comfortably

    イギリスでの銀行スキャンダルを報じたレポーターが、次のように言っていたのを面白いと思って、すぐにメモしておいたのはもうずいぶん前のことでした。オヤッ?と思ったのですが、当時は、そして現在も、辞書への収録を見たことはありません。

   This was comfortably the worst crisis the bank has ever had to face.

どう考えてもcrisis(危機)comfortably(快適に)だなんてオカシイですよね。その後も、Cannes film festival roundup: ‘Comfortably the worst competition that I can remember’/ We are comfortably the worst team to support in the league right now./ Comfortably the worst museum in Amsterdam.などといった表現例を見ました。いろいろと調べてみると、最上級the worstと共起することが多いことが分かりました。ある状況や物事がその分野で最も悪い、確実に最悪、間違いなく最悪といったニュアンスで、強い確信や自信を持っていることを示します。このように、英語の副詞もなかなか奥が深く(その割には辞書での扱いはおざなりです)、一筋縄ではいきません。つまずくことが多いのです(⇒副詞の難しさに関する私の解説はコチラ)。

 comfortably the worstというフレーズは、通常、何かが非常に悪い状態であることを表現する際に使われます。他の選択肢や競争相手よりも圧倒的に最悪であることを強調する表現です。直訳すると「快適に最悪な」という意味になりますが、ここでのcomfortablyは、「余裕で」「際立って」という意味で使われており、実際には以下のようなニュアンスを持っています:

●非常に悪い状態: 特定の状況や物事が非常にひどい状態であることを強調する言葉です。例えば、ある商品が「comfortably the worst」だと言われると、その商品は非常に悪い品質であることを指します。「この小説は私が過去に読んだ中でcomfortably the worstの部類に入る」と言えば、中でも最悪な部類だと言っているのです。対象が最悪であることに対して、何の疑いもなく、他のどの例よりも悪いと断言しているのです。

●比較的に他よりもひどい: 「comfortably」は通常では、快適や楽な状態を表す言葉ですが、ここでは逆に、「最悪な状態でありながら他よりも悪さが際立っている」という強調した意味合いで使われています。

完全に他を凌駕して最悪である: 他の選択肢や競争相手よりも、顕著に最悪であることを指します。例えば、競技の中で「comfortably the worst」と言われる選手は、他の選手と比べて著しく成績が悪いことを意味します。このフレーズは、文脈によっては軽い冗談や皮肉やユーモアの要素が含まれることもありますが、基本的にはその物事が他に比べて明らかに最悪であることを表現します。このフレーズは、比較的形容詞名詞に対して使われることが多く、その文脈に応じて最悪である理由や状況が強調されます。♥♥♥

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心情を表す表現

 今までたくさんの学校で生徒たちを教えてきましたが、英語の勉強をする際に、何か暗号の記憶か、電話番号でも暗記するかのような態度の人がずいぶんいました。とても無駄な事だと思います。これでは決して英語が得意になることはできないでしょう。例をとってみましょう。次の熟語を別個に一つ一つバラバラに覚えていきますか?それとも…?

■be afraid of~(~が恐い)
■be fond of~(~を好む)
■be proud of~(~を誇りに思う)
■be  ashamed of~ (~を恥じている)
■be sure of~(~を確信している)
■be ignorant  of~ (~を知らない)
■be certain of~(~を確信している)
■be convinced of~(~を確信している)
■be sick of~(~にうんざりしている)
■be tired of~(~がいやになっている)
■be doubtful of~(~を疑っている)
■be weary of~(~に飽き飽きしている)
■be suspicious of~(~を怪しんでいる)

 何か気が付くことはありませんか?そうです。上の全てが前置詞ofをとっていますね。そしてその意味をよく観察してみると全て「心情」を表す表現のようですね。オッ、どうやら「心情」を表す表現の時はofを取ることが多いのだな、と推測できれば随分記憶の負担が楽になります。すると今度は「なぜ心情を表す時にはofを取るのだろう?」という当然の疑問が湧いてきますね。日頃からこういった勉強の仕方をしている人はどんどん力がついてきます。勉強にも「方法」があるのですネ。授業では、そのような「効果的な勉強の仕方」を伝授するように心がけている八幡です。

  学校は勉強しに来る所ではない。「勉強の仕方」を学ぶ所だ ―さだまさし

     生徒が一番苦労している「単語の暗記」も、「アタマ・オナカ・シッポ」に分解してやることで、「丸暗記」よりもはるかに効率的に記憶の隙間に残すことができます。勝田ケ丘志学館で創設時から使用している『必携英単語 LEAP』(数研出版、2018年)には、このような語源情報が満載です。かつて松江北高現役時に、受験に必要な英単語を生徒たちに何とか効率的に覚えてもらうために工夫をしようと、毎日昼休みに「語源プリント」(1日1項目)を限定100枚で配布したところ、なんと松江北高の職員室前には大行列ができました。これらのプリントを1冊にまとめて、『英単語はアタマ・オナカ・シッポで攻略だ!』(自費出版、2011年)として配布したところ、全国の先生方から「欲しい!」と希望が殺到しました。すでに在庫は全部なくなっているんですが、今でも希望される先生方がおられるので、「センター教材データCD」を製作する際に、オマケとして1冊まるごとPDFファイルで収録しました。プリントアウトして使ってもらっています。

▲プリントを求めて大行列が!!

▲自費出版した八幡の単語本(絶版)

▲こんな風に代表的な「オナカ」を押さえる

 そのために今私が一番オススメしているのが、最新刊のすずきひろし『語源×語感×イメージでごっそり覚える英単語事典』(ベレ出版、2025年)、清水建二『英単語の語源図鑑』(かんき出版、2016年)、竹岡広信『必携英単語 LEAP 改訂版』(数研出版、2024年)の三冊です。♥♥♥

▲これ、とても面白い!!

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Asian

 英語の力をつけるために、生徒たちにはとにかくこまめに辞書を引かせます。最近の英作文の授業で、Asianという単語が出てきました。Asianは、一般に辞典・単語集では「アジアの;アジア人の」という文字通りの意味しか載っていませんが(例えば『アクシスジーニアス英和辞典』『ワードパワー』)、イギリスアメリカでは、この言葉から連想される意味はずいぶん異なっています。アメリカでは、日本・中国・韓国・ベトナムなどの東アジア人や東南アジア人を連想する人たちが多いようです。しかしながら、それに対してイギリス人たちが思い浮かべるのは、インド・パキスタン・バングラディッシュ・スリランカといった南アジアの旧植民地の人たちです。英連邦諸国出身の皮膚の色の黒い人たちです。そのことはスティーブ・モリヤマ『イギリス英語は落とし穴だらけ』(研究社、2016年)にも、はっきりと出ていました。授業では、『ライトハウス英和辞典』(第7版)を引かせて、「《参考》 Asianはしばしば《米》では東アジア(日本・中国・韓国など),《英》では南アジア(インド・パキスタン・バングラディッシュなど)を指して用いられることがある」という注記にマークをさせて注目させます。『ロングマン英和辞典』(絶版)には「アメリカではふつう日本,中国,韓国などの人を,イギリスではふつうインド,バングラデシュ,パキスタンなどの人を指す」とあります。どこかでこの知識が役立つはずです。♥♥♥

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So much for~の理解

 私がまだ教員になりたての未熟な若い頃の話です。何年前?ALTとのティームティーチングで、“So much for today’s lesson.”と言って授業を終えたところ、職員室に帰ってからALTから「その表現を使うと、先生は授業がいやでようやく終わってやれやれだ、という否定的なニュアンスを伴うので、That’s all for today. と言うように」と注意を受けました。まだ当時の辞書・参考書にはそのような情報は全く載っていなかったので、ずいぶんとまどった記憶があります。「あー、そうなんだ」。いろいろ調べた結果、確かにSo much for that subject.と言えば、「その件についてはもう全部話したからもうこれ以上何も言うことはない」という否定的なニュアンスを伴うことが判明しました。最近の英和辞典にある「So much for today! (もううんざりなので[止むを得ない事情で])今日はこれまで」といった用例があると有り難かったのですが。

 So much for~は、期待していたことがうまくいかなかったり、思ったほどの価値がなかったりする時に使われるフレーズです。ニュアンスとしては、「~はもうダメだ」「~には期待できない」「~は終わったも同然」といった少し皮肉や諦めの気持ちを含んでいます。例えば:

  • So much for our picnic. It’s pouring rain.(ピクニックはもうダメだね。大雨が降ってるよ。)

  • So much for his promises. He didn’t keep a single one.(彼の約束は期待外れだったね。ひとつも守らなかった。)

ちょっとしたがっかり感や、見込みが外れたときに使うので、相手によっては少しネガティブな印象を与えることもあります。皮肉っぽく使うこともありますが、カジュアルな会話でよく使われるフレーズです。

 以来、このような辞書には載っていない用法や語法の細部に興味を持ち、いろいろと調査研究を続けてきました。その成果は『ライトハウス英和辞典』(研究社)の各版(最新版は第7版、2024年)の記述に反映されています。そしてできる限りこのブログでも取り上げるようにしてきました。♥♥♥

 so much for Oは不満や失望を表すので、授業の終わりにSo much for today.と言うと「授業は思ったほど成果が上がらなかった」という意となる。授業の終了の意の「おしまい」はThat’s it for today.かThat’s all I have for today.と言えばよい。――『ジーニアス英和辞典』第6版

 …についてはこれだけ(で十分)、…はこれでおしまい《話などを切り上げたり却下するときに用いる》:So much for Bill. He doesn’t care about us after all. ビルの話はこれくらいにしよう。結局彼は私たちのことを何とも思っていないんだから。――『ライトハウス英和辞典』第7版

 

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大はかや

◎週末はグルメ情報!!今週はうなぎ

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 友人の谷 剛(はせつよし)先生と、島根県松江市西浜佐陀町にある「うなぎ料理 大はかや」さんへ行ってきました。長年続くうなぎの老舗名店で、地元の方はもちろん、たくさんの有名人も訪れる大人気のお店です。お店の中には有名人のサインがたくさん貼ってあります。松江でうなぎといえば、誰もが一番に挙げる、昭和22年創業の老舗名店です。松江北高英語科では、毎年高校入試の日には、みんなでここのうなぎを食べて採点に精を出すのが恒例でした。よく私の自宅で先生方に来ていただいて、学年会や校務部会をやっていましたが(家が北高のすぐ近くなんです)、いつもこのお店から「重ね二段」(底から順番にご飯・鰻・ご飯・鰻と重層になっている鰻丼)を配達してもらっていたのも懐かしい思い出です。今は人手不足ということで配達はしてくれません。あの頃から比べると、うなぎもずいぶん値段が高くなりましたね。

 先般、島根県民会館で開催された「さだまさしコンサート」のステージ上で、さださんが「松江でウナギを食べてきた、とても美味しかった!!」と言っておられたので、私はてっきりこの「大はかや」で食べられたものと思っていました。そこで店員の方に聞いてみると、「来られていない」と言われます。さださんがコンサートに訪れたのは日曜日のことでしたので、ここは日曜日定休日でした。はて、いったい松江のどこのうなぎを食べられたのでしょうか?謎です。

 場所は松江市の宍道湖のほとりにあります。一畑電車「イングリッシュガーデン前󠄂駅」の真ん前を歩いて5分の所です。お隣が「イングリッシュガーデン」(現在休園中)で、かつてはここを訪れては数々のお花で心を癒やされてから、いつもお昼ご飯を「大はかや」で食べて帰っていました。手元の手帳の記録を見ると、四年ぶりの訪問です。

▲左が本館、右が新館

 本館新館があり、いつもは本館のお座敷で食べているのですが、足・膝が不自由なので、今日は初めて新館の椅子席で食べました。朝の10時から開いている人気店ですので、お客さんでいっぱいです。現役の頃は、二段重ねでいただいていた私ですが、年をとるともう量的にムリです。当時からはうなぎの値段もずいぶん高騰していますね。

 ウナギを一切れ摘まみあげると、かなりの肉厚で、背開きになっています。口に含むとジュワッーと脂とともに炭火の芳ばしさが広がります。タレも実に美味しい。「ウナギ・タレ・ごはんが三拍子揃ってはじめて美味しいうな重となる」のです。「肝吸い」もいい味をしています。食べ進んでいくうちに、口の周りが脂でシットリしてきます。まるでステーキ丼を食べているような感じですね。疲れがこれでいっぺんに吹っ飛んで、元気(パワー)が出ました。♥♥♥

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小田和正ツアー開始

 大好きなシンガーソングライター・小田和正(おだかずまさ)さん(77歳)の待望の全国ツアー<明治安田Presents 「KAZUMASA ODA TOUR2025 みんなで自己ベスト!!」>が、5月1日(木)静岡エコパアリーナを皮切りにスタートしました。77歳ですよ。77歳!!世間ではジジイです。私はこんなジジイになることを目標としています。同ツアーは全国13か所、28公演、31万人の動員をする全国アリーナツアーとなります。77歳7か月での全国アリーナツアーを行うのは、2年前(75歳)に開催した自身の記録を超える“史上最年長記録を更新する”全国ツアーとして新たな歴史を刻むこととなりました。まさに「自己ベスト」ですね。ライブでは親子2、3世代でのファンも目立ち、関係者は「キャリアの中で今が一番チケットが取れない」と言います。

 当日は、会場に集まった8,000人の観客の前に、若々しい白いYシャツ姿(背中にはALL TOGETHER(みんなで一緒に)の文字が)の小田さんが登場すると、大歓声が上がりました。この日を楽しみに待っていたという気持ちの大きな拍手に、小田さんが応えるように1曲目がスタート。ミラーボールが輝く中、ステージ全体を巡る小田さん、そして場内の大合唱。早くも1曲目とは思えない盛り上がりを見せます。「こうしてみんなに会えることを非常に嬉しく思います。どうもありがとう」とお礼を述べ、「僕の今日のテーマは最後まで転ばないでたどり着くこと」とお茶目に笑い、会場を沸かせました。小田さんの歌声に合わせて「頑張って!」の掛け声が客席から飛ぶと、「『頑張って』って言われるということは、どこか頑張ってないってこと…?頑張りま~す」とおどけながら応えてみせました。代表曲「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロが流れると、8,000人は総立ち。客席をぐるりと1周する200メートルの花道を大手を振ってかっ歩しながら、一人一人に手を振り合唱をあおりました。2年ぶりのツアーの開幕です。オフコース時代も含む15曲がシングルという豪華なセットリストです。年明けから曲を選び、体力づくりのために週2回ジムに通うなど、入念に準備してきたとのこと。

 ツアーは今後10月1日まで5ヶ月間にわたり全国13カ所28公演を行い、巡業中の9月には78歳の誕生日を迎えます。前人未踏の78歳1ヶ月でツアーを完走する覚悟です。「最後までツアーを完走できるように頑張ります」と自信なさげな言葉とは裏腹に、ライブでは花道を走り回り、年齢を感じさせないあのハイトーンボイスを響き渡らせていました。数年前から週2ペースでジム通いを欠かしておらず、年齢を感じさせない無尽蔵の体力で、約2時間のステージをやり切りました。小田さんの事務所関係者によれば、「ちょっと前までは年齢の割には若いねって言われたこともあったけど、今は年相応になりました」と、体力面での衰えを否定しません。ちょっと前に病院に行かれた時に、先生に「大丈夫です。もっと身体をいじめてください」と言われました。

 「新しい曲を持ってみんなに会いに行く」と、小田さんが毎回コンサートの度に全国のファンと約束していた通り、ライブは昨年11月にリリースしたばかりの『自己ベスト-3』に収録された新曲「その先にあるもの」「すべて去りがたき日々」の初披露や、小田さんのライブでは欠かせない「ラブ・ストーリーは突然に」「たしかなこと」「言葉にできない」などの人気曲も含めベスト的構成で全20曲が披露されました。オフコース時代のヒット曲「Yes-No」では感極まったのか、言葉に詰まって目頭をおさえる場面もありました。自身の記録を超える“史上最年長記録を更新する”全国ツアーの華々しい幕開けとなりました。同公演は、10月1日(水)に横浜アリーナ公演でファイナルを迎えます。ステージに立ち続け、ファンと向き合う喜びと感謝をかみしめている小田さんです。♥♥♥

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「万葉公園」

 湯河原に故・西村京太郎先生をお訪ねした際に、少し時間があったので、千歳川の渓流沿いに広がる湯河原随一の公園、「万葉公園」に回ってみました。特別に大きいわけではありませんが、敷地内に滝や神社、足湯、カフェなどが詰まった魅力あふれる場所です。原生林も豊かで、秋には渓流沿いに咲き誇る紅葉が圧巻の場所です。町の中心部からほど近い場所に緑豊かな自然の風景が広がっています。この湯河原の町は国木田独歩がこよなく愛した場所です。今日は、湯河原観光で必見の「万葉公園」を紹介します。 

 公園の入口には、「文学の小径」と表示のある短い石のトンネルがあります。トンネルを抜けると、目の前に現れるのは「万葉公園」名物の滝。少し進むと滝がもう1本あり、小さいながらも水が落ちる音がとどろいて迫力満点です!滝の周りは空気が澄んでいて清涼感があり、11月下旬から12月上旬頃には、紅葉も楽しめます。

 公園内には、渓流に沿って「川の道」が整備されているので、公園の奥まで散策が可能です。川の流れをすぐそばに感じられますよ。渓流は、流れが速くて迫力ある場所があったり、澄んだ場所があったりと、表情が豊かで散策中も飽きることはありません。川の道の足元にはさまざまな草花も茂っているので、観察してみるのも楽しいです。ベンチに座って川を眺めるのもおすすめです。

万葉公園2

 川の道にはベンチが設置されていて、散策の途中でベンチに腰掛けて川の流れる音や鳥のさえずりに耳を傾けると、心がやすらぎます。川の道から短い階段を登ると、木々に囲まれた小屋のような場所も。隠れ家のようで、自然の中でまったり過ごすにはうってつけです。木々と渓流、滝を見渡せるのでフォトスポットとしてもおすすめですよ。

 公園の奥にある小川では、毎年春に地域住民によって近くの小屋で飼育されたゲンジボタルを、地元の小学生が放流するという行事があります。毎年5月下旬から6月中旬まではホタルを観察できる「蛍の宴」が開かれています。

万葉公園4

公園内に鎮座している「熊野神社」。約350年前の宮上村(今の湯河原町宮上)の明細帳には「湯権現」と記されています。熊野神社は、紀伊の熊野本宮から分けられたと言われていて、かつて本宮の大社があった大斎原(おおゆのはら)の名称にちなみ、「ゆの(湯の)」守り神とされているのだそう。地域では古くから、源泉と生命、健康を守っていると考えられています。

万葉公園5

 熊野神社の境内に足を踏み入れると、手水舎から湯気が立ち上っているのが分かります。なんと、湯権現らしく温泉の源泉!柄杓で湯をとって手にかけてみると、気持ちの良い温かさでした。泉質は、ナトリウム、カルシウム-塩化物、硫黄塩で、「傷の湯」として親しまれているそうです。

 公園内にはもうひとつ神社があります。5つ連なった赤い鳥居の先にある「狸福(りふく)神社」です。鳥居をくぐると、3体のタヌキの石像がお出迎え。それぞれ顔つきや立ち方が違うので、見比べてみると楽しいですよ。実は、「狸福神社」のいわれにもタヌキが関係しています。

 昔々、怪我をしたオスダヌキが傷を癒すために湯河原の湯に浸かっていると、怪我をしたメスダヌキに出会いました。湯で仲を深めた2匹は夫婦に。湯河原温泉への感謝を込め、人に化けて湯の素晴らしさを説き旅人の願いを叶えるうちに、福をもたらす神の遣いとなりました。鳥居の近くに詳しい言い伝えが掲示されているので、ぜひ目を通してみてくださいね。♥♥♥

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「~ください」

 木村治美(きむらはるみ)さんの『黄昏のロンドンから』(文藝春秋)というエッセイ本をご存じでしょうか?昭和52年、「第8回大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞した処女作です。著者は英文学者の木村治美さん。旦那さん(心理学者の故・木村駿さん)のイギリス留学に伴い、ご家族4人でロンドンに8ヶ月間滞在した経験が綴られたエッセイ集です。木村先生は当時千葉工業大学助教授で、一年間の大学休職を取って渡英されました。そんな時に、東京教育大学・英文科の恩師であった故・外山滋比古(とやましげひこ)先生「ロンドン通信」を書くように勧めてくださいました。「私の何か書きたいという気持ちと、先生の何か書けるんじゃないかという気持ちが同機でした」(木村)。そのロンドン通信が雑誌『英語文学世界』に連載され、処女作へと結実し、その後も旺盛な執筆活動を続けてこられました。私は教員に成り立ての若い頃、この本を読んで、その鋭い観察眼と美しい日本語に魅せられ、この人の文体を真似ようと必死で写し取っていた時期があります。知性とユーモアにあふれ、読者を引き込んでしまう魅力がありました。

 こんな美しい文章を書かれる木村先生のお師匠さんである外山先生とは、いったいどのような人物なのか?と興味を持ちました。そこから外山先生の文章を読むようになりました。外国語を学んだ人の日本語がこんなにも美しいものなのだということを、この人の文章で知りました。以来、私は外山先生の美しい文章をほとんど読んできました(⇒コチラをご覧ください)。中でも『思考の整理学』(ちくま文庫)は名著中の名著で、累計発行部数295万部を突破しています。「東大・京大で最も読まれた本」、「読まれ続ける「知」のバイブル」という口コミ宣伝で、米子東高校でも入学前に読んでくるようにと、新入生の課題図書となっていたくらい発見の多い本でした。

 私が最近読んだ先生の『新版 本物のおとな論』(中央公論社、2022年)では、意外な発見がありました。

 高学歴化社会である。同世代の50パーセント以上が大学へ入る。95パーセントが高等学校へ行く。“高等”という文字が空しくなっている。
 かつて、といってもそんな昔のことではない。戦後しばらくのころまで、高校へ進学するものは限られていた。大学へ入るものは数えるほどであった。
 高学歴化して、ことばづかいを知らない人が急増した。おかしなことばが流行しても、それをとがめる人もないまま、どんどん広まる。
 電車にのると、アナウンスがうるさい。
 “かけ込み乗車はおやめください” “ケイタイ電話の電源はお切りください” “網棚の荷もつにもご注意ください”
 “ください”ということばが、ていねいな言い方だと思っているのである。とんでもない誤解である。
 “ください”は命令形である。……せよ、といった命令形よりはていねいだが、目上の人には使えないことばである。電車の乗客には、使えないことばである。それを知らない人が。ください々ことばを乱用させたのである。
 悪気があったのではない。知らないのである。
 もともとは、主人や主婦が、お手伝いにものごとを命じるときに使ったのが、くだ
さいである。“しなさい”よりはていねいだが、見おろしたことばづかいである
 学校はことばを教えるけれども、ことばづかいは教えない。文字の読み書きばかり勉強するが、口のきき方などテストもできないし、点もつけられないから、教える教師はほとんどいない。だいいち教師も、ロクに口のきき方を知らないのである。授業のことばは沈黙のことばである。話すことばは声のことばである。
 学校に長くいればいるほど、ことばづかいがおかしくなる。方言でも、ことばづかいを心得ている人のことばは美しいが、親が都市へ出てきたという都会二世は、まるきりことばづかいのしつけを受けないということもありうる。
 “ください”を平気で使っているのも、そういう人たちである。(pp.81-83)

 こんなことは私は今までちっとも知りませんでした。お恥ずかしい。「~ください」は丁寧な言葉だと思っていましたから。勉強になります。♥♥♥

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権藤さんの解説は違う!

 5月30日(金)のプロ野球巨人―中日戦のフジテレビ2の解説は、権藤 博(ごんどうひろし、86歳)さんでした。この解説が実に面白かった。当日のネット上では「わけのわからない解説」と炎上していましたが、他の解説者とはレベルが違います。巨人打線が手も足も出ないくらい好投していた大野雄大投手井上監督がスパッと代えた際に、「自分なら代えない。巨人打線が全然合っていないのだから。見ていてご覧なさい。流れが変わりますよ」との予言通り、巨人打線に火が付き逆転勝利でした。「なんで代えるんだ、という顔をしていますよ、大野は」と、ピッチャー出身監督らしく大野投手の心理を代弁していました。解説の中で、1球1球ピッチャーの投げる球を予測するんですが、これが面白いようにドンピシャリと当たる。さすがです。通り一遍の解説者が多い中、ひと味もふた味も違う面白い解説でした。

 権藤さんと言えば、来る日も、来る日もマウンドに立ち続け、権藤、権藤、雨、権藤…』と言われ、流行語にもなりましたね。1961年、中日の新人投手だった権藤さんはひたすら投げまくり、35勝を挙げ最多勝、新人王、沢村賞、ベストナインなど賞を総なめにしました。翌年も30勝をマークしますが、登板過多は確実に彼の肩を疲弊させました。実働5年で終わっています。権藤さんを最後に、年間35勝以上の投手は出ていません。当時を振り返り「時代も違うんですよ。我々が投げてる時は、監督はみんな戦争帰りの人ばっかりなんですよ。弾をかいくぐって、帰ってきた人ばかりですから、投げて、次の日に『ちょっと、肘が痛い』と言ったら、『何? 肘が痛い? たるんどる。命までは取られはせん』のひと言ですからね」と回想しました。権藤さんは「そりゃ、弾をかいくぐって、帰ってきた人たちからしたら、肘が痛いとか、肩が痛いっていうのはたるんどるのひと言ですよね。だけど、そういうことは通用しないんですよ、今はね」と話しました。5月6日には、徳光和夫さんの「プロ野球レジェン堂」にゲスト出演し、当時を懐かしく回想しておられました。

 権藤さんが口を酸っぱくして言われるには、野球中継の最後の「ヒーローインタビュー」が面白くない。「みんながチャンスを作ってくれたので返そうと思った」「打者が点をとってくれたので、抑えようと思った」そんなこと改めて聞かなくても分かる当たり前のことですね。「ファンのみなさんの声援のおかげで打てました」声援で打てるくらいなら、簡単なことでしょう(もちろんファンの声援に感謝することは重要ですが)。そしてインタビューの最後はいつも判で押したように「応援よろしくお願いします」です。全く面白くない。「企業秘密まで話してくれとは言わないが、もっと技術に触れて欲しい」権藤さんはおっしゃいます。チラッとでいいから技術を語ることで、やっぱりプロはすごいやと勝負の迫力を伝えて欲しいと。昔はすぐウソと分かる話をする選手もいて、それはそれで味があって面白かったと言います。誰もが口にすることのない権藤さんの鋭い指摘に感心したところです。確かに、権藤さんのテレビ解説は滅法面白い。「見ててご覧なさい。こうなりますから…」と予言すると、本当にそうなるので、流石ということになります。言われることが実にユニークです。野球解説者で面白いなあと感じさせてくれたのは、他に落合博満(おちあいひろみつ)さんと野村克也(のむらかつや)さんぐらいでしょうか。要は、野球をよく勉強しているから、自分なりの理論を持ち、人とは違った視点での野球の捉え方ができるんですね。当たり前のことをしゃべっている「解説者」が実に多いのですが、、それは解説とは呼びません。野村さんが解説者時代にどれだけ苦労して勉強されたかは、数々の著書から感じ取ることができます。「プロのすごみ」をきちんと伝えることのできる解説が聞きたいな~。♥♥♥

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おもしろおかしく

 京都を本拠地とする堀場製作所は、高性能な測定分析・計測機器の開発、製造、販売で有名な世界的な企業ですが、もう一つ有名なものがあります。それは「おもしろおかしく」というちょっと変わった社是です。そのユニークさゆえに多様なメディアから「どんな意味だ?」「社員はどう理解しているのか?」などと大きく話題にされてきました。この社是が制定された1978年(キャンディーズの解散、サザンオールスターズがデビュー)からもう40年以上が経っていますが、堀場製作所はこれからも「おもしろおかしく」でいくのでしょうか?

 堀場製作所は分析・計測機器の総合メーカーとして、自動車、環境・プロセス、医用、半導体、科学という5つの分野に事業を世界展開しています。普段の生活の中ではあまり見かける機会はないかもしれませんが、農業から宇宙開発まで、人々の暮らしを支えるあらゆる場面で、堀場製作所の製品や技術が大活躍しています。そんなHORIBAの社是は、「おもしろおかしく」です。一風変わった印象を受けるかもしれませんが、この社是には、創業者である堀場雅夫(ほりばまさお)のさんの強い思いが込められています。

 おもしろおかしく仕事をしたら人の半分も疲れません。効率は倍になります。サラリーマンは生活時間の大半を仕事をして過ごすのですから、いやなことをして過ごすのは人生がもったいない。

 人間の行動力はものすごく幅が広くて、同じ人間でもやる気を起こしている時と、そうでない時とでは全く違うのです。例えば、上司から「君、これをしなさい」と言われた通りの仕事をしている場合と、「自分でその仕事がやりたかった」という場合では、実測データで3倍とか4倍、能率が違うといいます。面白く仕事をしている場合、与えられた仕事を単にやっている場合に比べて、疲労度が2分の1から5分の1ぐらいだというデータもあります。したがって、「おもしろおかしく」仕事をすることは、ただ精神的にいいというだけでなく、会社にとっても3倍も能率が上がり、3人分の仕事が一人でできるということになるのです。実際、面白い仕事をしていたら徹夜でもへっちゃらです。私は若い頃、辞典の編集作業をしている際には、ほぼ毎日徹夜の連続でしたが、翌朝の学校でも授業、校務、部活動の指導と全然平気でした。

 会社で働く場合、私たちは人生の多くの時間をその会社で過ごすこととなります。そうした会社での日常に生きがい、働きがいをもって「おもしろおかしく」過ごすことには絶対的な価値があるはずだ。堀場さんがこのような考えに至るまでには、いくつかの背景がありました。まず一つは、堀場さん自身の人生哲学に基づくものです。1945年、日本が終戦を迎える中、大学で研究を行うことに限界を感じた創業者・堀場さんは、自らの研究を続けるため「堀場無線研究所」を創業しました。そして1953年に「株式会社堀場製作所」を設立し、初代社長に就任しました。国産初のガラス電極式pHメーターを開発するなどして、経営を軌道に乗せていきます。その間何度も資金面での危機があったと回想しておられます。そうした中で、自分が好きな仕事に取り組んでいる時には、時間が経つのも忘れて没頭し、どんどん進めていくことができました。人から言われたことだけをやるのではなく、自分が心からやりたい仕事を創り出し、チャレンジすることで「おもしろおかしく」充実した人生を送ることができると考えたのです。

 そしてもう一つは、医学博士号の取得です。経営者となって10年が過ぎたころ、会社のさらなる発展に向けて、社内で博士号の取得を促進する機運が高まりました。その動きを先導する堀場さんももちろんチャレンジすることとなるのですが、理学や工学の分野ではすでに取り組んでいる従業員が多くいました。どうせなら誰も手をつけていない分野をと考え、医学博士号の取得を目指します。努力の甲斐あり、1961年に医学博士号を取得することとなりますが、その勉強の過程でロジック(論理)では割り切れない人体の仕組みを知ることになります。人間の力はどんな精密機器にも勝る、それならばこうした人の力を何よりも大切にして引きだしていこう。このように考え、従業員が「おもしろおかしく」働ける会社となるように尽力したのです。

 そして1978年、堀場製作所が創立25周年を迎えるタイミングで、「おもしろおかしく」が社是として制定されました。この言葉に込められた堀場雅夫さんの哲学や思いは、今日に至るまで脈々と受け継がれ、現在、HORIBAのおよそ6割を占める海外の従業員へ向けては「Joy and Fun」と訳して共有しています。

 この社是は同社が1971年、大証第二部上場時に証券取引所の理事長から「御社の社是は何か?」と問われた時に、創業者の堀場雅夫さんが考えたものです。「社是というものがいるのか?」と考えた挙げ句の「おもしろおかしく」でしたが、当初、役員会に提示した時は大反対されたと言います。そこら辺の事情は堀場さんの『イヤならやめろ!』(日本経済新聞社、1995年)に詳しく出ています。役員会は、堀場さんの想像を超えた紛糾ぶりになりました。みんな黙り込んで、嫌~ァな感じになっていきました。そのうちに「いくら何でもそれはひどすぎる!」とか「そんなことを言うとお客がモノを買わない!」といった声がどんどん出てきました。反対されればされるほど逆に、「こんないいいものはないのに」という思いが強まっていきます。しゃくにさわって、「こんなにいいことが分からないのだったら役員なんて辞めてしまえ」と言いたかったところでしたが、「おもしろおかしく」を社是にすることに反対されて役員の首を切るなどというのは、およそ「おもしろおかしく」ないので、ずっと我慢していました〔笑〕。その後、1978年にちょうど会社が25周年を迎えたのを機に、社長職を辞して会長に就任する時に、「記念品はいらないからあれを正式の社是にしてくれ」と再度願い出て、ようやく正式に受け入れられたのでした。役員会も「おっさんの言う通りにしなければしょうがないな」ということで、やっと社是に決定されたのです。

 この社是のベースになる思いは、創業者が「人間の可能性」に感銘したからです。物理を専攻していた創業者は起業後、企業としての格を上げるために社員に博士号を取ろう、という号令をかけました。その際に自らも博士号を取ろうと、専門であった物理ではなく医学博士の博士号を取得しています。博士号取得の過程で医学を学び、人間の素晴らしさ、科学ではまだ解明できない人間の可能性に感銘を受けた、と言っておられました。この人間が毎日、会社で10時間近く過ごすのなら、仕事が面白くなければその人の人生そのものが豊かにならない。堀場で働くなら、おもしろおかしく仕事に励み、そういった仕事から生まれた製品を使う人に届けたい」という思いがそこにはあった、と説明しておられました。

 また堀場さんは、「81点のヒット商品」という独自のコンセプトも提案しています。変化の早い業界では、完成度よりもスピードが求められるため、100点満点を求めない方がいいという発想でした。

 創業者で、最高顧問の堀場雅夫さんは2015年7月14日、肝細胞がんでお亡くなりになりました。90歳でした。晩年には世界に向けて「警鐘」を鳴らしておられましたが、その予言通りになってしまいました。悲しいことです。♥♥♥

 「ダイナマイトを発明したノーベル。強力な武器があれば誰も使うのが怖くてけんかをしなくなると考えたと思うが、結局は「戦争の道具」になってしまった。核兵器も同じ。ロシアのプーチン大統領はウクライナ情勢をめぐり、使う準備をしたという発言をしましたね。手に入れたら、使いたくなるのが人間の本能。嫌な感じがしています」

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