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カテゴリー
プロフィール
八幡成人(やわたしげと)
1955年島根県安来市生まれ。英語教師として島根県公立高等学校に38年間にわたり勤務。2015年3月、島根県立松江北高等学校に10年間勤務したのを最後に退職。在任中は、朝は6時半に登校し、図書館で生徒と一緒に勉強に励む。『ライトハウス英和辞典』『ルミナス英和辞典』(研究社)の編集委員を務める。参考書、問題集など著書・論文多数。趣味はカードマジック・クロースアップマジック。自宅の「蔵」には世界中から収集したマジック・グッズ(特にカード)が多数眠っている。小田和正、さだまさし、一青窈、岡村孝子、辛島美登里、西村由紀江、柴田淳、リチャード・クレーダーマンをこよなく愛する。「好きなことをやり、メシが食えて、人から感謝される」(竹内 均氏)職業として教師を選び、「英語は絶対に裏切らない!」を掲げ、英語・読書の面白さを生徒たちに毎日熱く語った。文房具マニア、プロレスファンでもある。2015年6月松江北高に常勤講師として現場復帰。2017年6月より松江北高非常勤講師。2019年4月より米子「勝田ヶ丘志学館」講師。2024年3月松江北高退職。
文脈の大切さ~「よってたかって」?
故人は、1985年の弊社設立から四十余年にわたり「よってたかって作る」を合言葉に、真摯なアニメーション制作を軸とした人を大切にしたエンターテインメント企業を志し、社長の任を果たしてまいりました。
conspicuously
尊敬するデイビッド・セイン先生の『ネイティブが教える英語の副詞の使い方』(研究社、2020年)には、「conspicuously(著しく、目立って)は、どちらかといえば悪いことに使うことが多いようです」とあります。今日はこの記述の真偽について取り上げます。副詞conspicuously自体は必ずしも悪い意味ではありませんが、文脈によっては「悪目立ちする」「不自然に目立つ」というニュアンスで使われることが多い、というのが実態に近いようです。「悪い、不快な、場違いな目立ち方」を表す文脈で使われることが多いのです。基本の意味は、conspicuously = はっきり目立つ形で/人目を引くほど ということで、語自体は 中立で必ずしも悪い意味ではありません。しかしこの語は、「目立つこと自体がマイナス」な文脈でよく使われるのです。特に英語では、「隠そうと思えば隠せるのに、あるいは隠すべきなのに、見え見えである」というニュアンスが根底に漂っています。
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欠如・不足
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不自然さ・批判
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違和感
と一緒に使われることが多いようです。
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He was conspicuously absent from the meeting.(彼は目立つほど欠席していた → 来るはずなのに来なかった→いかにも不自然な欠席だ)
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The report is conspicuously lacking in evidence.(証拠が不自然なほど欠けている)
日本語だと「悪目立ちして」「不自然に」という訳が合うことが多いですね。さらには、 皮肉・批判と相性がよく、書き言葉・フォーマルな文脈で、婉曲に批判する表現として使われやすいです。
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Her silence was conspicuous.
(彼女の沈黙は意味深に目立っていた)
もちろん、良い意味でも普通に使われます。
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She wore a conspicuously beautiful dress.(ひと目でわかるほど美しいドレスを着ていた)
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The company has conspicuously improved its safety standards.(安全基準が明らかに改善された)
ただしこの場合でも、「誰が見ても分かるほど」という客観的な目立ち方を表します。
もし英作文で「悪く聞こえないように」したい場合には、clearly / noticeably / visibly の方が無難なこともあります。結論から言うと、conspicuously は必ずしも悪い意味ではありませんが、実際の用法では、「悪い・不快な・場違いな目立ち方」を表す文脈で使われることが多いというのは事実です。「とても(very)」や「著しく(remarkably)」の代わりとして使うと、意図せず「(悪い意味で)目立っている」「見え透いている」という皮肉に聞こえてしまうリスクがあるのです。
英語では「目立つ」という行為自体が、文脈によってはネガティブに響きやすいのです。特に以下のような場合に使われることが多いからです。
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conspicuously absent(目立って欠席している → 「いないことが逆に目立つ」)
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conspicuously wasteful(あからさまに浪費している)
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conspicuously rude(露骨に失礼)
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conspicuously inappropriate(明らかに不適切)
こうした例が多いため、「悪い意味で使うことが多い」という印象が生まれるのです。He is conspicuously smart.と言うと、「彼は(鼻につくほど)見せびらかすように頭が良い」という皮肉に聞こえる可能性があります。心から褒めたい時は、普通にHe is remarkably/ outstandingly smart.を使うのが安全です。
もちろんポジティブな文脈でも普通に使われます。
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conspicuously brave(ひときわ勇敢)
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conspicuously successful(目覚ましく成功した)
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conspicuously generous(際立って寛大)
つまり、意味自体は中立ですが、ネガティブな文脈で使われる頻度が高いというのが実態のようです。
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“conspicuously” は「目立って」という中立的な副詞
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しかし「悪目立ち」「不適切に目立つ」などの文脈で使われることが多い
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ポジティブにも使えるが、頻度としてはネガティブ寄り
英語の語感としては「目立ち方に話者の評価が入りやすい語」と覚えておくと便利です。♥♥♥
[補足] 社会学の用語で“conspicuous consumption”(誇示的消費/見せびらかしの消費)という言葉があります。これは必要だから買うのではなく、自分の富や地位を周囲に見せつけるために高級品を買うことを指し、一般的に批判的な文脈で使われます。この言葉のイメージが強いために、conspicuous自体に「見せびらかす」「成金的な」というネガティブな響きを感じるネイテイブスピーカーも多いのです。
強い夢は叶う、マジで!
昔さだまさしさんの、あの独特の字で「強い夢は叶う」という屏風状の色紙スタンドを、学校の机に飾っていた時代がありました。さださんがよくコンサートで話されたことに、「強い夢は叶うこともある」という言葉がありました。どんなに願って努力し続けても叶わない夢もあるけれど、願い努力しなければ叶うことはない、ということです。 「夢にむかって努力し続ければ、必ず叶う」というより、はるかに現実的で、私は大好きでした。そのさださんの楽曲に「強い夢は叶う ~RYO National Golf Club~」というのもありましたね。TX系で放送された「石川遼スペシャル RESPECT~ゴルフを愛する人々へ~」の挿入歌でした。最近のミラノオリンピックのスケートの感動的なりくりゅうペアも、大失敗の後の大逆転の金メダルが「あきらめなければ夢は叶う」その典型的な例でした。
以前に、津和野高校の教員住宅に住んでいた時、そして松江に帰ってきてマンション暮らしを始めた時は、膨大な数の本が収まらなくて、段ボールに入れて部屋に積み上げたままにしていたんですね。住んでいるマンションの真ん前の土地がたまたま空いていて(松江北高校区の土地は高くて2100万円しました。地価の安い津和野なら家も建ったでしょう)、これを購入してミサワホームにお願いして家を建てたんです。今から20年前のことです。書庫とお風呂だけは、特注で別途設計してもらいました。膨大な本を全部収納できるように、特注で書庫を設計してもらって、家具屋さんに特別の材木で作ってもらったんです。参考にしたのは、尊敬する故・渡部昇一先生の書庫でした。空調にも配慮した素敵な書庫が出来上がった時には、長年の夢が叶い感激でしたね。本当に「強い夢は叶う」んですよ。個人の蔵書世界一の渡部先生の書庫(15万冊)とは比べることすらできないミニ書庫にすぎませんが、私の長年の夢を実現した書庫でした。本当は仕事場のある二階に作りたかったんですが、本の重量に基礎が耐えきれずに床が抜ける恐れありという診断で、1階に特別のスペースを取って設計してもらいました。ここに入って、ロッキング・チェアに腰掛けながら、本に浸るのが楽しみの一つでした。今は本が増えすぎて溢れ出してしまいましたが。
さらに2017年のことです。私が大好きな水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生がリニューアルされた「特急ハウステンボス」(783系)にどうしても乗りたかったんです。当時からずっと私は、JR九州で水戸岡鋭治先生がデザインされた車両は、全部制覇したいと目論んでいます。その時もこの列車にどうしても乗りたいと思いました。ハウステンボス開園25周年に合わせたリニューアルで、車体はハウステンボスらしい、オランダ王家ゆかりの色でもあるオレンジ色です。夕陽に照らされると、綺麗なオレンジ色がより映えます。外観にハウステンボスマークが至る所に描かれているのは水戸岡流です。でもわずか1編成だけの車両で、1日5往復あったどの列車が、このリニューアル車両なのかがどうしても分かりません。最新の「時刻表」を買って調べてみますが、手がかりは全くありませんでした。ネット情報もいろいろと当たりましたが全部ハズレ。鉄道オタクのブログものぞいてみましたが、古い情報ばかりで役に立ちません。そこで、まずはハウステンボス駅に電話で問い合わせてみました。「情報は公開していないし、毎日運行が変わるので分かりません」というつれない返事でした。博多駅、松江駅も同様です。そこでなじみの教え子が「日本旅行」に勤めているので泣きつきました(彼女にプランしてもらった旅行でハズレは今まで一度もありません)。いろいろと手を尽くしてくれたんですが、一般には公表していない情報ということで、結局分かりませんでした。最悪、1日5便ある列車の発車時刻の度にホームに上がって〔笑〕、新型車両を待つしか手はないのかもしれません。でもこんなことで丸1日をつぶしたくはない。したいことは他にも山ほどある身です。でも乗りたいなあ~。そこで私は考えました。リニューアル当時、しばらくの間は運行予定が公表されていました。それによれば、博多発「ハウステンボス91号」9時9分がそれに該当していました。その時も3連休だから案外そのスケジュールが使われる可能性がある、と踏んで、その列車がハウステンボス駅で折り返すと仮定して、ハウステンボス11時46分発になるはずだ、と自分なりに予想を立てて、この切符を購入したのでした。あとは運を天に任せるしかない、と思いました。さて…?
長崎に出発する前夜、電話で例の教え子から貴重な情報が入ってきました。「JR九州案内センターに今日電話してみたら、今日の運行は教えてくれました。それによれば10時46分発と13時47分発が新型車両でした。先生も当日ここに電話してみれば、調べて教えてもらえるかもしれませんよ」と。よし、一応切符は買ってあるけれど、それなら当日朝一番で電話して、教えてもらえれば、予定変更して新型に乗ろうと思ったのでした。しめ、しめ。長崎で「さだまさし特別展覧会」を見て、「浦上天主堂」と「永井 隆博士記念館」へ歩いて向かう途中で、電話をしてとりあえず「明日の特急の予定を教えてもらえないか?」と問い合わせてみました。電話に出た担当の女性はやはり「公表していない情報なので分からない。明日もう一度電話してもらって、公表できれば教えてあげます」との曖昧な返事でした。翌日、ハウステンボスへ向けて長崎から「シーサイドライナー」で出発します。ラッキーなことにそしてビックリしたことに、この車両も通常の青い列車ではなく、ハウステンボス仕様の素敵な車両(ハウステンボスライナー)でした。まあ、ダメだったらこれで満足して帰るしかないなと思っていたんです。1時間半ほど列車に揺られてハウステンボス駅に到着すると、駅のホームには旧型の真っ赤な「特急ハウステンボス」が止まっていました。たった今博多からやってきたばかりの列車です(この旧型には何度も乗っています)。最後尾から車掌さんが降りて来られたので、事情を話して明日の予定を教えてもらえないか、と尋ねてみました。すると、「明日のことは分からないけれど、今、博多から来る時に途中で新型車両にすれ違いましたよ」とのこと。おっ、なななんと私の買っていた切符の列車です!「もしかしたら…!」と、淡い期待を抱きながら、大浦湾を臨みつつ駅の階段を上がっていきました。改札口で切符を渡し(この駅は自動改札化されておらず手渡しです)駅員さんに事情を話して、「どうしても乗りたいんですが、明日は朝から来て新型を待つしかないんでしょうか?」と尋ねました。すると親切な駅員さんは、しばらく考えておられて、「ちょっと待っていてください。聞いてみてあげますから」と言われます。7~8分くらい改札口で待っていると、1枚の白いメモを持ってやってこられました。「分かりましたよ。明日は11時46分発と16時46分発の2本です」ビンゴ!!。そのメモを手渡されたのでよく見ると、私が事前に買っていた「ハウステンボス14号」がその新型車両でした。駅員さんに感謝です。やはり日頃の行いがいい(?)と、こんな奇跡のような偶然が起こるんですね〔笑〕。そんな訳で、八幡はやっと念願の「特急ハウステンボス」の新型車両に初めて乗ることができたのでした。予想通り素敵な車両で、細かな所までパチリパチリ写真を撮りながらグルグルと見て回りました(⇒私のこの列車の詳細なレポートはコチラ)。
今回の「特急ハウステンボス」の騒動を振り返ってみて、教訓がいくつかあります。まず第一に、「強い夢は叶うんだ」ということ。なんとかしたいと強く強く願って努力すれば、実現するものなんだということを改めて感じました。第二に、過去のデータをしっかりと踏まえるということ。公表されていた当時の運行データから、今回の予想を立てて切符を買ったのですが、たまたまそれが当たった!やはり過去のデータは大事にしなければいけません(これは大学入試も同じですね)。第三に、一見ダメと思われることでも、あきらめずに粘り強く努力を続けて挑戦していれば、思わぬところからいいことが降ってくるということ。これは私が若い頃、故・渡部昇一先生から教えていただいた人生訓です。渡部先生が、人生で一番大切なことを一つだけ挙げよ、と求められた時に、いつも口にされたのが、「できない理由を探すな!」でした。どんなに困難なことでも、努力を絶やさない人には、不思議なことに、天の一角から「助けのロープ」が降りてくる、と断言しておられました。私も今までにそんな体験を何度もしてきました。この時もやはりそうでした。第四に、いろいろな人脈を持っていることが大切です。いつどこで助けてもらえるか分かりません。私は今まで先生方だけでなく、進んでいろいろな職業の人たちと交わろうと努力してきました。思わぬところで力になってもらったことも多々ありましたよ。
よくよく考えてみれば、このことは生徒たちにもそのまま当てはまることじゃないか!!ということで、「特急ハウステンボス」乗車顛末を教訓として、授業で当時の生徒たちに話したことを覚えています。♥♥♥
◎強い夢は叶うんだ!!マジで
「名代とんかつかつくら京都ポルタ店」
◎週末はグルメ情報!!今週はとんかつ
京都を訪れると無性に「名代とんかつかつくら」さんのとんかつが食べたくなります。京都駅「伊勢丹デパート」11階のポルタ店でいつもいただいています。落ち着いた雰囲気で、とても好印象です。とんかつが美味しいのはもちろん、味噌汁・キャベツおかわり自由で気持ちの良いサービスも気に入っています。お昼時は旅行者や出張客が多いために、常に行列ができるお店です。低温揚げで、肉の旨味を閉じ込めた、いかにも京都らしい、繊細で上品なとんかつなんです。
お味噌汁、キャベツはお代わりOKで、キャベツのシャキシャキ感とドレッシングが美味しいので何回もお代わりしてしまいます。胡麻を擦って待っていたら、熱々のとんかつがやって来ます。そしてここのお茶も大好きなのです。良い匂いですよ!ソースは、とんかつソースと濃口ソースの二種類がテーブルに用意されているのでお好みで使います。待っている間に自分で胡麻を擦るのですけど、胡麻はすり鉢とすりこぎ棒がついてきて自分で擦ることができます。その時の香りが好きです。胡麻はカツにつけても、味噌汁に入れても美味しいのです。そして、卓上のお漬物「かつくら漬け」がとても美味しい。京都へ来たなって気分になります。特にお味噌汁が美味しかった。たっぷりの野菜と白味噌の甘味とまろやかさがマッチしていて、優しくて体に沁みる味でした。とんかつはちゃんと厚みもあって十分に食べ応えがあります。ごまスリも楽しかったし大満足です。是非再訪したい気分になります。
席も広々としており、落ち着いた雰囲気の中で、美味しくいただきました。ここで出されるとんかつの特徴は、以下の通りです。
①優れた三種類の豚からそれぞれの長所を引き出す「三元交配」技術により生まれた銘柄豚を使用。こだわりの飼料と衛生面でも行き届いた飼育方法で健康的に育てられた豚は安心・安全の美味しさです。創業以来「味・飼育方法・衛生面」にこだわり、美味しく安全な豚肉を使用しています。
②植物を原料にして精製された白絞(シラシメ)油を使用したコレステロールゼロのオリジナルブレンド。揚げあがりはソフトで、コクがありながらもカラッと仕上がります。腰が強く、油ぎれがいいのが特長です。
③とんかつをより美味しくするためにこだわった、かつくら独自の釜焼きパン粉を使用。粗めにふわっと仕上げることで肉の旨味を包み、サクサクとした衣の食感を引き立たせます。
④かつと相性のいい付け合わせの甘味の多いキャベツ。季節ごとの旬に合わせたキャベツを選び、国内の指定農場から直送しています。肉と相性のいい付け合わせは、お代わり自由です。
⑤国産のゆずをたっぷり使用した「かつくら」特製ノンオイルドレッシングです。
⑥赤ワインをたっぷりと使い、りんごとナツメヤシを加えてまろやかさとコクを引き出しました。かつくら自慢のソースです。またりんご、チャツネ、プルーン等の果実をふんだんに使用。11種類のスパイスをブレンドした、濃い口ソースもご用意しております。
⑦食物繊維、カルシウム、ビタミンB1等のミネラルを含み、腸内環境を整えダイエット効果や美容効果があると言われている麦。 かつくらでは、この麦を100%のコシヒカリに2割混ぜて炊いています。よりヘルシーな「麦ご飯」でした。
今日は「大海老とヒレカツ」を注文しました。擦ったごまにソースを入れて、キャベツにはゆずドレッシング、辛子もつけて、大海老フライは大きくて、タルタルソースが別でついてきます。ごはんは麦飯で歯ごたえがあり、ヒレカツは柔らかくて、質が良いんです。衣は大きめのパン粉がふっくらとついていて、ソースは酸味が強くなく、甘みとバランスが良くて美味しいのです。どれをとってもよく考えられていて、大満足、ご馳走さまでした。海老も大海老だけあって大きくて食べごたえがあります。弾力があってプリっとした海老を、タルタルソースでいただきます。
赤ワインをたっぷりと使い、りんごとナツメヤシを加えてまろやかさとコクを引き出した、「かつくら」自慢のオリジナル「とんかつソース」です。またりんご、チャツネ、プルーン等の果実をふんだんに使用、11種類のスパイスをブレンドした、「濃い口ソース」も用意されています。ゴマをすり鉢で擦ってソースと混ぜて使います。ご飯は「麦ごはん」です。食物繊維、カルシウム、ビタミンB1等のミネラルを豊富に含み、 腸内環境を整えダイエット効果や美容効果があると言われている麦。「 かつくら」では、この麦を100%のコシヒカリに2割ほど混ぜて炊いています。これが実に美味しい。お代わりまでしてしまいました。お味噌汁もマイルドな味わいです。テーブル上に置いてある「かつくら漬」が実にご飯にマッチして食が進みます。熟成された広島菜に香ばしい胡麻を加えたお漬物で、程よい歯切れと、しその香りが特徴です。お店も雰囲気があって、落ち着いていて、満足度マックスです!店員さんに販売されていないのですか?と聞きましたが、ないとのこと。家に帰ってから「かつくら」のオンラインショッピングのページをのぞいたら、ちゃんとありました。早速大量に注文しました。なんと最近では、お店の壺に入ったものまで販売されています。
「かつくら」のとんかつは、ぜんぜん油っぽくなくて、サクサクしてて、お腹いっぱいになってきても、気持ち悪くならず、最後まで美味しく食べることができます。きっといい油を使って揚げておられるのでしょう。豚にこだわりがあり、植物性の油だからでしょうか、私は気に入っています。キャベツに含まれるキャベジンという成分が胸やけを防ぐので、とんかつとキャベツの組み合わせは理にかなったものなんですってね。ドレッシングはノンオイルの「ゆずドレッシング」なので、それも相まって、さっぱりと食べることができます。レジの所で販売していたので買って帰りました。家に帰ってこのドレッシングをかけて食べるとキャベツがとても美味しいので、オンラインでまとめて注文したくらいです。♥♥♥
shopとstoreの違い
store(ストア)とshop(ショップ)は、両方とも「店(店舗)」を表す英単語ですが、どちらを使用すべきかで悩んだことはないでしょうか?英作文の授業で、生徒たちがこの二語の意味をよく理解していなかったようなので、宿題としました。両者の違いと使い分けのポイントです。
storeは、商品の販売に特化した店舗を指します。製造・加工・修繕・アレンジメントといった販売以外のサービスは基本的に行いません。storeに該当するのは、本屋・雑貨屋・コンビニエンスストア・酒店・スーパーマーケット・デパート(百貨店)などです。本屋は「book store」、雑貨屋は「variety store」、デパートは「department store」、コンビニは「convenience store」、食料品店は「grocery store」と表現します。storeには「保管する」という意味もあり、「物や情報を保管する場所」や「貯蔵庫」を指すケースもあります。チェーン店や大型店舗をイメージすると分かりやすいでしょう。
storeが商品の販売のみを行う店舗であるのに対し、shopは販売だけでなく、製造・加工・修繕・アレンジメントといったサービスを伴うのが特徴です。小さめで個人経営の店が多く、特定の商品・サービスに特化したお店です。shopに該当するのは、コーヒーショップ(coffee shop)・花屋(flower shop)・修理店(repair shop)・床屋(barber shop)・靴屋(shoe shop)・おもちゃ屋(toy shop)などです。storeに比べると、小規模な店や専門店が多いことに気付くでしょう。例えば、コーヒーショップでは、仕入れた生豆を焙煎して顧客に提供しています。花屋は生花の販売だけでなく、生花を素材としたアレンジメントや花束も制作していますね。
同じ英語圏でも、国や地域ごとに使われている英語が異なります。アメリカ英語とイギリス英語におけるstoreとshopの意味の違いを理解しましょう。
<アメリカ英語の場合>
アメリカ英語では、小売店全般をstoreとする傾向があります。比較的規模が大きいことが多く、商品を保管して売るというニュアンスです。イギリス英語では、直営小売店は「retail shop」ですが、アメリカ英語では「retail store」です。アメリカに本社を置く大手IT企業「Apple」が直営する小売店も「Apple store」と呼ばれています。アメリカ英語のshopは、特定の商品を取り扱う専門店や規模の小さなお店を指すのが一般的です。
<イギリス英語の場合>
イギリス英語では、小売店全般をshopとする傾向があります。アメリカ英語で本屋は「book store」ですが、イギリス英語では「book shop(bookseller’s)」です。イギリス英語のstoreは、規模の大きな店舗や多種多様な商品を扱う店舗を指します。
日本では、storeもshopも同じ「店」と翻訳されるため、使い分けを意識していない人も多いのではないでしょうか?グローバル化が進み、海外の顧客と接する機会が増えた現代、言葉の意味をよく理解した上で、正しく使い分けることが重要です。日本では、storeとshopの違いが曖昧にされやすいですが、英語圏では明確な違いがあります。例えば、イギリス人のビジネスパートナーに「自分はstoreを運営している」と伝えれば、チェーン店やスーパーマーケットのような大きな店舗を運営していると認識されるでしょう。ビジネスシーンでは、言葉の選び方によって相手に誤解や混乱を与える恐れがあるため、相手国の文化的背景を考慮しながら、適切な言葉を選ばなければなりません。
また小売業では、店の名前にstoreとshopのどちらを付けるかで、顧客に与える印象がずいぶんと変わってきます。例えば、「THE BODY SHOP」のように、店名に「〇〇shop」と付ければ、特定の商品・サービスに特化していることやプロフェッショナルな専門店であることを示すことができるでしょう。さまざまな商品を幅広く取り扱うイメージを与えたい場合は、店名を「〇〇store」とするのも一つの手です。ただし、日常会話では入れ換えて使われることも多く、「間違い」と言われることはほぼありません。
私たちの『ライトハウス英和辞典』(第7版)では、次のような語法注記を入れました。♥♥♥
【語法】 《米》でいうshopは、いろいろな商品を売るstoreに対して、それより小規模で特定の商品を売る専門店を指すのが普通。
島根県に「天叢雲」!
◎水戸岡ワールドが島根県に登場!
「ばたでん」の愛称で知られるローカル鉄道「一畑電車」では、新造車両10000系の「天叢雲(あめのむらくも)」を導入し、2026年11月より運行開始することが発表されました。地方鉄道の運行を支援する国の鉄道事業再構築実施計画の認定(2025年6月)を受けた取り組みの一環で、従来の車両にない座席設備などを備え、沿線人口の減少で伸び悩む利用客の増加につなげます。11月に運行を開始します。一畑電車は利用客の減少が続き、県と松江市、出雲市が鉄道施設の整備や修繕の費用を負担する「みなし上下分離方式」を採用しています。新型車両で新たな観光需要の創出に取り組む予定です。経営の立て直しを進める同社にとって、この新型車両は「単なる移動手段の車両ではなく、乗車することを目的とする魅力的な車両」という位置づけです。
数多くの鉄道車両や駅舎などデザインを手がけた世界的工業デザイナー、私の尊敬する水戸岡鋭治(みとおかえいじ)先生(78歳)が新造車両10000系の車両デザインを担当します。「仕事をしながら旅をする。旅をしながら仕事をする。そういう時代の先駆け的な電車になるのではないか」(水戸岡)。車両愛称は「天叢雲(あめのむらくも)」とされました。ついにあの水戸岡ワールドが島根県にお目見えです。日本海の夕日をイメージしたあかね色の外観に、次々と湧き出る雲の形状を模した金色の帯を配置しています。「出雲の山並みに湧き出る雲を車窓から眺め、神話に思いをはせてほしい」(一畑電車・石飛貴之常務)。1両当たりの座席定員は49人。車内は通路幅を確保した上で、木材を多用したボックス席やソファ席、窓に座席が向いたカウンター席を設けるなどし、普段使いと観光利用の両立という相反するコンセプトの実現を図ります。内装に使うイスやベンチ、照明器具などは全て特注で製造し、床やベンチ、窓枠などに木材をふんだんに使用してくつろげる空間を創出します。「通勤通学も一つの短い旅」という水戸岡先生の発想です。ロングシートの他、カウンター席やボックスシート、ソファといった多様な豪華な座席を設けます。オートクチュールの家具はホテルやレストランを連想させるような温もりを感じられるようなデザインに仕上がっています。飲食などを提供するための設備も備え、車内にテーブルを設置すれば、レストランカーとなり、観光・イベント列車などでの仕様にも対応できます。2両を導入予定で、製造費は計8億5800万円を見込んでいます(国、県、松江、出雲両市が負担)。観光列車やレストランカーなどとして利用でき、通勤・通学のニーズにも対応できる「誰もが乗って楽しい車両」を目指し、2027年度以降は食を楽しむイベントなどでの利用も計画されています。2月18日、松江市内であった会見で水戸岡先生は、「コンパクトだけど楽しさと感動が詰まった車両。多くの方に親しまれる存在になってほしい」現在の案では夕日をイメージした茜色を基調としていますが、雲を強調する配色に変更する予定とかで、「『天叢雲』にするとできればもっと雲の色にしたい、できればシルバーメタリックで、それに金の雲が書いてあるような。最後の電車ができるまで渡した日デザイナーは正解を求めてやるべき」と話しました。
車名に関しては、出雲神話において素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した際、その尾から出た剣の名「天叢雲剣」にちなみ、車両愛称を「天叢雲(あめのむらくも)」と命名しました。群がり集まった雲の下を走り抜ける電車を連想してもらいたいという思いも込めました。
一畑電車沿線には、松江城や出雲大社など、国内外から高い評価を受ける魅力ある観光資源が数多く存在します。新造車両「天叢雲」の導入を機に、地域資源と観光需要の新たな創出を沿線自治体・観光事業者と連携を図りながら計画し、地域全体の魅力発信に貢献します。
イメージを見る限り、既存の7000系・8000系をベースにしたような仕様で、そこに「水戸岡テイスト」を加えたスタイルですね。印象的な名前である「天叢雲」とは、島根県の出雲神話においての用語で、そこから採られた名前のようです。今後、米子市の後藤総合車両所で製造されます。車両は7月までに完成し、試運転を経て、11月から営業運転を始めます。今から乗るのが楽しみです。♥♥♥
Blue Wall of Silence
刑事物のドラマを見ていると、警察組織内部の隠蔽体質に立ち向かう刑事の奮闘ぶりを描くシーンがよく出てきます。今日はこれを表す英語表現を取り上げます。
「Blue Wall of Silence」(ブルー・ウォール・オブ・サイレンス)とは、主に警察組織に関して使われる表現で、警察官同士が不正・違法行為・不適切な行動を見ても、仲間を守るために外部に告発せず、調査で尋ねられても「知らない」と偽証して沈黙を守る慣行・文化を指して使われます。アメリカのドラマや映画あるいはニュース番組で警察の不祥事が扱われる際、必ずと言っていいほど登場する重要なキーワード表現です。英語では、“Strict secretiveness maintained by members of a police force with respect to information which might be contrary to their interests”(仲間の不正に関する情報を秘匿する警察内部の秘密主義)ということです。仲間の非行に沈黙し、かばい合う体質を意味します。警察文化に根ざした非公式な表現で、社会学・犯罪学の文献や報道で頻出します。語の成り立ちとしては、Blueは多くの警察官が着用する制服の色(→警察組織)で、青は警察を象徴する色として広く認識されています。Wallは外部からの調査や批判を遮断する「壁」、Silenceは沈黙・隠蔽の意味。直訳すると「沈黙の青い壁」。 実質的には「警察内部の口止め文化/不正隠蔽体質」というニュアンスです。blue wall of silence (沈黙の壁)は「警察内部で不正を守るために築かれる沈黙の壁」という意味で、問題行為・不正を外部に漏らさない、という透明性を遮断する比喩表現です。警察官という仕事は常に危険と隣り合わせで、お互いの命を預け合う強い結束力が求められる反面、それが「仲間を売ることは裏切りである」という極端な倫理観にすり変わってしまった状態を指します。また、不正を内部告発しようとする警察官は、組織内で孤立したり、嫌がらせを受けたり、最悪の場合は現場でバックアップを受けられなくなる(=命の危険にさらされる)といった恐怖から、沈黙を選ばざるを得ない構造・体質があります。使われる文脈としては、次のようなものがあります。
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警察の暴力行為
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汚職・不正捜査
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内部告発者(whistleblower)が孤立する問題
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警察改革・人権問題の議論
ニューヨーク州の弁護士・旦 英夫さんの『米語ウォッチ アメリカの「今」を読み解くキーワード131』(PHPエディターズグループ、2024年)でもこの表現が取り上げられていました。ニュース、学術論文、社会問題の議論でよく使われます。使用例を見てみましょう。
The Blue Wall of Silence makes it difficult to hold police officers accountable for misconduct. (沈黙のブルーウォールは、警察官の不正行為の責任追及を困難にしている)
Breaking the Blue Wall of Silence is essential for police reform. (警察改革にはブルーウォール・オブ・サイレンスを打破することが不可欠だ)[break the blue wall of silenceの形でよく使われる]
Many officers knew what happened, but the Blue Wall of Silence prevented them from speaking out.(多くの警官は何が起きたか知っていたが、沈黙の壁が発言を妨げた)
The police officers formed a blue wall of silence around their colleague’s misconduct.(警察官たちは同僚の不正を守るために沈黙の壁を築いた)
日本語で近い表現としては、次の物が該当するでしょう。
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「警察内部の 不祥事隠し体質」
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「組織防衛の沈黙」
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「内部告発を許さない文化」
ただし、Blue Wall of Silenceは、特に「警察」に特化した表現です。専門的な社会科学用語・慣用句のため、一般の語彙辞典では扱われない場合が多いようです。オンラインの Wiktionary や YourDictionary などの公開辞書には記載が見られます。
この語が一般社会や報道で大きく広まった契機として、警察の不正・暴力事件が表面化した事例が挙げられます。1970年代のニューヨーク市警の汚職腐敗告発(「Frank Serpico事件」など)で、 内部告発が困難だった警察内部の文化を象徴する出来事として語られました。1991年のロサンゼルス警察によるロドニー・キング暴行事件(LAPD)では、 同僚同士が互いに証言せずに、結果として大規模な抗議・暴動へと発展しました。これらの事件がきっかけで、メディアや研究者が “blue wall of silence” という表現を使って、警察の「内部の沈黙コード」を批判・説明するようになりました。
「Blue Wall of Silence」は、20世紀前半〜中盤のアメリカの警察組織内で自然発生的に形成された文化・慣行に由来するとされています。もともと、警察官同士の忠誠心や連帯意識が強い文化が存在し、仲間の不正を報告しない・隠す傾向がありました。この慣習が非公式に語られるようになり、やがて言語化されたのが「Blue Wall of Silence」です。「警察官は仲間を裏切らない(Cops don’t tell on cops)」という考え方が文化として浸透。語そのものは1970年代頃の警察研究や報道で広まりました。特に「Blue Code (of Silence)」「Blue Curtain(青いカーテン)」と並んで使われています。
2021年12月、ミネソタ州の裁判所で、黒人ジョージ・フロイド氏を膝で抑えつけ殺害した白人警官に対して、殺人罪による有罪の評決が出されました。裁判で、この警官の上司が、問題の行為は警察の訓練指針に違反すると明確に糾弾したことが、評決の決め手となりました。2023年、ミネソタの上級裁判所は、白人警官からの控訴を退け、有罪が確定しました。この裁判にアメリカ社会は安堵し、専門家からは、Blue Wall of Silence、つまり「沈黙の青い壁」が崩壊する前兆かもしれないというコメントが聞かれました。この公判中にも、裁判所近くで黒人青年が白人警官に撃たれて死にました。その女性警官の上司は、彼女がTaser (スタンガン)と「間違えて」ピストルを撃ってしまったと弁護しました。連邦議会においてフロイド氏の名を冠した警察改革法が論議されています。容疑者の拘束方法などの規制や警官の責任強化など、法的な改革は達成できるでしょう。しかし、Blue Wall of Silence という壁が崩れ、警察そのものへの信頼が取り戻せなければ、社会が望む真の警察改革にはなりません。近年では、警察官の胸に取り付けられた「ボディカメラ(body cams)」の普及や、市民によるスマートフォンの撮影などによって、この「壁」が物理的に壊され始めています。
Investigators found it difficult to break through the blue wall of silence within the department.(調査官たちは、部署内の沈黙の壁を打ち破るのが難しいと感じた)
The blue wall of silence makes it hard to hold officers accountable.(沈黙の壁のせいで責任追及が難しくなる)
この句は、本来は警察文化を指して使いますが、「特定の集団が仲間の不正を守るために沈黙する文化」「組織ぐるみの隠蔽体質」という意味で、比喩的に使われることもあります。♥♥♥
There seems to be a blue wall of silence in the company’s management.(会社の経営陣にも沈黙の壁があるようだ)
またやってしまった!
◎アチャー、またやってしまった!!
2022年以来3年ほどバージョンアップしていませんでしたが、今年の日本語ソフト「一太郎2026プラチナ」はすごいぞ、ということで早速購入しました(写真上)。インストール作業をしようと、ディスクを準備したところ、途中で止まってしまいます。原因は、私の現在のパソコン「Windows10」には対応していないとのことでした。そこで「Windows11」をダウンロードしようと作業を始めると、「8Gの容量が必要です」と表示が出たので、いつも使っているUSBメモリーディスク(16G)にはそれぐらいの残量はあるから、そこに入れることにしました。ダウンロード作業が始まりました。「完了」のメッセージが出たので、しばらくそのままにしていました。少し時間が経ってから、授業の教材の準備をしようと一太郎ファイルを読もうとしたところ、USBメモリーの中身が全部消えて、「Windows11」のファイルに上書きされてしまっています!「おいおい、そんな~!!」。この数年間作ってきた資料が全部なくなってしまいました!いろいろと市販されている復元ソフトを試してみますが、全く駄目です。あ~、これは困った。私はセンター試験第1回の時から、英語試験の全国各県の平均点を追跡しています(写真下)。途中からリスニングの試験も始まり、島根県の成績をずっとエクセルで一覧表にして参考にしてきました。今回消えたしまったファイルで一番困ったのはこの資料です。これをまた打ち直すとなったらとんでもない作業です。
専門業者に泣きつくことにしました。3年前にも同様の悲劇を経験した時にお世話になった東京の「デジタルデータリカバリー」という会社です。9割の復元率があるということで、前回もUSBを送って中身を調査してもらい、見積もりを取ってもらいました。内部が相当ひどく壊れていたらしく、連絡のあった見積もり額が、「急ぐ場合は成功報酬を含めて18万円(税別)、13万円は前払いでいただき、もし作業をやってみて復元できなくても返金はなし。うまくいった場合には残りの成功報酬を支払う。ゆっくりでよければ成功報酬を含めて9万円(税別)6万円は前払い」とのことでした。最近の復元率の説明を受け、かなりの確率で復元してもらえると判断して、ちょっと高いとは思いましたが、私の一年間の仕事の成果が全部詰まった貴重なUSBですから、お金には換えられません。銀行送金をして結果を待ちました。一週間ほどして電話がかかってきて、破損がひどくほとんど復元できなかった、との悲しい連絡が。アララ!特に私が希望していた「一太郎」のファイルはわずか1割も復元できませんでした。ということで、私の一年間の活動ファイルがほとんど消えてしまいました。何が起こるかわかりません。必ずバックアップを取っておかないといけないという教訓でした。高い授業料を払うハメになりました〔悲〕。あの時にしっかり学習したはずでした。それなのに……。
今回もこの会社にお願いしましたが、結局、1本のファイルも復元できなかった、と連絡があり、USBが返送されてきました。この春休みは、もう一度原稿を一から打ち直しです。半端な量ではありません。トホホホ……。あの時の失敗時に「バックアップを取っておく」ことを固く誓ったはずなのに、すっかり忘れてしまっていました。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ですね。それにしても困った。♥♥♥
◎やったー、救世主現る!!
この春休みに、今までの作成資料を一から打ち直すのかと思うととても憂鬱になっていました。この二年間に発行した通信「あむーる」のデータだけでも膨大な量です。「あーあ!」と落ち込んでいたところ、嬉しい奇跡が起こりました。通常「一太郎」でファイルを作成した時には、「保存」すると「バックアップファイル」が保存先に自動で保存されます。今回はUSBメモリーに保存していたために、そのバックアップファイルも全部消えてしまったんです。それであきらめていました。たまたま「一太郎」の「バックアップ」という項目をのぞいていたところ、「バックアップの履歴から開く」という項目があり、それをクリックしたところ、今までに私がこのコンピューターで作成した資料が全て自動的にハードディスクにバックアップされていて資料が現れました。これは知らなかった!助かった!天にも昇る思いでした!このバックアップファイルからもう一度、新しいUSBメモリーに移し替える作業だけで済みそうです。ありがたかった。知りませんでした、まさか自動でバックアップしてくれているとは!
ただしこれは「一太郎」ファイルのみですから、まだ上記のエクセルファイルの問題は残ったままです。頭を絞っていろいろと考えていました。そうだ、ちょっと試してみよう!日頃、日本語の文書をスキャナーで読み込んでテキストフィイルに変換するのに「読取革命」というソフトを使っているのですが(私の使っているのはVer.16です)、これを使ってエクセルファイルが読めないものか試してみます。まず上の表をスキャナーで読み込みます。それを「読取革命」でエクセル変換してみます。するとスルーッと読めるではないですか!エクセルファイルに変換してくれました。部分的には欠けているところもありますが、これぐらいの照合作業をするのは、全部打つことを考えれば楽なものです。これなら何とか春休みにできそうです。ということで、困って途方に暮れていたのが、嘘のように解決しそうです。ホッと一安心。ありがとうございました!♥♥♥
ハグして送り出した!
昨年は2月17日が勝田ケ丘志学館の最終授業でした。一人の男子生徒(大阪大学志望)が、受験に出発するまでにまだ日があるので、メールで添削してもらえないか、との要望がありました。引き受けて入試前日まで英語作文の添削を徹底して行いました。「それでは行ってきます」の報告があり、送り出しました。3月に入り、私が神戸にできたばかりの水族館「須磨シーワールド」にいる時に、本人から「合格しました!」の電話連絡が入り、とっても嬉しかったのを覚えています。志学館で6年間指導してきましたが、ギリギリまでメールによる添削をしたのは初めての体験でした。その熱心さが合格を勝ち取ったのでしょう。夏休みに後輩たちの激励に来てくれ、その体験を語ってくれ、「あむーる」にも寄稿してくれました。個別の添削指導は手間はかかりますが、本当に効果絶大です。こんなお礼の手紙をもらったことがあります。
八幡先生へ 1年間、添削指導をしてくださりありがとうございました。丁寧な解説プリントや、返却の際の何が分かっていて何が分かっていないのかを、自分で気づかせてくださるアドバイスはとてもありがたく、毎回たくさん考えて問題に取り組むことができました。1年間でレベルアップできたと感じています。
その影響でしょうか、今年も2月17日に最後の授業が終わってから、メールで過去問の指導をして欲しい、という生徒が数多く現れました。メールで内容を返信してもよかったのですが、やはり実際に答案を解説してあげた方が、身につくだろうと思い、添削答案を持って米子の教室まで出かけていきました。教室で勉強している生徒達を一人ずつ呼び込み、答案の注意事項などを解説しました。このように最終授業から一週間米子へ出かけては添削指導に励みました。2月20日最後の添削で、10人くらいに解説を終えると、生徒達がハグしてほしいとやってきました。実は「共通テスト」の前日も、私が近くの勝田神社でお祈りをしていた際に、4人の男子生徒がやってきてハグして送り出しました。自己採点で「自己ベストが出ました!」と喜んでくれたことが口コミで教室に広がったんでしょう。教室内外で10数人の男子生徒・女子生徒をハグしてやりました。「これはセクハラじゃないよね?」と。あとは本番で頑張ってくれるでしょう。
これには私には想い出があるんです。あの当時は担任や教科担当が、本番当日試験会場で、最後の激励をして送り出していました(今は会場には入れません)。私も毎年試験会場に駆けつけていました。当日、島根大学の試験会場で、沢山の生徒たちが熱き抱擁をしてくれ、と次々とやってきたので、リクエストにお応えして、強くハグしたことを思い出します。教えていた100人以上の男・女生徒達をしっかりと抱きしめて送り出したことを覚えています。近くで見ておられた他校の先生方は笑っておられ、「あれはセクハラじゃないんですか?」と質問されたりもしました〔笑〕。北高の英語のセンター試験平均点の最高点を取った学年でした。まだ破られてはいません。♥♥♥
仕事道具は大切に
ちょっと古い話になりますが、昭和27年、本田技研工業の総帥・本田宗一郎氏が、小型エンジンの発明で藍綬褒章を受章した時に、宮中で開かれる授章式に、仕事着であるツナギで出席したいと、宮内庁に申し出たといいます。さすがに、この案は実現しなかったようですが、このエピソードから、本田氏の仕事にかける並々ならぬ意欲を感じるのは、私だけではないでしょう。つまり、仕事を大事にし誇りに思っているからこそ、仕事着こそもっともフォーマルだという発想も生まれてくるわけです。
本田氏の仕事着に限らず、昔から職人さんたちは、一流の人ほど自分の道具を大事に扱ったものです。大工さんなら、作業後、ノミ一本まで研ぎあげ、ていねいに道具箱に収めるまでが仕事のうちでした。最近では、物が豊富なせいか、社会全体で道具を大事にする習慣がなおざりにされつつありますが、逆に考えれば、そういう現代だからこそ、仕事に関係のある道具を大事に扱うと、非常に目につくことになるのです。
サラリーマンの場合は職人と違って特別な道具を使っているわけではありませんが、それでも、筆記用具、カバン、書類、机の上などがいつもきちんと整理されているのといないのとでは、周囲に与える印象は大違いです。使い込まれてよく手入れの行き届いた道具は、見る人に爽快感を与えます。また、自分の仕事に関係する道具を大事にする人は、腕のいい職人さんに対するのと同様の信頼感を他の人に与えるものです。メジャーリーグでも伝説となったレジェンド・イチローさんは、道具を極めて大切に扱うことで有名でした。彼は試合が終わると、遠征先でも必ず自分の手でグラブを磨き、バットを丁寧に扱い、スパイクの手入れをしていました。「道具を大事にするということは、自分を大事にするということ」彼は、道具を自分の体の一部と考えていました。道具に感謝し、最高の状態に整えておくことで、いざという時に「道具が助けてくれる(ミスを防いでくれる)」と信じていたのです。これは、「準備こそが成果を生む」というプロ意識の象徴的なエピソードです。あのイチロー選手が、少年野球教室などで、小さい子どもたちから「強い選手になるにはどうしたらいいですか?」と質問を受けた時に、彼は何と答えたと思いますか?
大事なバットを芝生の上に寝かせたりしないことです。ほんのわずかな芝生の湿り気が、バットのバランスを崩すこともある。バットを地面に叩きつけるなどはもってのほかです。地面にぶつかった衝撃で、重さや木目、密度のバランスが崩れるかもしれません。バットを作る樹は自然が長い時間をかけて育てています。バットは、この自然の樹から手作りされているのです。一度バットを投げたとき、とても嫌な気持ちになりました。それ以来、自然を大切にし、バットを作ってくれた人の気持ちを考えて、僕はバットを投げることも、地面に叩きつけることもしません。もともと道具を大事に扱うのは、プロとして当然のことです。ボールを投げたり打ったりする前に、まずはそういうところに気持ちをもっていかなければダメです。
上の発言の中でも触れているように、実は、そのイチロー選手自身もかつて、1996年7月6日、近鉄戦で左腕・小池秀郎投手にふがいない三振を喫して、思わずバットを叩きつけたことが一度だけありました。「あれだけのバットを作ってもらって打てなかったら自分の責任ですよ」と、イチロー選手は反省し、その後、我に返って、バットを作っていただいた名工・久保田五十一さんに、謝罪のメッセージを送っています。「何人かの選手から、自分の手掛けたバットについてお礼を言われたことは過去にもありました。でも、バットへの行為そのものを謝罪されたのはあの一度だけですね」と、伝説的なバット職人・久保田さんは語りました。道具に対する意識の高さは、イチロー流準備の特徴です。フリー打撃を終えた選手たちが、それぞれのバットを芝生の上に平気で放り投げる中、イチロー選手だけが、バットをグラブでそっと包み、まるで眠った赤ん坊をベッドに横たえるように置いていました。彼は普段、特製のジュラルミンケースに入れて、バットを持ち歩いています。ケース内には乾燥剤を入れるポケットがあり、湿気による重量増を防いでいるのです。それぐらいに道具への強い愛着・こだわりがあるんですね。私は個人的にはイチロー選手は好きになれないのですが(自分の成績にしか興味が無い)、この道具を大切にする姿勢だけは、みんな見習わなくてはいけないと感じています。「道具を大切にできない人は、いつかその道具に裏切られる」とは、プロゴルファーの青木 功(あおきいさお)さんが、週刊誌に連載したコラムに書いていた言葉です。
ある町工場に、腕は確かだけれども仕事が少し雑な若い職人がいました。彼は作業が終わると、使った道具類を机の上に放置したまま帰ってしまいます。「また明日使うんだからいいだろう」と思っていたのです。ある日、ベテラン職人がその様子を見て、何も言わずに若者の工具を一つひとつ丁寧に拭き、決まった場所に並べました。翌朝、若者はそれを見て不思議に思い、「なぜ自分の道具まで片づけたんですか?」と尋ねました。するとベテラン職人は、こう答えました。「道具はな、仕事の結果を一番近くで見ている相棒だ。雑に扱えば、雑な仕事しか返してくれない。大切にすれば、困ったときに必ず応えてくれる」それ以来若者は、毎日作業の終わりに道具を丁寧に手入れするようになりました。不思議なことに、ミスが減り、仕上がりも安定し、仕事への向き合い方そのものが変わっていったといいます。後に彼はこう語っています。「道具を大切にすることは、仕事そのものを大切にすることだった」と。
またこんな話もあります。ある木工職人の話です。 彼は若い弟子に、古びて錆びたノミを見せながらこう言いました。「これはな、俺が修行を始めた頃に買ったノミだ。30年使って、刃は何度も研ぎ直し、柄も二度取り替えた。でも、こいつはずっと俺の相棒だ。」弟子は驚きました。「そんなに古い道具を、なぜまだ使うんですか?」と尋ねると、職人は笑って答えました。「道具はな、使う人間の癖を覚えるんだ。 大切に扱えば扱うほど、手に馴染んで、仕事の質を上げてくれる。 道具を雑に扱う人間は、仕事も雑になる。」その言葉を聞いた弟子は、それまで「壊れたら買い替えればいい」と思っていた自分の考えを恥じることになります。 それからは、毎日の作業が終わるたびに自分の道具を丁寧に磨き、刃を研ぎ、木屑を払うようになりました。数年後、弟子の技術は目に見えて向上し、棟梁はこう言いました。「お前の腕が上がったのは、道具を大切にし始めた頃からだ。」
ある有名なフランス料理のシェフは、新入りの料理人の技術を見る前に、まずその人の「包丁の研ぎ方」と「キッチンの布巾の畳み方」を見ると言います。
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道具が汚れている=仕事が雑である
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道具の配置が乱れている=思考が混乱している
道具を大切にする人は、次に使う瞬間のことを常に考えています。つまり、「先読みの力」があるということです。道具を整える習慣がある人は、トラブルにも強く、安定したパフォーマンスを発揮できる、というわけです。
1000年以上続く寺社仏閣を修復する宮大工さんの世界では、道具(鉋や鑿)を研ぐことが修行の基本です。あるベテランの棟梁は、「道具を粗末に扱う者は、材料(木材)の声を聴くことができない」と語ります。切れない刃物で無理に削れば、木を傷め、建物の寿命を縮めてしまいます。道具を慈しむ心は、そのまま「成果物(仕事の対象)への敬意」に直結するのです。
これら全てのエピソードが伝えていることは
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道具を大切にする姿勢は、仕事そのものへの姿勢を映す鏡である。
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手入れを続けることで、道具は自分の一部のように馴染む。
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「大切に扱う」という行為が、集中力や丁寧さを育てる。
道具を大切にすることは、単なる物の管理ではなく、 自分の仕事への誠実さを育てる行為なんですよね。♥♥♥

















