持ちも知っていたので、頑張れってエールを込めて『智之が投げている姿を見たい』と伝えました」。その長野選手「智之が19歳の時から見てますし、ジャイアンツのエースですし…アメリカで投げている姿を見たいなとずっと思っていました。体が元気であれば智之は絶対やれるなと思っていたんで。覚悟というか…もう絶対とにかく投げた試合は勝つというね。元々そういう負けず嫌いなところが凄くありますし、それが去年は特に強かったんじゃないかなと思います。1回(メジャー挑戦が)ダメになったら、普通だったら多分、それでもうこのまま日本で終わると思うんですよ。でも、智之さすがだなって思ったのは、やっぱりもう1回しっかり日本で成績を残して向こうでプレーするという、そういう夢をかなえた姿を本当に尊敬します」と思いを語りました。その思いに対して、菅野投手「まだ自分に夢を見てくれる人がいるんだなって、そういう人たちのために頑張るっていう、凄く大きな原動力だなって思えました」長野選手の言葉で、再び夢に挑戦する決意を固めました。「年は取っていきますけど、自分なりにもがいて、新しい自分を見つけていかないと」と奮起し、恩師・久保コーチとの運命的な出会いもあり、さまざまなトレーニングで身体をいじめ抜き、投球フォームを一から見つめ直して、再起を図ります。そして迎えた2024年、菅野投手は輝きを取り戻しました。最多勝、最高勝率、そして4年ぶりのリーグMVPを獲得し、諦めかけていた夢舞台へと再び踏み出しました。

 2024年12月、長年抱いていたメジャーリーグ挑戦の夢を叶えました。ボルチモア・オリオールズと1年1,300万ドル(約20億1,000万円)で契約します。「しっかりいい契約をもらえましたし、ホッとしました。本当に振り返ってみると、いろいろなことがあったと思います。人生を賭ける勝負の瞬間だったので、久しぶりに決断したなと言う気持ちになりますね」と。オールドルーキー(35歳)に懸念する声もありましたが、そんな懐疑的な声をよそに、メジャー1年目から二桁勝利を挙げてみせました。「ある程度やれた部分とまだまだ自分に足りない部分、両方が見つかったシーズンでした。最初は戸惑いもありましたけど、今シーズンはすんなりアジャストしていけると思います。引退した長野さんや澤村さんの話を聞く中で、野球をやりたくてもできない人たちがいることに気づきました。そうした人たちのためにも、1年でも長く投げていきたいという気持ちに、ちょっとずつ変化しています」。そしてWBCの直前の2026年2月11日、コロラド・ロッキーズと1年契約で合意しました。再び夢に向かって挑戦する菅野投手は、「しっかり準備してきたので、去年よりもいい成績を残す自信はあります」と力強く宣言しました。「挑戦することにためらいがない。この歳で挑戦できること自体に感謝したいなと思う。環境が変わることを今から不安に思って、『こういう練習できるかな』とか『食事大丈夫かな』『英語喋れるかな』とか、そんなことを考えていたら挑戦できない。そこにチャンスがあって、自分の気持ちがある限りは挑戦し続けたい」「現状維持は退化」という信念(この言葉を私も見習わなくてはいけません)を持って野球人生を送り続けてきた菅野投手。デビュー以来、登板する時には、必ず空を見上げて、野球の世界に導いてくれたおじいちゃん(原 貢)と会話していると言います。きっと今年もやってくれると期待しています。WBCでの無失点快投は十分その期待に応えてくれるものでした。♥♥♥

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『覚悟』

 熱烈な巨人ファンの私は、戸郷翔征(とごうしょうせい)投手が大好きです。昨季はプロ入り初の不調で、開幕投手を務めるも8勝9敗、防御率4.14、二度の2軍降格も味わい、期待を大きく裏切りました。2018年のドラフト6位入団ながら、高卒1年目に初勝利を挙げ、2022年から2024年には3年連続2桁勝利となる12勝を挙げています。高卒6年間で早くも55勝をマークし、菅野智之(すがのともゆき)投手から巨人エースの座を引き継ぎました。しかし、プロ7年目の昨季は10失点KOやプロ初となる二度の2軍落ちを経験するなど初めての壁にぶつかり、今年3月に行われるWBCメンバーからも落選しました。3年前にはWBC決勝のマウンドにも上がり、大舞台で世界一の感動を味わった投手です。「出たかったなっていう思いっていうのももちろんありますし。う~ん。お金を払ってもできない経験ですし。今まで選ばれてたんでやっぱり悔しい気持ちはもちろんありますし」 プロ1年目から母校・聖心ウルスラ学園(宮崎)で自主トレ。25歳の若さながら実績があり、責任感もリーダーシップも備わっています。

 そんな戸郷投手が不調に陥ったのは、昨年の春季キャンプでセットポジションへの変更に取り組んだことが始まりでした。コントロールをより良くしようという考えからの試みでしたが、逆に制球が乱れて不安定になってしまいました。自分には合わないと従来の投球フォームに戻しましたがうまくいかず、開幕前の2025年3月15日に行われたドジャースとのプレシーズンマッチでは、MAX154キロを誇る戸郷投手の球速が140キロ台前半まで落ち込んでいました。同年3月28日の開幕戦は二年連続で開幕投手を務めましたが、5回4失点。3戦目にはプロ最多の10失点KOなどと苦しみ、二度目の2軍降格となった時には、桑田真澄2軍監督(当時)から体の開きが早くなっていることを指摘されました。「全てのボールに自信を持てなくて。初めての経験ですけど、何か怖さを持ちながらやっていた」と、それまでのマウンドを振り返ります。その理由については「ピッチャーの本質って、真っすぐ(直球)だと思う。今年はそれが、球速が出ててもはじき返される真っすぐだなってすごく感じてて。(直球の)平均球速をあげようとフォーカスしすぎて、なにかバランスだったりいろんなものが崩れてきたなっていう印象でしたね」と語りました。酷評されましたが、それでも悪いなりに8勝をあげていますから、ただ者ではありません。私の印象では、昨季はコントロールを乱し、四球を与えるケースが多かったように思います。

 「桑田さんといろいろ話をしましたけど、“また一からやり直そうよ”って。そこで気付きました。単純に開きやすくなってっていうのがあって」 昨季限りで巨人を退団した桑田氏は、「上半身と下半身が一緒に動くと」開きが早くなると指摘。2024年と2025年の投球フォームを比べても映像では分からないのですが、プロのレベルではわずかな開きの早さが致命傷になりかねません。桑田氏は「時間でいうと0.1秒ぐらいなんですよね。0.1秒とか0.2秒早く見えるだけで(プロの)バッターってピタッとタイミング合わせてくるんですよね。とか、見切るんですよね」といい、「“翔征、今年スピード出ない”“もっと腕振れ”とか言われると。人間、“腕振れ”言われると体を振るんですよ。頭も振るんです。スピードは出るけど、今度は早くバッターにボールが見えてしまうので。ボールを隠すということなんですね。開くタイミングを少し遅くすることが大事なんです」と続けました。「本当に体を振って自分の力、力感だけで投げてたんで」戸郷投手。昨季の“失敗”を受け、体重移動の肝となる股関節の使い方を常に意識してサイドジャンプなどを練習に取り入れ、改善に取り組んでいるといいます。「悪かった年の次の年って凄い重要ですし。そこに向かっていく気持ちっていうのは全く違う気持ちはあります。何も怖がらずにやっていきたいなと思います」。プロ8年目の戸郷投手の真価が試されます。

◎完全復活は近い!!ところが…

 キャンプ後半には、投球フォームを見つめ直す大きな決断を下しました。不安と闘いながら、復活のきっかけをつかもうともがいています。「このままいっても、良くなる未来が見えなかった」悔いなくシーズンを迎えるために、思いきったフォームの改良に着手しました。「可能性を感じてもらえる投球ができれば、次の登板があると思う。それくらいの危機感を持って練習している」。スリークォーターから投じる直球の強さが持ち味でしたが、年々無意識のうちにリリースポイントが高くなり、良さが消えていたと感じており、スムーズに腕が振れていた好調時の理想の感覚を求め、リリースポイントを下げて時には300球近くネットスローを繰り返し、遠投とブルペン投球で新フォームを固めているところです。きっかけとなったのは、日米通算200勝を達成したレジェンド・田中将大投手でした。「翔征は年々リリースポイントが上がっている。気持ちいいところで腕が振れたら一番」と指摘されました。戸郷自身も「結果が出ている時には気づかない。。人の話を聞くのは、すごい大事」と真摯に受け止めました。ミットに突き刺さる出力の上がった力強いボールに自然と笑みがこぼれ、「やっと一つの光が見えてきた。いろいろ悩んできましたけど、いいものが徐々にできあがっていると思うので、そこは楽しみ」と語りました。球を受けたブルペン捕手も「よくなっていると思います」。球団の分析担当者によれば、「回転の軸は以前に似てきた。球の動きも変わってきている」と、徐々に成果が表れてきたようです。2月28日、韓国サムソンとの練習試合で先発し、1回無安打無失点で再出発を飾りました。フォークも2022年、2024年に奪三振王に輝いた時の切れ味が戻ってきました。不退転の「覚悟」を胸に試行錯誤を繰り返す右腕を応援したいと思います。

 2026年の復活へ向けて、真のエースになるために、巨人の大黒柱が初めて胸中と覚悟を明かした自身初の著書『覚悟』(講談社α新書、1,200円)が2月5日に発売されました。私はすぐに取り寄せて読みました(写真下)。

 故郷・宮崎県で過ごした幼少期から中学時代や、聖心ウルスラ時代のほか、プロ入り後の各シーズンの「あの日、あのとき、あの一球」に対する思いを振り返る自伝的な内容で、構想から一年以上をかけました。タイトルは講談社の担当者から提示されて「これでいきましょう」と即決したといい、昨季は8勝で4年連続の2桁勝利を逃す不本意なシーズンを送った右腕は、「去年がダメだったので、自主トレから今年に対する“覚悟”がある。(ファンに)読んでほしいなと思います」と語りました。復活を期する今季に懸ける思いも詳しく綴っています。発行元の講談社「戸郷選手の“緊張しないメンタル”に注目し、一般社会で生きるさまざまな人にも役立つメンタルの保ち方、整え方を伝えられる本になると思いました」と説明しました。「どんな苦しい状況であっても自分に負けないという『不屈のマインド』『闘争心』を磨いて、巨人のエースを改めてめざします」――挫折を経て巻き返しを誓う戸郷翔征が復活の逆襲への誓いを綴りました。マウンドに上がるための準備、イメージトレーニングのルーティン、失敗した後の切り替えのタイミングと心掛けるべきこと、若きエース候補が心掛けていることとは?

 かつて、「プレッシャーなんて感じない」「緊張なんてしたことがない」戸郷投手は公言してきました。ただ、その自信は2025年のシーズンで根底からもろくも崩れ去りました。読者の方はこの本を読み進める途中、「なんだ戸郷のヤツ、口ほどにもないじゃないか」と思うかもしれません。しかし、打たれたことや挫折も、野球人生における僕が歩んだたしかな「軌跡」なので、それは事実として受け止めなければなりません。「野球はメンタルスポーツ」だと言われます。「あの日、あのとき、あの1球」の足跡を振り返りながら、その時点での心境を忠実に記してみました」。どんなに苦しい状況であっても、自分に負けないという「不屈の精神力」「闘争心」をもう一度磨き、巨人のエースを目指すというう「覚悟」が書き込まれていました。「投球フォーム」「ストレートの質」「変化球の精度」「動じないメンタル面」を今一度見つめ直して再起を図る「覚悟」です。

 「神はあなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらない」という言葉を信じて、頑張ってもらいたいと心から願っています。あのまま順風満帆にいっていたら、天狗になっていたかもしれません。野球選手としても人間としても発展途上の戸郷投手に期待したいと思います。戸郷投手の復活がないと巨人の優勝はありませんから。

 ところが、オープン戦では打たれまくり(3登板で防御率9.00)、復調の兆しをつかめず、2軍再調整することになりました。やはり球威がないから、得意のとフォークボールも簡単に見切られていました人生は思うようにはいきません。「やってきたことを出そうと思っても、うまくいかないのが現状。練習中で良くなっても試合で出ない。出てるなと思っても打者の反応が弱い。僕がいい姿を見せ続けない限り、首脳陣もまた呼ぼうと覆わないでしょうし、自分をより見つめ直したい」と言葉を絞り出しました。「自分の中で納得して投げて勝つことが一番。これだったら1軍で勝てるんじゃないかって思えるぐらいまでいかないと1軍に上がらないと思いますし、それぐらいの覚悟ではいます」と万全の状態を作り上げてからの昇格を誓いました。「最近は自分にフォーカスしすぎて打者の反応を見てとか、全くできていなかった。変にドツボにはまっているのかなと思います。一番どん底まで来たので、あとは上がるだけ」と葛藤を明かしています。♥♥♥

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巨人の投手がいいぞ!

 今年の巨人の投手陣が楽しみでなりません。昨季は先発投手陣がことごとくシーズン終盤に不調に陥って、ガス欠を起こしへばってしまいました。昨年の反省に基づいて、外国人先発投手の補強に尽力しました。阿部慎之助監督がやろうとしていることというのは、投手の手札を増やしまくる人海戦術なんでしょうね。 投手は野手と違い、ポジションは1つでも先発ローテ、中継ぎ投手と出せる機会はいくらでもあります。だから使えるカードの枚数を増やしても、過剰補強による機能不全は起こしにくいという面があります。チームの救世主として期待されます。

 今年の先発候補の新外国人トリオが、期待されます。フォレスト・ウィットリー投手(28歳=レイズ)、スペンサー・ハワード投手(29歳=楽天から移籍)、ブライアン・マタ投手(26歳=レッドソックス傘下3A)が、楽天とのオープン戦(那覇)で実戦初登板し、3人そろって150キロ超えの直球を連発し、それぞれ1回無失点の好投を見せました。昨季、先発不足に苦しんだチームの救世主として、助っ人が立ち上がってくれそうです。中でも、身長201センチの大型右腕、ウィットリー投手に期待です。直球は、全て150キロ台。最速は156キロをマークする申し分のない球威を持っています。昔巨人で活躍してくれたマイコラス投手を彷彿させるピッチャーです。昨年11月、頼もしい先輩から助言を受けました。23、25年とDeNAで活躍したバウアー投手です。10年以上の付き合いがあるサイ・ヤング賞右腕から「高めの真っすぐはアメリカほど(ストライクを)取ってくれない。もっと低く投げた方がいい」と成功の秘訣(ひけつ)を教えてもらいました。日本野球適応への片りんを見せた右腕は「毎年初実戦の時は緊張する。特に今年は異国の地で全く違う環境だったので、非常に緊張感はありましたけど、結果が良かったので満足しています」と、手応えを口にしました。ただ外国人枠の争いは激しさを増していきます。先発候補の3投手に加え、守護神のマルティネス、中継ぎ左投手のバルドナード、野手ではキャベッジ、ダルベックと、支配下7選手が1軍登録の5枠をかけて戦うことになりそうです。阿部監督「非常にこちらが悩ましい。最後の最後まで(起用について)悩ませてほしいと思っています」と、うれしい悲鳴をあげています(結局マタが二軍へ)。昨季、巨人で規定投球回をクリアした投手は、山崎伊織投手のみでした。先発不足に苦しんだチームを立て直すべく、日本選手顔負けの真面目さを見せる新助っ人トリオが切磋琢磨していきます。八幡の予想では今年の外国人投手は「当たり」のような気がします。

 日本人投手では、楽天から補強した則本昴大投手(3勝4敗16S)が期待されます。実績のある投手だけに、今年は先発で活躍してくれそうです。かつての同僚田中将大投手(3勝4敗)も刺激を受けて頑張ってくれることでしょう。開幕投手には山崎伊織投手(11勝4敗)が間違いなく名乗りをあげるでしょうし、昨季はプロ入り初めての不調に落ち込んだ戸郷翔征投手(8勝9敗)も黙ってはいないでしょう。赤星優志投手(6勝9敗)、井上温大投手(4勝8敗)、横川 凱投手(2勝0敗)、森田駿哉投手(3勝4敗)たちもこれに絡んでくるでしょう。ドラフト1位の竹丸和幸投手、ドラフト3位の山城京平投手も注目されており、やってくれるでしょう(オープン戦絶好調!)。なんとこれで先発候補が13人もいます!激戦です。阿部監督は、「先発ローテーションを8人くらいで回して、投げ抹消して10日間休みを与えながらやっていくのもありかなと思っています。これって投手からしたら、1試合の責任がすごく重くなるんです。ですけど、そういうふうに回せばガス欠する投手が少なくなってくるのかなと。もちろん終盤の9月とか勝負どころとなれば別ですけどね。」と見通しを語りました。今年は大量補強により使える枚数が多いので、このようなローテーションも可能ではないかと思っています。ただ、先発を8人で回すとしても、1人でも2人でも7,8回を投げてくれる投手が絶対に必要です。7,8回まで投げてくれれば、ライデル・マルティネス投手大勢投手の絶対的ダブルストッパーが控えていますから。中継ぎは、経験豊かな田中瑛斗投手、船迫大雅投手、中川皓太投手、高梨雄平投手、石川達也投手、西舘勇陽投手、平内龍太投手らが頑張ってくれるでしょう。新加入の北浦竜次投手松浦慶斗投手は未知数ですが、昨年の田中瑛斗投手のようにバケてくれるといいですね。

 いずれにしても今年の巨人の投手陣は楽しみです。新戦力を「巧みに回す」ことで主力を守り、年間を見据えて先発陣を整える腹づもりのようです。新たなローテーションの形を確立し、2年ぶりのリーグ優勝、2012年以来となる日本一の奪回へつなげたいところです。オープン戦は10勝5敗1分けで、日本ハムと並んで8年振りに勝率1位で終了しました。♥♥♥

【補足】 ……と思っていたら、オープン戦後半戦、先発候補の外国人投手3人ともメッタ打ちされました。戸郷も球速が上がらずピリッとせず、2軍再調整です。頼みの開幕投手候補の山崎伊織も右肩の異常で離脱して3軍の故障半へ。絶対的抑えのマルティネス大勢もWBC帰りで間に合わないとのこと(抑えはルシアーノだと?)。オイオイ、ちょっと、大丈夫か?!逆に不安になってきました。新人投手に頼らなくてはならない状況になってきました。ピンチだぞ!開幕投手にはドラフト1位の竹丸投手、二戦目は移籍のハワード投手、三戦目はドラフト3位の山城投手。去年活躍したピッチャーは一人もいません。2カード目は、ウィットリー田中将則本の順だそうです。はまればいいけれど、泥沼に落ち込む可能性も。

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ヘミングウェイ

 専門家の考察よりも素人の意見の方が当たることがあります。私が尊敬する故・渡部昇一先生のご専門は英語学でしたが、専門外の歴史・経済・政治畑の発言が、専門家たちよりもはるかに的を得ていました。そんな好例を外山滋比古先生『「マコトよりウソ」の法則』(さくら舎、2017年)の中で取り上げておられました。

 『武器よさらば』『老人と海』『誰がために鐘は鳴る』などで有名な、アメリカのノーベル賞作家・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway)が、1961年7月2日に自宅で亡くなった時のことです。たまたま、アメリカ文学専攻の教授がいて、その人はヘミングウェイの研究書を出しておられた専門家でした。他の人たちはイギリス文学の勉強をしている人たちでしたから、専門家の意見を聞いてみようということになりました。ヘミングウェイは病死したのではありませんでした。アメリカでも事情ははっきりしなかったらしく、事故死であるのか自殺であるか、分からないという報道でした。それを受けて日本でも、死囚に強い関心を示していました。この場でも、話題は当然この点に集中しました。イギリス文学を専攻している人間は、なんとなく自殺のような気がしていました。ショットガンの手入れをしていて暴発して死んだということに疑問をいだいていました。子どもではないし、手入れをしていた銃の暴発で命を落とすというのはちょっと考えにくいことです。はっきりしたことは分からぬまま、自殺だったように考えました。ヘミングウェイの研究者だった専門家は、強くそれに反対しました。ヘミングウェイに限って自殺するはずがない。彼の文体はハードボイルドと言われており、荒々しく男性的である。絶対に自殺はあり得ない。事故死だと強く主張しました。聞いていた人たちも、なんとなくそんな気になって別れたのでした。後になって分かったことでしたが、この専門家はアメリカのメディアの見方をそっくりと受け入れたものでした。アメリカでも、自殺か事故死か、はっきりしないまま、第一報を送ったようです。しばらくすると、遺書が出てきたこともあり、事故死説は消えるともなく消えて、自殺であったということになりました。事故死説のあの研究者は、以降一切黙して語りませんでした。ヘミングウェイは晩年、精神的な健康問題やアルコール依存症に悩まされており、これが彼の生活に大きな影響を与えていました。また、彼の家族には自殺者が多く、自身もその家計の一員として、精神的な苦悩を抱えていた可能性があります。どうして専門家が誤り、素人が正しい見方ができたのでしょうか?それは専門家が近すぎたからです。一部を見て全体を見落としたことになりますが、それは個人的誤りというより、インサイダーに近すぎたということなのでしょう。ロクに作品を読んだこともないような人たちは、アウトサイダーです。よけいな先入観がなくて、第三者的見方をする。そして、それが真実に近いということを見せてくれた一例として、面白いものでした。

 ヘミングウェイ自身どう考えていたかは分かりませんが、専門家の考えより、一般読者の受け取り方を彼は重視していたのではあるまいかと思われます。つまり、アウトサイダーに強い関心があったと想像される、そういう見方を裏づけるのではないかというエピソードが残っています。

 彼は若い時でなく大家といわれるようになってからも、書いた原稿をすぐ出版社に渡すようなことはしなかった、といいます。作品を書き上げると、ろくに読み返しもしないで、ひとまずそれを銀行の貸金庫へ入れます。大分時間が経ってから、それを取り出してきてはまた読み返します。いよいよこれでよしとなると、出版社に渡して出版します。もし、意に満たないようだと、また貸金庫へ戻すのです。こういうことを繰り返していれば、陽の目を見ない原稿が、どんどん増えていきますね。ヘミングウェイが亡くなったあと、貸金庫の原稿が大きなトランクいっぱい以上あった、と伝えられました。つまり、ヘミングウェイは自らの手で作品の古典化をはかっていた、ということです。もちろん、歴史によって生まれる古典ほどの時間は経過していません。しかし、貸金庫で寝かせておけば、おのずから、“風化”が起こります。好ましい変化であれば、それを出版する。しかし、風化が足りないと思えば、もうすこし時間をかけて置いておく。ヘミングウェイは、意識的に、みすがらの手で古典化を進めていたのかもしれません。もしそうなら、意識的古典化を試みたもっとも早い作者であったとしてよいでしょう。そういうわけで、ヘミングウェイが亡くなったあと、貸金庫からそういう未定稿がトランクいっぱい出てきて世間をびっくりさせました。これを出版社が放っておくわけがありません。何件もの作品が相次いで出版されました。名作が生まれるのではないか、と考えた向きも少なくなかったと思われますが、ほとんど話題になるものはありませんでした。作者自らによる古典化に漏れたものは、他者によっても古典化することはできないのではないかと思われます。それにしても、原稿を貸金庫に入れて熟すのを待つ、というのは、いかにもアメリカ的と言わねばなりません。

 寺田寅彦(てらだとらひこ)のお弟子さんがどこかに書いておられて読んだことがありますが、寅彦は、雑誌などから原稿を依頼されると、締切りはまだ一ヵ月も先なのに、すぐに書いてしまうんだそうです。もちろん研究論文ではなく、随筆のような文章ですが、締切りまで延ばしていてもいいものが書けるという保証はありません。むしろ、書いてみたいという気持の起こっているその時がもっともいい時期なのかもしれません。依頼した人の意図もまだはっきりしています。それにゆとりもあります。急ぐ必要はなく時間はたっぷりあるという気持でペンをとるから、考えがのびのびと展開します。期日ぎりぎりまでに追いつめられて書くよりははるかに有利です。寅彦はそうしてざっと書き上げたのを引き出しに入れておいて、締切りの直前になって出してきて、手を入れて編集者に渡していたといいます。

 小説家・横光利一(よこみつりいち)も、風を入れることを実行していたといいます。編集者が原稿を取りに行くと、横光は机の引き出しから原稿を取り出して、読み返し、直す。短篇とは言え小説ですから、かなりの長さですが、編集者を待たせておいて、推敲したそうです。なぜ、書き上げてすぐ読み返さないかについて聞かれた際に、直後では、まだ頭が興奮していて冷静に読めないから、わざとそのままにして、なるべく長く置いておくのだ、と説明したといいます。

 こういった話を聞いてから、私も書いたブログの原稿をそのまま掲載するのではなく、一定期間寝かせておくことにしました〔笑〕。今日「管理画面」を確認してみると、下書き原稿が2,655本登録されています。これを適当な時期に何回かリニューアルしたり、加筆・修正を加えたりして公開しています。果たしてその効果のほどは……?♥♥♥

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新幹線はなぜあんなに時間に正確なのか?

 私は全国へ旅する時に、常に新幹線を利用します(飛行機は苦手です)。札幌に行くのにも、新幹線で行くくらいですから。私が好きなのは最新の「N700S」です(⇒私の紹介記事はコチラです)。いつも驚かされるのは自然災害を除けば、全ての列車がほぼ定時ピタリに運行していることです。日本の新幹線「数秒単位」で時刻に正確なのは、世界でも類を見ない文化・技術・運行管理・現場のプロ意識が高度に組み合わさった結果です。年間平均遅延がわずか数十秒という世界最高レベルの正確性は、偶然ではなく綿密に作り込まれた仕組みによって支えられているのです。3月14日から新しいダイヤで、東京―新大阪間は今まで12本だったものが最大で1時間に13本を運行することになりました。信じられないくらいすごい密度です。今日は新幹線「ほぼ秒単位」で動く理由を考えてみたいと思います。

1. 時間厳守を重んじる日本の文化

 日本では「時間を守る=相手への敬意」という価値観が強く、鉄道にもその文化が反映されています。20秒早発でも謝罪するほど、時間への感度が高い社会です。日本では多くの人が「きちんと並ぶ」「乗降を素早く行う」という習慣があります。また、駅では「整列乗車」や乗降口の案内が徹底されています。この文化が背景にあることを忘れてはなりません。

2.専用軌道と「踏切」の排除

 新幹線が遅れない最大の物理的理由は、他の要素に邪魔されることがない環境にあります。在来線や貨物列車と同じ線路を走らずに別の専用線路を走っているため、他列車の遅延の影響を受けにくいのです。踏切がないので、踏切事故による立ち往生も物理的に発生しません。結果として遅延が起きにくくなります。

3. 精密すぎるダイヤ設計

 新幹線のダイヤは秒単位で設計され、駅間には数十秒のバッファ(余裕)が組み込まれています。遅れが出ても後続列車に影響が出ないよう、リアルタイムで調整されます。

4. 世界トップレベルの鉄道技術

 車両は加速・減速性能が高く、停止位置もミリ単位で制御(運転士の腕の見せ所です)。N700Aなどには「定速走行装置」が搭載され、遅れが出た際に自動で速度調整を行います。線路には温度センサーなどが設置され、異常を即座に検知します。ATC(自動列車制御装置)が、前の列車との距離に応じて自動でブレーキをかけ、安全な距離を保ちます。PTC(列車運行管理システム)が、全列車の位置をリアルタイムで把握し、万が一遅れが出た場合、どの駅でどの列車を先に通すかといった判断をコンピュータが瞬時に行います。

5. 運転士の高度な運行管理

 運転士が使うダイヤは15秒単位で作成されています。運転士は常に各駅の到着時刻だけでなく、線路脇の「キロポスト」(定通点)を見ながら自分の遅れを計算し(瞬時に運転士が判断します)、停車駅で微調整しています。運転台の時計は常に正確に同期されており、「現在の遅れ(または進み)」を秒単位で把握しています。私はこれまで新幹線の運転は全部コンピュータで自動化されているものと思っていましたが、そうではなくありとあらゆる面で運転士の技量によって成り立っているのだということを知り、改めてそのスゴさを実感しました。ホームの決められた位置にピタ止めするのもすごい技術です。

6. 現場のプロフェッショナリズム

 全国で統一されたマニュアルと判断基準があります。「早発は遅発より重いミス」という独自の哲学が徹底されているのです。新幹線は夜間に走行せずに、毎日深夜に線路や架線の点検を行っています。「故障してから直す」のではなく、「故障する前に替える」という徹底した予防保全が、運行中のトラブル(=遅延)を最小限に抑えています。

7. 気象・災害への強い対策

 豪雪地帯でも安定運行できる除雪・融雪技術が光ります。地震計と連動した自動停止システムも備えています。

8.異常に早い「折り返し作業」

 終着駅に到着してから、次の出発までのわずかな時間の「清掃・整備」が信じられないほどスピーディです。有名な「7分間の奇跡」(清掃チーム「TESSEI」による超高速作業)により、過密なダイヤでも遅延を蓄積させずに次の運行へ移ることができます。私はいつも東京駅でこの作業を見るのを楽しみにしています。

 新幹線の運行がどれほど正確なのかというと、東海道新幹線の平均遅延は年間で24秒(2020年度)。2015年度には12秒という驚異的な記録も。最近では84秒とか1分4秒という数字も聞いたことがあります。海外では考えられないくらいの正確さです。

 新幹線の正確さは「文化 × 技術 × 組織 × 現場力」の総合芸術です。 単に技術が優れているだけでなく、社会全体が「時間を守ること」を重視しているからこそ、世界でも類を見ないレベルの定時運行が実現しています。日本の新幹線は、技術力はもちろんのこと、それに関わる「人」のプロ意識が作り上げた芸術品ということです。♥♥♥

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何か違和感が……

     We’re going to have a party for Tom on February 8 at the new restaurant near the station. Please bring some money for lunch. By the way, he came to Japan last week, so he wants to make many Japanese friends. What should he do? I’d like to know your idea.

 これは今年の島根県高校入試に出題されたリスニング問題のスクリプトです。文法的には何ら問題点のない英語です。ただ私は最初に読んで、何かしっくりこないものを感じました。それが何かよく分からないのですが、違和感があるのです。何度も何度も読み返しました。どこにひっかかっているのだろう?いろいろ考えていて、何カ所か正体が分かってきました。みなさんはどうでしょう?

 まず第一点目。Please bring some money for lunch.のsome moneyが気になります。「(いくらでもいいから)いくらかお金を持って来て」という一般的な響きがします。「昼食代を持って来てください」と言いたいのなら、私ならsomeを取って、Please bring money for lunch.にします。あるいはPlease bring some money to pay for (your) lunch.としたいですね。その方が自然です。

 二点目。これが違和感の一番大きな正体です。文法的には何の問題もありませんが、「パーティの案内」の流れの中で唐突な感じがするのです。談話として不自然さを感じるのです。パーティの案内をしながら、「ところで彼は先週日本に来ました」と急に説明が入るのです。私ならBy the wayを削除します。本来なら「彼は日本に来たばかりで友達がいない」から、親睦を深めるために「パーティを開くんだ」という流れが自然です。上の文章では「パーティの詳細(場所・金銭)」を述べた後に、「ところで、彼は友達を欲しがっている」と付け加えられているために、「パーティの目的」と「彼の願望」が切り離されて聞こえてしまいます。彼が友達を欲しがっているから、歓迎会をするという因果関係を明確にしたほうが自然です。つなぎ語By the wayが違和感の正体でした。ついでながら、こうした「つなぎ語」に関しては、『英語談話標識用法辞典:43の基本ディスコースマーカ』(研究社、2015年)、また最近では『英語談話標識使い分け辞典』(研究社、2025年)が参考になります。

 三点目。これは中学生には酷かも知れませんが、he wants to make many Japanese friendsという部分です。私は学生時代に肯定文でmanyを使うと、アメリカ人の教授から全てa lot ofと直されました。many = a lot ofと高校時代に教えてもらっていた私は、「あー、そうなんだ、これが実際の英語なんだ」と覚醒したものです。実際に英米人の語法を調べてみると、確かに不自然に感じられるようです。many でも間違いではありませんが、会話文ではa lot of の方が自然でしょう。そもそも自然な響きにしたいなら、make some Japanese friendsとしたいところです。

 最期のideaは、単数だと「一つの意見」、ideasと複数なら具体的な案をいくつかというニュアンスです。ここでは受験生の1つの意見を想定していますからideaで構いません。ただネイティブスピーカーの中には、ideas/ opinion/ adviceにした方が良いという意見を述べた人もいました。“I’d like to hear your thoughts.”とか“What do you think he should do?”と書き換えたネイティブもいました。

 冒頭の“the new restaurant”は、聞き手が「ああ、あの駅前の新しい店ね」とすでに知っている前提の英文です。もし相手がその店を知らない可能性があるのであれば、“a new restaurant”の方が自然です。ここは問題ありません。

 文法的にはOKだけれども、文脈がぶつ切りになっているところに違和感が生じていました。私なら次のように書くかもしれません。♥♥♥

 We are going to have a party for Tom on February 8 at the new restaurant near the station. Please bring money for lunch. He came to Japan last week, so he wants to make a lot of Japanese friends. What should he do? I’d like to know your idea(s).

 

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イノダコーヒ

◎週末はグルメ情報です!今週はコーヒー

 千年をも超える長い歴史を持つ古都・京都はまた、「喫茶店の街」でもあります。戦災を免れた京都には、多くの老舗喫茶店が健在であり、独特の喫茶文化が息づいています。昭和初期の頃、自家焙煎の草分けや欧風の調度を取り入れたサロン的空間が誕生して、新たな交流の場となりました。戦後になり、コーヒー専門店や名曲喫茶など独自の個性を持ったお店も加わって、日々の憩いと娯楽の場を提供しました。それら新旧のお店が縦横につながり共存する中で、図らずも築かれたのが京都の喫茶店文化でした。その多様な喫茶文化を支えたのが、伝統産業の職人や商家の旦那衆、画家や作家、大学教授らインテリ層、そして大学の街に集う学生たちでした。京都には時代を超えて息づく素敵な喫茶店が多いのです。

 京都に行ったら絶対に「イノダコーヒ」(㊟コーヒーではありません。イノダコーヒーは誤りで、京都ではかつて他店も含め「コーヒ」と書いた習慣が残っています 例:タナカコーヒ)の「アラビアの真珠」を飲まねばなりません。京都駅八条口「アスティロード」「イノダコーヒ」の支店があるので、私は必ず寄ることにしています。昭和15年、猪田七郎(いのだしちろう)がコーヒー豆の焙煎と卸売りを始めました。召集でいったん店を閉じますが、復員後、昭和22年に小さな喫茶スペースをオープンしました。若い頃に画家を志していた七郎は、コーヒー店を立ち上げてからも絵を描き続けました。コーヒーカップに描かれたエンブレムも七郎の手によるものです(写真下)。

 普段はコーヒーはブラックで飲む私ですが、このモカをベースとしたブレンドコーヒー「アラビアの真珠」に限っては、ミルク・砂糖を入れて飲むのが絶品と聞きました。ミルクと砂糖をあらかじめ入れて提供するのがイノダの伝統です。コーヒーが冷めるとミルクが混ざりにくくなるため、話に夢中になっているお客さんにも美味しく飲んで欲しいという配慮から生まれた流儀ですが、現在は注文時にミルクと砂糖の有無の好みを聞いてくれます。店員さんは制服着用で蝶ネクタイ姿、礼儀正しくキビキビとした接客も老舗ならではの魅力です。蝶ネクタイをした女性店員さんが「ミルクとお砂糖を入れますか」と訊いてきました。もちろん入れてもらいます。イノダコーヒのこだわりの伝統を味わいたいならぜひ砂糖・ミルク入りです。このミルクもまた、他の喫茶店のミルクや家庭用のミルクとは一味違うものなんだとか。カップは肉厚で冷めにくくなっており、脚が付いています。それと、初めてお邪魔した時に食べて絶品と感じた「アップルパイ」も一緒に注文です。このアップルパイ」が最高なんです。私は「アップルパイ」には目がないので、美味しいと噂を聞くといても立ってもいられなくなります。しっとりしつつもアップルのシャリシャリした食感が堪らないアップルパイ」です。中に入っている私の大好きなレーズンもうれしい限り。パイ生地に香り豊かな発酵バターを折り込んで、こぼれそうなほどたっぷり入ったリンゴが堪らないスイーツです。ちょっと大きめサイズのアップルパイ」は、ナイフとフォークでお上品にいただきます。お店の空気感の中で、時間を忘れてゆっくりと楽しみます。

 こだわりのコーヒー「アラビアの真珠」は、モカマタリをベースにしたヨーロピアンタイプの深煎りのブレンドで、昭和15年以来変わらずに、圧倒的な味を保っているそうですよ。酸味40%、香り38%、コク28%、苦味13%、までは判明しています。確かに美味しいコーヒーでした。それにしても、喫茶店に行列して並ぶというのは、松江では考えられないことです。店内も満席状態です。京都で一番の喫茶店なんですね。

 ついでながら、コーヒーが美味しいのはもちろんなんですが、提供されるお水がまた抜群に美味しいんです。京都の美味しい水を使って淹れられた一杯は、ここでしか味わうことができません。ずいぶんこだわった一杯だなと感じます。ちなみに今までにお水が美味しいと思ったのは、私の定宿である広島・リーガロイヤルホテル最上階のフレンチ・レストランだけです。私は思わず「こんな美味しいお水飲んだことない!」と店員の方に告げていました。以来、私は必ずここで食事をすることに決めています。店頭では焙煎豆のほか、カップセット、ロカ器、コースターなどのオリジナル商品を多数販売しておられ、お土産に買って帰ります。❤❤❤


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京店ギャートルズ広場

 松江市・京店商店街の西の端、京店商店街広場松江出身の漫画家、園山俊二(そのやましゅんじ)さんの代表作「はじめ人間ギャートルズ」をイメージしたオブジェが飾られています。観光スポット「京店ギャートルズ広場」です(写真上)。ギャートルズとは、原始時代を舞台にしたギャグ漫画で、主人公のゴンをはじめとする原始人たちが、大らかでユニークな日常を送る様子がコミカルに描かれています。マンモスの肉を食べるシーンや、ドテチンという類人猿のキャラクターなど、独特な世界観が特徴です。70年代、90年代にテレビアニメとして放送され、一度見たら忘れられないインパクトがありました。園山先生は、幼少期から青年期までを松江市で過ごし、松江の自然や人々の温かさが、先生の作品世界に大きく影響を与えたとされています。そんな、松江市にはいろいろな場所に、園山先生ゆかりのギャートルズの世界観が広がっています。下の写真はJR松江駅の前にあるモニュメントです。

 この広場には、「はじめ人間ギャートルズ」をご存じの方にはおなじみの骨付きの「まんが肉」「マンモスの肉」「足跡」など3種類のオブジェが2021年の春に設置されました。インパクト抜群な等身大のマンモス肉やマンガ肉など、つい写真を撮りたくなってしまうオブジェたちです(写真下)。ギャートルズそのままの世界観がそこには広がっています。魅力を発信するため、中小企業庁補助事業採択を得て、看板制作や立体造形を手掛けるフタバ(益田市乙吉町)にオブジェの制作を依頼しました。オブジェはベンチとして休憩に使うこともできます。FRP(繊維強化プラスチック)製で直径は2メートル以内です。親子連れの観光客がここで息抜きをしておられるのをよく見ます。♥♥♥

▲マンモスの肉

▲足跡

▲骨付きの「まんが肉」

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渡部昇一先生のエピソード(45)~過度なメモは×

 文章を書く材料を手帳に克明にメモしておくべきかどうかについての、故・渡部昇一先生のお考えです。名著『知的生活』(The Intellectual Lifeを著したハマトンは、絵画と写真はどこが違うか?という話のところで、次のようなことを言っています。「ある景色を考えてみよう。写真は全部、その景色を写し込んでしまう。ところが、絵画の場合、画家はその景色を見て、スケッチしたものをのちにアトリエで仕上げたりする。そうすると、印象の強いところだけが残る。それが個性というものである」 これを先生なりに解釈するならば、「物事は忘れ残されたところに個性がある」ということでした。同様に、面白い話を聞いて、「これは興味深いな」と思って頭に残っていれば、それは個性に合った話であり、何も残っていなければ、関心がなかったということなのです。

 つまり、面白い題材は記憶しておけばよいことであって、何でもかんでもメモを取るというのは、時間の無駄に過ぎない、というのが渡部先生のお考えでした。「これは、いずれ使いみちがあるな」と直感したものだけをメモしておけばよいのです。先生も手帳は携帯しておられましたが、面白いなと思ってメモしたものは、ほんのわずかに過ぎませんでした。一年たっても、一ページを埋めることができるかどうか、それぐらいのところでした。印象深いものは頭に残るのだから、とにかくいかに忘れるかが重要なのです。あまり関心もないことに詳しいメモを取る時間があるくらいなら、その分、読書の時間に充てる方が、どれだけためになることかしれません。

 先生はかつて、大手新聞の女性記者と対談したことを回想しておられます。その女性記者は、テープレコーダーを使うどころか、メモを取ることさえ全くしませんでした。これには、先生もいたく感心させられました。掲載された内容も、先生の考えを十分に反映したものでした。おそらく、その女性記者には、こう書きたいという内容があり、それを当意即妙の質問によって先生から引き出して、記事としてまとめ上げておられたのでしょう。取材後にテープを確認したり、メモを整理するという面倒な作業を省くことができる、実に効率のよい時間の使い方です。これは誰にでも真似のできることではないでしょうが、メモを取るのは最小限にとどめ、印象深いことだけを頭に残しておくのがよいのではないでしょうか。

 一般のビジネスマンの場合はどうでしょうか?大変重要な会議だから、一言も漏らさずテープに録音しておこうなどと思う時があるかもしれません。しかし、そうしたことは極力避けるべきです。時間を効率よく使っているとはとても思えず、およそ知的生活者がやるべきことではないというのが渡部先生のお考えでした。学生たちが大学の講義を全部録音することがよくありますが、録音のしっぱなしで、後でじっくりと聞くということはないようです。たとえ重要な会議であっても、ノートにメモを取るだけで十分でしょう。そのメモにしても、もちろん一字一句書き留めることなど愚の骨頂というもので、これは重要だという「キーワード」を書き留めておくだけでいいのです。時間がたてば、その「キーワード」だけでは会議の要点を忘れてしまうかもしれません。いまいち自信が持てないという時には、会議の後の数分を利用して、そのキーワードに対して印象深いことを書き添えておくことです。そうしておけば、会議の要点を忘れてしまうこともないでしょう。詳しい記録は議事録を採る人の仕事なのです。私はメモを取る際には、こういったことに注意を払ってやっています。♥♥♥

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