新幹線はなぜあんなに時間に正確なのか?

 私は全国へ旅する時に、常に新幹線を利用します(飛行機は苦手です)。札幌に行くのにも、新幹線で行くくらいですから。私が好きなのは最新の「N700S」です(⇒私の紹介記事はコチラです)。いつも驚かされるのは自然災害を除けば、全ての列車がほぼ定時ピタリに運行していることです。日本の新幹線「数秒単位」で時刻に正確なのは、世界でも類を見ない文化・技術・運行管理・現場のプロ意識が高度に組み合わさった結果です。年間平均遅延がわずか数十秒という世界最高レベルの正確性は、偶然ではなく綿密に作り込まれた仕組みによって支えられているのです。3月14日から新しいダイヤで、東京―新大阪間は今まで12本だったものが最大で1時間に13本を運行することになりました。信じられないくらいすごい密度です。今日は新幹線「ほぼ秒単位」で動く理由を考えてみたいと思います。

1. 時間厳守を重んじる日本の文化

 日本では「時間を守る=相手への敬意」という価値観が強く、鉄道にもその文化が反映されています。20秒早発でも謝罪するほど、時間への感度が高い社会です。日本では多くの人が「きちんと並ぶ」「乗降を素早く行う」という習慣があります。また、駅では「整列乗車」や乗降口の案内が徹底されています。この文化が背景にあることを忘れてはなりません。

2.専用軌道と「踏切」の排除

 新幹線が遅れない最大の物理的理由は、他の要素に邪魔されることがない環境にあります。在来線や貨物列車と同じ線路を走らずに別の専用線路を走っているため、他列車の遅延の影響を受けにくいのです。踏切がないので、踏切事故による立ち往生も物理的に発生しません。結果として遅延が起きにくくなります。

3. 精密すぎるダイヤ設計

 新幹線のダイヤは秒単位で設計され、駅間には数十秒のバッファ(余裕)が組み込まれています。遅れが出ても後続列車に影響が出ないよう、リアルタイムで調整されます。

4. 世界トップレベルの鉄道技術

 車両は加速・減速性能が高く、停止位置もミリ単位で制御(運転士の腕の見せ所です)。N700Aなどには「定速走行装置」が搭載され、遅れが出た際に自動で速度調整を行います。線路には温度センサーなどが設置され、異常を即座に検知します。ATC(自動列車制御装置)が、前の列車との距離に応じて自動でブレーキをかけ、安全な距離を保ちます。PTC(列車運行管理システム)が、全列車の位置をリアルタイムで把握し、万が一遅れが出た場合、どの駅でどの列車を先に通すかといった判断をコンピュータが瞬時に行います。

5. 運転士の高度な運行管理

 運転士が使うダイヤは15秒単位で作成されています。運転士は常に各駅の到着時刻だけでなく、線路脇の「キロポスト」(定通点)を見ながら自分の遅れを計算し(瞬時に運転士が判断します)、停車駅で微調整しています。運転台の時計は常に正確に同期されており、「現在の遅れ(または進み)」を秒単位で把握しています。私はこれまで新幹線の運転は全部コンピュータで自動化されているものと思っていましたが、そうではなくありとあらゆる面で運転士の技量によって成り立っているのだということを知り、改めてそのスゴさを実感しました。ホームの決められた位置にピタ止めするのもすごい技術です。

6. 現場のプロフェッショナリズム

 全国で統一されたマニュアルと判断基準があります。「早発は遅発より重いミス」という独自の哲学が徹底されているのです。新幹線は夜間に走行せずに、毎日深夜に線路や架線の点検を行っています。「故障してから直す」のではなく、「故障する前に替える」という徹底した予防保全が、運行中のトラブル(=遅延)を最小限に抑えています。

7. 気象・災害への強い対策

 豪雪地帯でも安定運行できる除雪・融雪技術が光ります。地震計と連動した自動停止システムも備えています。

8.異常に早い「折り返し作業」

 終着駅に到着してから、次の出発までのわずかな時間の「清掃・整備」が信じられないほどスピーディです。有名な「7分間の奇跡」(清掃チーム「TESSEI」による超高速作業)により、過密なダイヤでも遅延を蓄積させずに次の運行へ移ることができます。私はいつも東京駅でこの作業を見るのを楽しみにしています。

 新幹線の運行がどれほど正確なのかというと、東海道新幹線の平均遅延は年間で24秒(2020年度)。2015年度には12秒という驚異的な記録も。最近では84秒とか1分4秒という数字も聞いたことがあります。海外では考えられないくらいの正確さです。

 新幹線の正確さは「文化 × 技術 × 組織 × 現場力」の総合芸術です。 単に技術が優れているだけでなく、社会全体が「時間を守ること」を重視しているからこそ、世界でも類を見ないレベルの定時運行が実現しています。日本の新幹線は、技術力はもちろんのこと、それに関わる「人」のプロ意識が作り上げた芸術品ということです。♥♥♥

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何か違和感が……

     We’re going to have a party for Tom on February 8 at the new restaurant near the station. Please bring some money for lunch. By the way, he came to Japan last week, so he wants to make many Japanese friends. What should he do? I’d like to know your idea.

 これは今年の島根県高校入試に出題されたリスニング問題のスクリプトです。文法的には何ら問題点のない英語です。ただ私は最初に読んで、何かしっくりこないものを感じました。それが何かよく分からないのですが、違和感があるのです。何度も何度も読み返しました。どこにひっかかっているのだろう?いろいろ考えていて、何カ所か正体が分かってきました。みなさんはどうでしょう?

 まず第一点目。Please bring some money for lunch.のsome moneyが気になります。「(いくらでもいいから)いくらかお金を持って来て」という一般的な響きがします。「昼食代を持って来てください」と言いたいのなら、私ならsomeを取って、Please bring money for lunch.にします。あるいはPlease bring some money to pay for (your) lunch.としたいですね。その方が自然です。

 二点目。これが違和感の一番大きな正体です。文法的には何の問題もありませんが、「パーティの案内」の流れの中で唐突な感じがするのです。談話として不自然さを感じるのです。パーティの案内をしながら、「ところで彼は先週日本に来ました」と急に説明が入るのです。私ならBy the wayを削除します。本来なら「彼は日本に来たばかりで友達がいない」から、親睦を深めるために「パーティを開くんだ」という流れが自然です。上の文章では「パーティの詳細(場所・金銭)」を述べた後に、「ところで、彼は友達を欲しがっている」と付け加えられているために、「パーティの目的」と「彼の願望」が切り離されて聞こえてしまいます。彼が友達を欲しがっているから、歓迎会をするという因果関係を明確にしたほうが自然です。つなぎ語By the wayが違和感の正体でした。ついでながら、こうした「つなぎ語」に関しては、『英語談話標識用法辞典:43の基本ディスコースマーカ』(研究社、2015年)、また最近では『英語談話標識使い分け辞典』(研究社、2025年)が参考になります。

 三点目。これは中学生には酷かも知れませんが、he wants to make many Japanese friendsという部分です。私は学生時代に肯定文でmanyを使うと、アメリカ人の教授から全てa lot ofと直されました。many = a lot ofと高校時代に教えてもらっていた私は、「あー、そうなんだ、これが実際の英語なんだ」と覚醒したものです。実際に英米人の語法を調べてみると、確かに不自然に感じられるようです。many でも間違いではありませんが、会話文ではa lot of の方が自然でしょう。そもそも自然な響きにしたいなら、make some Japanese friendsとしたいところです。

 最期のideaは、単数だと「一つの意見」、ideasと複数なら具体的な案をいくつかというニュアンスです。ここでは受験生の1つの意見を想定していますからideaで構いません。ただネイティブスピーカーの中には、ideas/ opinion/ adviceにした方が良いという意見を述べた人もいました。“I’d like to hear your thoughts.”とか“What do you think he should do?”と書き換えたネイティブもいました。

 冒頭の“the new restaurant”は、聞き手が「ああ、あの駅前の新しい店ね」とすでに知っている前提の英文です。もし相手がその店を知らない可能性があるのであれば、“a new restaurant”の方が自然です。ここは問題ありません。

 文法的にはOKだけれども、文脈がぶつ切りになっているところに違和感が生じていました。私なら次のように書くかもしれません。♥♥♥

 We are going to have a party for Tom on February 8 at the new restaurant near the station. Please bring money for lunch. He came to Japan last week, so he wants to make a lot of Japanese friends. What should he do? I’d like to know your idea(s).

 

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イノダコーヒ

◎週末はグルメ情報です!今週はコーヒー

 千年をも超える長い歴史を持つ古都・京都はまた、「喫茶店の街」でもあります。戦災を免れた京都には、多くの老舗喫茶店が健在であり、独特の喫茶文化が息づいています。昭和初期の頃、自家焙煎の草分けや欧風の調度を取り入れたサロン的空間が誕生して、新たな交流の場となりました。戦後になり、コーヒー専門店や名曲喫茶など独自の個性を持ったお店も加わって、日々の憩いと娯楽の場を提供しました。それら新旧のお店が縦横につながり共存する中で、図らずも築かれたのが京都の喫茶店文化でした。その多様な喫茶文化を支えたのが、伝統産業の職人や商家の旦那衆、画家や作家、大学教授らインテリ層、そして大学の街に集う学生たちでした。京都には時代を超えて息づく素敵な喫茶店が多いのです。

 京都に行ったら絶対に「イノダコーヒ」(㊟コーヒーではありません。イノダコーヒーは誤りで、京都ではかつて他店も含め「コーヒ」と書いた習慣が残っています 例:タナカコーヒ)の「アラビアの真珠」を飲まねばなりません。京都駅八条口「アスティロード」「イノダコーヒ」の支店があるので、私は必ず寄ることにしています。昭和15年、猪田七郎(いのだしちろう)がコーヒー豆の焙煎と卸売りを始めました。召集でいったん店を閉じますが、復員後、昭和22年に小さな喫茶スペースをオープンしました。若い頃に画家を志していた七郎は、コーヒー店を立ち上げてからも絵を描き続けました。コーヒーカップに描かれたエンブレムも七郎の手によるものです(写真下)。

 普段はコーヒーはブラックで飲む私ですが、このモカをベースとしたブレンドコーヒー「アラビアの真珠」に限っては、ミルク・砂糖を入れて飲むのが絶品と聞きました。ミルクと砂糖をあらかじめ入れて提供するのがイノダの伝統です。コーヒーが冷めるとミルクが混ざりにくくなるため、話に夢中になっているお客さんにも美味しく飲んで欲しいという配慮から生まれた流儀ですが、現在は注文時にミルクと砂糖の有無の好みを聞いてくれます。店員さんは制服着用で蝶ネクタイ姿、礼儀正しくキビキビとした接客も老舗ならではの魅力です。蝶ネクタイをした女性店員さんが「ミルクとお砂糖を入れますか」と訊いてきました。もちろん入れてもらいます。イノダコーヒのこだわりの伝統を味わいたいならぜひ砂糖・ミルク入りです。このミルクもまた、他の喫茶店のミルクや家庭用のミルクとは一味違うものなんだとか。カップは肉厚で冷めにくくなっており、脚が付いています。それと、初めてお邪魔した時に食べて絶品と感じた「アップルパイ」も一緒に注文です。このアップルパイ」が最高なんです。私は「アップルパイ」には目がないので、美味しいと噂を聞くといても立ってもいられなくなります。しっとりしつつもアップルのシャリシャリした食感が堪らないアップルパイ」です。中に入っている私の大好きなレーズンもうれしい限り。パイ生地に香り豊かな発酵バターを折り込んで、こぼれそうなほどたっぷり入ったリンゴが堪らないスイーツです。ちょっと大きめサイズのアップルパイ」は、ナイフとフォークでお上品にいただきます。お店の空気感の中で、時間を忘れてゆっくりと楽しみます。

 こだわりのコーヒー「アラビアの真珠」は、モカマタリをベースにしたヨーロピアンタイプの深煎りのブレンドで、昭和15年以来変わらずに、圧倒的な味を保っているそうですよ。酸味40%、香り38%、コク28%、苦味13%、までは判明しています。確かに美味しいコーヒーでした。それにしても、喫茶店に行列して並ぶというのは、松江では考えられないことです。店内も満席状態です。京都で一番の喫茶店なんですね。

 ついでながら、コーヒーが美味しいのはもちろんなんですが、提供されるお水がまた抜群に美味しいんです。京都の美味しい水を使って淹れられた一杯は、ここでしか味わうことができません。ずいぶんこだわった一杯だなと感じます。ちなみに今までにお水が美味しいと思ったのは、私の定宿である広島・リーガロイヤルホテル最上階のフレンチ・レストランだけです。私は思わず「こんな美味しいお水飲んだことない!」と店員の方に告げていました。以来、私は必ずここで食事をすることに決めています。店頭では焙煎豆のほか、カップセット、ロカ器、コースターなどのオリジナル商品を多数販売しておられ、お土産に買って帰ります。❤❤❤


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京店ギャートルズ広場

 松江市・京店商店街の西の端、京店商店街広場松江出身の漫画家、園山俊二(そのやましゅんじ)さんの代表作「はじめ人間ギャートルズ」をイメージしたオブジェが飾られています。観光スポット「京店ギャートルズ広場」です(写真上)。ギャートルズとは、原始時代を舞台にしたギャグ漫画で、主人公のゴンをはじめとする原始人たちが、大らかでユニークな日常を送る様子がコミカルに描かれています。マンモスの肉を食べるシーンや、ドテチンという類人猿のキャラクターなど、独特な世界観が特徴です。70年代、90年代にテレビアニメとして放送され、一度見たら忘れられないインパクトがありました。園山先生は、幼少期から青年期までを松江市で過ごし、松江の自然や人々の温かさが、先生の作品世界に大きく影響を与えたとされています。そんな、松江市にはいろいろな場所に、園山先生ゆかりのギャートルズの世界観が広がっています。下の写真はJR松江駅の前にあるモニュメントです。

 この広場には、「はじめ人間ギャートルズ」をご存じの方にはおなじみの骨付きの「まんが肉」「マンモスの肉」「足跡」など3種類のオブジェが2021年の春に設置されました。インパクト抜群な等身大のマンモス肉やマンガ肉など、つい写真を撮りたくなってしまうオブジェたちです(写真下)。ギャートルズそのままの世界観がそこには広がっています。魅力を発信するため、中小企業庁補助事業採択を得て、看板制作や立体造形を手掛けるフタバ(益田市乙吉町)にオブジェの制作を依頼しました。オブジェはベンチとして休憩に使うこともできます。FRP(繊維強化プラスチック)製で直径は2メートル以内です。親子連れの観光客がここで息抜きをしておられるのをよく見ます。♥♥♥

▲マンモスの肉

▲足跡

▲骨付きの「まんが肉」

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渡部昇一先生のエピソード(45)~過度なメモは×

 文章を書く材料を手帳に克明にメモしておくべきかどうかについての、故・渡部昇一先生のお考えです。名著『知的生活』(The Intellectual Lifeを著したハマトンは、絵画と写真はどこが違うか?という話のところで、次のようなことを言っています。「ある景色を考えてみよう。写真は全部、その景色を写し込んでしまう。ところが、絵画の場合、画家はその景色を見て、スケッチしたものをのちにアトリエで仕上げたりする。そうすると、印象の強いところだけが残る。それが個性というものである」 これを先生なりに解釈するならば、「物事は忘れ残されたところに個性がある」ということでした。同様に、面白い話を聞いて、「これは興味深いな」と思って頭に残っていれば、それは個性に合った話であり、何も残っていなければ、関心がなかったということなのです。

 つまり、面白い題材は記憶しておけばよいことであって、何でもかんでもメモを取るというのは、時間の無駄に過ぎない、というのが渡部先生のお考えでした。「これは、いずれ使いみちがあるな」と直感したものだけをメモしておけばよいのです。先生も手帳は携帯しておられましたが、面白いなと思ってメモしたものは、ほんのわずかに過ぎませんでした。一年たっても、一ページを埋めることができるかどうか、それぐらいのところでした。印象深いものは頭に残るのだから、とにかくいかに忘れるかが重要なのです。あまり関心もないことに詳しいメモを取る時間があるくらいなら、その分、読書の時間に充てる方が、どれだけためになることかしれません。

 先生はかつて、大手新聞の女性記者と対談したことを回想しておられます。その女性記者は、テープレコーダーを使うどころか、メモを取ることさえ全くしませんでした。これには、先生もいたく感心させられました。掲載された内容も、先生の考えを十分に反映したものでした。おそらく、その女性記者には、こう書きたいという内容があり、それを当意即妙の質問によって先生から引き出して、記事としてまとめ上げておられたのでしょう。取材後にテープを確認したり、メモを整理するという面倒な作業を省くことができる、実に効率のよい時間の使い方です。これは誰にでも真似のできることではないでしょうが、メモを取るのは最小限にとどめ、印象深いことだけを頭に残しておくのがよいのではないでしょうか。

 一般のビジネスマンの場合はどうでしょうか?大変重要な会議だから、一言も漏らさずテープに録音しておこうなどと思う時があるかもしれません。しかし、そうしたことは極力避けるべきです。時間を効率よく使っているとはとても思えず、およそ知的生活者がやるべきことではないというのが渡部先生のお考えでした。学生たちが大学の講義を全部録音することがよくありますが、録音のしっぱなしで、後でじっくりと聞くということはないようです。たとえ重要な会議であっても、ノートにメモを取るだけで十分でしょう。そのメモにしても、もちろん一字一句書き留めることなど愚の骨頂というもので、これは重要だという「キーワード」を書き留めておくだけでいいのです。時間がたてば、その「キーワード」だけでは会議の要点を忘れてしまうかもしれません。いまいち自信が持てないという時には、会議の後の数分を利用して、そのキーワードに対して印象深いことを書き添えておくことです。そうしておけば、会議の要点を忘れてしまうこともないでしょう。詳しい記録は議事録を採る人の仕事なのです。私はメモを取る際には、こういったことに注意を払ってやっています。♥♥♥

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ベネズエラ監督は無給!

 WBC連覇の夢が絶たれた侍ジャパン。3月14日の準々決勝で日本代表・侍ジャパンの前に立ちはだかったのはベネズエラでした。日本は大谷翔平森下翔太のホームランなどで5点を奪いリードするも、投手陣が8失点して逆転負けでした。初回ホームランを打ったアクーニャJr.が、試合後に「寿司を食ってやったぞ!」と何度も絶叫していました。日本を打ち破ったぞという意味合いのようです。

 私は長野県篠ノ井にある曹洞宗の円福寺の故・藤本幸邦老師「お金を追うな、仕事を追え」という言葉が大好きで、いろいろな場所で紹介しているのですが、今回のベネズエラにはそれがありました。

 MLB公式によれば、ベネズエラ代表のオマール・ロペス監督は、試合後にこう話していたそうです。多くの同胞が暮らすマイアミでの大一番を制し、侍ジャパンから劇的な逆転勝利を収め、歓喜に沸くベネズエラ代表。試合後の会見に臨んだロペス監督は、ファンたちの前で勝利したことの意義について問われると驚きの事実を明かしました。故郷に帰ることができない人々も多くいる中でチームとの繋がりを意識しているか、と問われた指揮官は、「マイアミだけではありません。私は無給でやっています。チームを指揮することで報酬をもらっているわけではありませんと、なんとボランティアで代表監督を務めていることを仰天告白しました。私は無償だ。チームを率いる報酬はもらっていない。でも、今の我が国はお祝いしている。本当に嬉しい。街中が盛り上がっているし、みんな飲み明かしている。それだけで自分は世界の誰よりも幸せだ。なぜなら、これが自分にできる唯一のことだから。これが祖国のためにできる唯一のことだから。これが故郷に持ち帰る唯一のもの。20年後、自分が少なくとも1~2日間は祖国を幸せにできたことを思い出すだろう。それだけで十分だ。ベネズエラは常に野球の強豪国だった。我々は常に強豪国だった。日本に勝ったから強豪国になったわけではない。それはありえない。我々は日本やアメリカと同じように世界的な強豪国だ。我々は皆、野球界において重要な存在。これまで数多くの選手、レジェンド、引退した選手や現役選手がいた。我々は世界的な強豪だと言える」最後に指揮官は、マイアミのみならず国外にいる多くの同胞たちにも幸せであってほしいと願い、「それこそが、私が家に持ち帰る唯一の土産です」と表現しました。傷ついた祖国への深い愛を語った言葉が反響・感動を呼んでいます。国の背景、ここが日本チーム(井端監督は1億円以上もらっているとの報道)との大きな違いだったかもしれません。

 今年1月3日にはアメリカがベネズエラに電撃的に軍事攻撃を仕掛け、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束する出来事がありましたが、49歳のロペス監督は、爆撃で悲哀に暮れる祖国に喜びをもたらせたと心から喜んでいたようでした。

【感想】 一時はリードするも、侍投手陣がホームランを連発されたのが敗因ですが、コントロールに苦しみ、追い込まれてストライクを取りにいった甘い内角ストレートを痛打されたのが共通点でした。大リーグには150キロを超えるストレートを投げるピッチャーははいて捨てるほどいます(リリーフはどれも150キロ後半、160キロ台です)。ばりばりのメジャーリーガーに、ストレートで力対力の勝負するのは自信過剰でしょう。日本では打たれるはずもない球は、彼らにとっては絶好球となります。やはり日本のピッチャーはコーナーを巧みに使い分ける変化球の出し入れが生命線でした(菅野投手種市投手)。打たれたピッチャーはいい勉強になりました。無念の帰国をした日本人投手に、SNSで誹謗中傷する記事が見られるのは情けないことですし、残念です。決勝はアメリカ対ベネズエラとなり代理戦争の様相を呈してきましたが、ベネズエラが接戦を制し見事世界一になりました。おめでとうございます。

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banksying

 新しい英語表現のbanksying は、若者の間で使われる新しいデート・恋愛用語で、「あいまいな態度のまま、ゆっくりと関係を終わらせる行為」相手に愛情や興味を失っているにもかかわらず、それをはっきり伝えず、のらりくらりと曖昧な態度のまま関係が自然消滅するのを待つ行為」を指します。若者の間では、修羅場を避けるための究極のフェードアウト戦略として語られることが多い行為です。現代の恋愛トレンドを象徴する少し切ない言葉です。いきなり連絡を断つ ghosting(ゴースティング) と違い、 banksying はもっとじわじわと、相手に気づかれないように距離を置いていくのが特徴で、精神的ダメージが大きいと言われています。ニューヨーク州弁護士の旦 英夫(だんひでお)さんが『アサヒウィークリー』紙の連載記事「米国がわかるキーワード」の中で取り上げておられました。

 この言葉の由来は、正体不明でミステリアスなあの英国のストリート・アーティスト Banksy(バンクシー) に由来します。彼がオークションで落札された直後の自作をシュレッダーにかけてずたずたに裁断した事件(「愛はゴミ箱の中に」)を覚えておられるでしょう。あの「目の前にあるものが、気付かぬうちに少しずつ形を失い、消えていく」というシュールな光景を、恋愛に例えたスラングです。バンクシーのつかみどころのない正体と謎めいた作品(反戦・反権力)の芸術表現が、愛情・関心が薄れた相手に対してあいまいな態度をとり続ける行動と結びつけられてこの表現が生まれました。匿名性・批評性・意外性といった特徴があります。

  • つかみどころがない。正体を明らかにせずに作品やメッセージを発表する

  • 意図が読めない。社会的・政治的メッセージを含む表現を行う

  • 突然驚かせるような行動をする。突然姿を消す。ゲリラ的、サプライズ的にアートや主張を世に出す

  • 既存の場所・物を文脈ごとひっくり返すような演出をする

こうした Banksy のイメージが、気持ちが離れているのにハッキリ言わず、曖昧な態度を続ける人」に重ねられているわけです。banksying には次のような行動パターンが見られます:

  • 返信が遅くなるが、完全には途切れない。連絡頻度が徐々に減る。かつては数分で返ってきたラインが、数時間後、翌日、数日後と少しずつ遅くなり、「お疲れ様」「わかった」というスタンプや短文のみになり、会話を広げる意欲が消滅する。

  • 会う頻度が減る。会う約束が先延ばしになる。デートに誘っても「最近忙しくて」「落ち着いたら連絡するね」と拒絶はしないが、具体的な日程は絶対に提示しない。期待を持たせつつも実行には移さないことで、相手をジワジワと諦めさせる。

  • 感情的なつながりが薄くなる。

  • 態度が冷たくなるが、「別れよう」とは言わない。嫌いになったわけではないというアリバイを作りつつ、親密な関係からは遠ざかる。

  • 相手に不安や混乱を与える。「何かがおかしい」と感じつつ理由が分からず自分を責めて苦しむ。最終的にはひどく傷つく。

  • 最終的に相手が察して離れていくのを待つ

つまり、自分が悪者にならないように、相手に別れを“悟らせる” 行為です。

 専門家によると、banksyingghosting(突然の消滅)よりも相手を深く傷つける可能性があるとされています。ghostingは一時的には激しく傷つきますが、諦めがつきます。banksyingは相手の時間をじわじわと奪い、精神的なエネルギーを消耗させる長期的な未練を生みだしやすいからです。

  • 理由が分からず悩み続ける

  • 自分のせいだと思い込む

  • 心理的に消耗する

  • きちんとした「終わり」がないため、立ち直りに時間がかかる

恋愛におけるコミュニケーション不足が背景にあるとも言われています。

 banksying を避けるには、 正直で率直なコミュニケーション が大切だと専門家は指摘しています。

  • 気持ちの変化を早めに伝える

  • 相手の不安を放置しない

  • 自分の感情を言語化する練習をする

恋愛の終わり方は、始まり方と同じくらい大切です。

 banksying(バンクシーイング)は、正式な辞書語というより、スラング/造語として使われる表現です。意味は、覆面ストリート・アーティストの Banksy(バンクシー) のやり方を真似ることを指します。

  • She went quiet again — classic banksying.
    (彼女からまた連絡が減った。典型的なbanksyingだね)

  • I think he’s banksying me.
    (彼、私をキープしているだけな気がする)


 この語のニュアンス・注意点としては次のようなものがあります。

  • 基本的にネガティブ寄りの言葉

  • 言われた側は「都合よく扱われている」と感じることが多い

  • ghosting(突然音信不通)ほど極端ではないが、精神的にはしんどいケースも


 意味の似た英語との違いは次の通りです。

  • ghosting:完全に消える

  • breadcrumbing:期待させる小さな連絡を断続的にする

  • banksying:消えそうで消えず、関係を曖昧に保つ

 ロイター通信は3月13日、正体不明の芸術家バンクシーについて、英南西部ブリストル出身で1970年7月生まれで50代前半の男性ロビン・ガニンガム(Robin Gunningham)氏だと独自調査で特定したと報じました。これまでにも英メディアで名前が挙がっていた人物ですが、ガニンガム氏が米国で逮捕された際の捜査資料を入手して裏付けました。後に改名しウクライナに入国、作品を残していたといいます。かつて大衆紙(「メール・オン・サンデー」)が2008年にガニンガム氏がバンクシーだと報じましたが、ロイターはより踏み込んだ報道だとしています。バンクシーの弁護士は今回の報道について、「多くを正しいとは認めない」と書面で回答し、正体を明かさないことで「報復などを恐れず権力を相手に真実を語れるようになり、表現の自由を守ることになる」と訴えました。

 ロイターによると、バンクシーの元仕事仲間が明らかにした過去のエピソードを基に、バンクシーが無名時代の2000年9月に、米ニューヨークのビル屋上で広告看板に絵を描き、逮捕されていたことが判明しました。捜査資料にガニンガム氏の自筆サインがあり「看板にユーモアを加えようと決めた」などと、現在の作風を連想させる内容も書かれていました。ロイターは仕事仲間や友人への取材を重ね、ガニンガム氏が型紙の一種ステンシルとスプレーを使ったアート活動を展開し、バンクシーと名乗るようになったと報じました。後に法的な名前を英国人男性で一般的な「デービッド・ジョーンズ」(David Jones)に変えたことも突き止めました。2022年2月のロシアによるウクライナ侵略開始後、同国で戦争を批判するメッセージを込めたような複数の作品が見つかっており、ガニンガム氏とみられる男性が活動していた形跡があるといいます。バンクシーは紛争地を含め多数の国で、戦争や権力乱用を批判するメッセージ性のある作品を建物の壁などに描いてきました。彼の作品は流通市場では2015年以降で約2億4,889万ドルに達しています。彼の正体は、作品の意味にも、市場価格にも、ブランドとしての強さにも関わっているのです。♥♥♥

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「紺屋小路」の♥

     島根県松江市片原町、カフェや雑貨屋が建ち並ぶ京店商店街の路地、カラコロ広場近くの「紺屋小路(こうやしょうじ)」は別名が「ハートの石畳」です。平成8年、京店周辺活性化事業の一環として片原地区と東茶町地区の民家2軒が立ち退きをして誕生した小路ですが、その名の通り大小2つのハート形の石が浮き出た石畳ハートの敷石が配されています。NHKドラマ「ばけばけ」効果でしょう、松江の町中は観光客であふれかえっています。カラコロ工房の真正面、カラコロ広場近くの大橋川京橋川に挟まれた京店にある「紺屋小路(こうやしょうじ)通り」にある有名な縁結びスポットを探して観光客がたくさん歩いておられます。かつて、この界隈には堀川の清らかな流れを利用した染め物を生業とする「紺屋」(こうや=藍染などの染め物屋)が数軒あって繁栄していたのが名前の由来です。南北に細い小径が幾筋もあったそうです。

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 無意識に歩くと、何気なく通り過ぎてしまうような石畳の普通の路地なのですが、実はここにちょっとした仕掛けが隠されています。ここの石畳通りの石には、大小二つの「幸福のかくれハート」が刻まれているのです。石畳に割と大きなハートが浮き出ています。そして30mくらい離れた場所にもう1枚少し小さめのハートの石畳があります(写真上)。大きな方のハートは小径の真ん中付近にあるので、割と簡単に見つかるのですが、もう一つの小さい方は通りの隅っこのほうにひっそりとあるので、なかなか見つけるのに苦労します。私もなかなか見つけられませんでした。この小さな方のハートの上に女性が立って素敵な男性との出会いをお願いしたら、もう一つの大きな方のハートを最初に踏んだ男性と結ばれると言われているそうですよ。ロマンチックな噂の舞台がここです。縁結びのパワースポットになっています。♥♥♥


【補足】 NHK朝ドラマの「ばけばけ」効果もあってか、松江市には、ものすごい数の観光客が押し寄せています。日本鉄道大賞・グッドデザイン賞をとった話題の新型「特急やくも」や、「寝台特急サンライズ」も満席で、市内のホテルは満室です(大地震で大きな影響は受けましたが)。海外からのお客さんも多いようです。特に国宝・松江城の近くを自転車で通ると、人気の凄さが分かります。そんな松江市にはハート(♥)が満ちあふれているんです。長年松江市に住んでいながら、ご存じない方もたくさんおられますので(私もかつてそうだったんです)、私がいつもお客さんをお連れする「松江は♥づくし」をご紹介したことがあります。市内にある全てのを特集した記事です(⇒コチラをご覧ください)。

■松江市内の主な観光施設の入り込み客数(2025年)※( )内は対前年比

◎国宝松江城     42万1,404人(104.8%)
◎八重垣神社     24万3,318人(116.1%)
◎由志園       23万4,690人(105.2%)
◎松江歴史館     20万5,045人(147.5%)
◎堀川遊覧船     19万7,185人(103.7%)
◎松江フォーゲルパーク18万5,497人 (96.1%)
◎小泉八雲記念館   14万2,530人(165.2%)
◎レイクライン    13万6,811人(140.6%)
◎小泉八雲旧居    10万3,476人(258.4%)
◎武家屋敷       6万6,150人 (96.3%)
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ダイアーの例え話

 子猫が自分のしっぽをつかまえようとしているのを見て、大きな猫がこう尋ねた。「どうして自分のしっぽをつかまえようとするの」子猫が答えた。「猫にとって一番大事なのは幸せで、その幸せは僕のしっぽだってことがわかったんだ。だからつかまえようとしているの。しっぽをつかまえたら、きっと幸せになれるんだ」するとその年取った猫が言った。「坊や、私もそういうことに関心を持ったときがあった。私も幸せは自分のしっぽにあると考えた。けれど、気がついたんだよ。しっぽは追いかけると決まって逃げていく。でも、自分の仕事に精を出していると、しっぽは私がどこへ行っても必ずついてくるみたいだよ」     (ウェイン・ダイアー)

 この例え話はとても示唆的です。成績を何とかして上げたい、上げたいと思っているうちはなかなか上がらない。無心で頑張っていると、いつの間にかスーッと成績が上がっている。お金も同様。貯めよう、貯めようと欲を出しているうちはなかなか貯まらない。お金を欲しがらなくなった途端に、必要を満たすだけのお金が入ってくるようになるのです。何も期待しないで人にあげればあげるほど、思わぬ形で自分に返ってくる。そんな体験を私は山ほどしてきました。生徒たちには、「一度こだわりを捨ててみては」とアドバイスすることにしています。このネコの例え話はウェイン・ダイアー『自分のための人生』(三笠書房)に出ていました。訳者は、学生時代から尊敬する故・渡部昇一先生です。松江市にお越しになった時に、知人を介して、初めてお会いすることができ、その後、『ライトハウス英和辞典』の推薦文まで書いていただき感激でした。無心で頑張っていると、思わぬ人がこういうチャンスを与えてくださるんです。

 尊敬する故・藤本幸邦老師(曹洞宗・円福寺)の言葉「お金を追うな、仕事を追え」も同様のことを述べたものです。「お金、お金」とお金を追いかけているうちは一流にはなれません。もちろん、お金を全く稼げないというのもまた一流ではありませんが、「良い仕事をして、その結果、お金を稼ぐ」という気持ちを持つことが大切です。この順番が大切なんです。もっと言えば、お金を稼げるくらいの良い仕事をしなければならないのです。良い仕事を通じて周りの人に喜んでもらい、さらにそれをもっと工夫して、多くの人に喜んでいただく。そうすれば、仕事は間違いなく楽しくなってきます。それが仕事に対する正しい考え方だと私は思っています。良い仕事を一生懸命追いかけていれば、お金や地位や名声などは後からついてくるものです。私もその思いで、今までずっと誠心誠意仕事をしてきました。お金に執着することは一切ありません。私は人にご馳走することも多いのですが、本当に不思議なことに、おごってあげた後には、思いもかけないところからそれ以上のお金が転がり込んだりします(最近もそうでした)。とにかくいい仕事を追いかける。これに尽きます。お金に執着しないことです。

 私の生き方の大きな支柱となっているものに、「たらいの法則」があります。 水を張った「たらい」で、自分の方に水を寄せようとすると、 返って反対側に行ってしまいますね。逆に自分の反対側に水をやると、しばらくすると自分のほうに返ってくる。同じように、「自分が、自分が」という気持ちが強いと、逆にあまり自分は得をしない。相手にただ奉仕をする気持ちになると、巡り巡って自分のためになる、 というものです。これは私の大好きだった経営者・故・稲盛和夫(いなもりかずお)さんの「利他の心」の実践版です。

 おまえ、ここに水が入った盥(たらい)があるだろう。両手でその水を自分の方へ左右から送ってごらん。水は初め、自分のところに集まるけれど、すぐに自分の手元から離れていく。反対に、水を左右に送ってみなさい。水はおのずと自分の方へ集まってくるだろう。自分の幸せばかり考えているとな、その人の幸せはどこかへ行ってしまうのだよ。だから人が喜ぶようなことを、無理せず、少しずつ積み重ねていくことがとても大切なんだな。これを「損して得取れ」と言います。

 たらいに大きな水を張る。手前から人差し指一本で水を向こうに押しやる。水の波紋は途中で消えてしまう。それでも、ただひたすら押し続ける。やがて、波紋は大きくなり反対側の壁にぶつかって自分に返ってくる。与えて、与えて、それでも与え続けること。それはすべて自分のためになる…。そんな生き方をしなさい。

 こんなところから私の人生哲学である“Give  and give”は生まれました。人に喜んでもらうと、いつかは自分に返ってくるんです。もちろん裏切られることもたくさんあるんですが、それはまたそれでいい勉強と思って。見返りを期待するのではなく、人を喜ばせる」ことを目的にしていると、いろんなところで思いもかけずに助けてもらうことも多いみたいですよ。各所の研究会で私が長年苦労して作った資料を、惜しげもなく差し上げると、先生方はとっても喜んでくださいます。「いいんですか?こんなにいただいて」「お土産の資料は本当にすばらしく無料で本当にいいのかという内容です」と。全国の先生方が、喜んでくださったことが、巡り巡って私の元に返ってくるのです。次の言葉は田辺昇一さんの私の好きな言葉です。♥♥♥

 仕事につく動機はさまざまである。日々の糧を得んがために働くとか、何か欲しいものを手に入れたいために働くとか、仕事を手段に考えている時期がある。仕事を手段に考えておれば、仕事に身が入るわけがない。仕事そのものが好きで、仕事を愛し、仕事を生涯の目標として考えると、自分と仕事が一体となる。仕事を通じて、自分が大きくなり、自分の成長が大きな仕事をさせる。仕事が自分の中心になれば、時を味方にして、仕事が人間をつくる。

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ラーメンもっと~長砂店

◎週末はグルメ情報!!今週はラーメン

 今日は米子市の老舗ラーメン屋「ラーメンもっと~長砂店」(11時~16時30分)にお邪魔してきました(米子のラーメン史を紐解くと「ローダン」のラーメンから枝分かれしたラーメン屋さんで、世間によくある「元祖」と「本家」みたいな感じではないかと思います)。のれんをくぐり店内に入ってみると、温かく店主さんが迎えてくれました!(いらっしゃいませ~)ん?お店の雰囲気が何かちょっと違います。そう、ここの「ラーメンもっと~」さんは店主さんが女性の方なんです。男性のお客様はもちろん、女性のお客様も気軽に来れそうです。席はカウンター席のみとなっています。

 早速「醬油焼豚ラーメン」(950円)を注文します。一口食べてみて、あ、これ「ローダン」のラーメンとおんなじ味だと感じます。特にこれといって何かに特化したラーメンではありませんが、全体として美味しく、飽きのこないお味です。スープと麺のやさしさが心と胃袋に沁みます。身体にスーッと浸透してくる奥深い味が長年にわたり愛されている秘訣ではないかと思います。ラーメンは「麺」「スープ」がいのちですので、焼豚にはさほどこだわりませんが、米子駅前の「ローダン」では、焼豚を食べることも楽しみの一つにしていました。あの脂身がトロトロっととけて赤身にまとわりつく食感はとろけそうになります。ここでしか味わうことのできないお味です。

◎ローダン米子駅前店閉店!

 ついでながら、「ローダン」と言えば、米子市「ローダンのラーメン 米子駅前店」が、2026年2月22日(日)をもって閉店しました。BSSテレビの「テレポート山陰」のニュースで閉店当日の様子をレポートしていましたが、大行列だったようですね。店頭に掲示されたお知らせによると、長年の営業に感謝の言葉が添えられています。長年市民に親しまれたお店がなくなるのは寂しい限りですね。1993年から33年間も続いたお店です。屋号の由来は、考える人の「ロダン」「ローラン」を足した造語だそうです。

 

私はもう長年この米子駅前の「ローダン」に通っていました。カウンターだけの狭~いお店で、10人入るともういっぱいになります。いつも順番待ちのお客さんが椅子にかけて待っておられましたね。老夫婦が阿吽の呼吸でやっておられたお店でしたが、この物価高、ご高齢の奥様の膝に金具を入れて長時間の立ち仕事を頑張ってこられたのももう限界であること、築年数による改装問題、などが閉店の理由のようです。ここでは私はもっぱら「醤油焼豚ラーメン」を注文します。お昼どきはライスも無料になります。スープは鶏ガラと豚も使っています。澄んだコハク色で、チョット塩っぽい系なんですが、あっさりと大好きな味なんです。黄色がかった中細の縮れ麺は最後まで伸びる事なく、美味しく頂けます。上にたっぷり載ったモヤシ(根や黒い種の殻を丁寧に取った細モヤシ)が、味の濃さを調節してくれる気がします。メンマとネギがトッピングです。中でも私が大好きなのが、ズラッと並べられた焼き豚(チャーシュー)です。ばら肉部分で脂身が甘く、しっかりと濃い味付けです。結構甘く&しょっぱいんですが、何故か癖になる旨さがあり、時々無性に食べたくなるんです。これからはこのラーメンを食べに「ラーメンもっと~」に来ることにしましょう。♥♥♥

▲長い間お疲れ様でした

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